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引きこもり令嬢と呼ばれていますが、自由を謳歌しています  作者: 燈華


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二周年記念SS 家族と使用人の軽い心の傷

「クラウディア、こんなに長く王都にいて体調は大丈夫なのかい?」


心配そうに父が訊いてくるがクラウディアはきょとんとしてしまう。


「大丈夫ですわ」


いくら何でも王都にいるだけで体調は崩さない。


「本当かい? 熱とかは出ていないかい?」


わざわざ手を伸ばして熱まで計ってくる。


「うん、熱はないようだね」

「私は元気ですわ」

「今はそうかもしれないが、とにかく体調が悪くなったら早めに言うように」


過保護が過ぎる。


「わかりました」


それでも頷いておいた。




*




クラウディアはすぐに顔に出るので何を考えているのか筒抜けだった。

過保護過ぎると顔に書いてあった。


クラウディアは覚えていないのだろう。

あれはクラウディアが五歳の頃のことだ。


ずっと領地で育っていたクラウディアが初めて王都に来た。

シルヴィアも一緒だ。

シルヴィアも王都は初めてだった。

それでもシルヴィアは難なく王都に順応した。


一方で領地でのびのびと過ごしていたクラウディアに王都は合わなかったようだ。

日に日に元気がなくなっていくクラウディアに家族も屋敷の者もみな狼狽(うろた)え、やきもきした。


その時の記憶があるから、クラウディアが王都に長期で滞在すると体調を崩さないかと心配になってしまう。

それ伯爵だけではなく家族もその時の様子を見ていた使用人たちも皆そうだ。

軽い心の傷になっている。


いくら王都での過ごし方を覚えたからといって心配は心配なのだ。




***




伯爵(主人)とクラウディアの会話を聞きながら執事長はその当時のことを思い出していた。






領地では元気よく走り回っていると聞いていたクラウディアお嬢様も王都では落ち着き払って行動している。

やはり幼くても淑女だと感心と微笑ましさを持って見ていたのだがーー。




初めて王都に来たのはクラウディアもシルヴィアも同じ。

シルヴィアは王都にもすぐ馴染んだようだ。

だがクラウディアはーー。


最初は少し元気がないか、というくらいだったが、日に日に目に見えて元気がなくなっていった。

まるで植物が(しお)れていくようだった。

表情も乏しくなっていく。


クラウディアが元気を失うのに比例して屋敷の中の雰囲気がどんよりと重くなっていく。

みんな必死になって元気づけようとしたが、クラウディアは力なく微笑(わら)って「ありがとう」と言うばかりだった。


その様子に心配と焦燥は募るばかり。

特にクラウディアとシルヴィアについて領地から来た侍女など顕著だ。

よほど領地での様子と違うのだろう。


執事長としても手紙で知らされていたクラウディアの様子とは随分と違っていた。

好奇心旺盛で明るく、感情豊かで目をきらきらさせている様子がとても可愛らしい少女、そう聞いていた。


来た当初は確かにそんな一面を見せていた。

だが今は部屋で大人しく本を読んでいることが多い。

屋敷の中でくらい少々お転婆(てんば)になっても誰も咎めないのに。

そんなことすら思ってしまう。

客人に見られたらまずいが、それを見せないのも使用人の職務だ。


何度言いかけて(こら)えたことか。






幼い子供が日に日に元気をなくしていく姿には心が痛む。

何もできない己の無力さが歯がゆく恨めしい。




*



クラウディアはぷちりぷちりと無言で草を抜いていく。

庭師たちはその様子を黙って見守っている。

きちんと草だけを抜いているので苦言を呈する必要もない。

ただ静かに見守るのみだ。


クラウディアが庭師に話しかけてくることもなかった。

領地では庭師とも気軽に言葉を交わしていると聞いているのに。

ただ黙々と草を抜いている。


伯爵もクラウディアがここにいることはわかっているのだろう。

しかしクラウディアを咎めるようなことはしない。


領地でも土いじりをしていたクラウディアにとってここは避難所のようなものになっているようだ。

それだけ、王都の生活がつらいのだろう。


王都にいるご令嬢方は走り回らないし、土いじりなどもってのほかだ。

他家に知られたら中傷に繋がりかねない。

それでも。

それでクラウディアの心の安定に繋がるなら誰も咎めることなどできない。


このことは使用人の誰かが漏らさない限りは外に漏れることはない。

万が一漏れた場合、犯人探しが始まるだろう。

そして、犯人は袋叩きに遭うに違いない。

それほど使用人一同心は一つだった。




*




それは伯爵家の皆様が家族の居間に集まっている時に起きた。

部屋に入ってきたクラウディアがふらりとして前に倒れ、ぺたりと両手をついて身体を支えた。


「クラウディア!」


家族も使用人も慌てて駆け寄る。


「大丈夫です。身体に力が入らなかっただけですから」


クラウディアが伯爵たちを見上げて力なく微笑(わら)う。


伯爵がクラウディアを抱き起こした。

クラウディアはされるがまま、自力で立つ気力はなさそうだ。

それどころか心なしかぐったりしているようだ。


伯爵がクラウディアの額に手を触れる。


「熱があるな」

「まあ!」


声を上げた伯爵夫人がクラウディアの顔を心配そうにのぞき込む。


「おねえさま、だいじょうぶですか?」


シルヴィアが不安そうに伯爵に訊く。

ロバートも心配そうにクラウディアを見ている。

伯爵がクラウディアを抱き上げた。


「とりあえず寝かせよう」

「医者を呼んできます」

「頼む」


執事長が指示を出すためにその場を離れる。

伯爵がクラウディアを部屋まで運ぶ。

家族も心配気にみんなついていった。


じりじりと待っているとようやく医者が到着した。


そして一通り診た医者の診断は。

「慣れない環境での疲れが出たのでしょう」

とのことだった。


「風邪ではないのですか?」

「喉も腫れていませんし、領地から出てきたばかりとのことですから。急激な環境の変化は大人でも体調を崩すことはありますからね」

「そうですか」

「このまま安静にしていれば熱は下がるでしょう」

「わかりました。ありがとうございます」

「あまりにも熱が下がらないようでしたらまたお呼びください」

「はい」


「お大事に」と言って医者は帰っていった。





ここに至って伯爵は大きな決断をした。





クラウディア以外の家族が集まった前で伯爵は重々しく言った。


「クラウディアを領地に帰そう」


それに反対できる者はいなかった。


「俺が領地まで付き添っていきます」

「ロバート、頼む」

「はい」

「おにいさま、おねえさまがかえられるのでしたらわたくしも……」


ロバートはシルヴィアの頭をぽんぽんと撫でる。


「悪いな。シルヴィアの面倒までは見ている余裕はない」


シルヴィアはしゅんとする。


「我慢してくれるか?」

「はい……」

「いい子だ」


もう一度頭を撫でる。


「大丈夫だ。領地に帰ればクラウディアもすぐに元気になる」

「そうですね」

「手紙を送ってやるから」


ぱっとシルヴィアが笑顔になる。


「やくそくですよ?」

「ああ」

「おねえさまも、」

「ああ、きっとクラウディアも手紙を書くだろう」

「だったらうれしいです」


重苦しい空気が少し緩む。


伯爵は何かを考えるように黙り込んでいる。

それに気づいた家族は窺うように伯爵を見る。シルヴィアなどは不安そうだ。


少しの沈黙を挟んで伯爵は重々しく告げる。


「クラウディアは領地にいたほうがいいだろう。必要な時だけ王都に呼ぶことにしよう」


幼少時に領地で育つ貴族子女というのも珍しくない。


「そうね。そのほうがクラウディアにはいいでしょう」


ロバートとシルヴィアも頷く。


「領地にはジスランもいる。気にかけておいてくれるように頼もう」

「ええ。お願いね」

「ああ。ロバートとシルヴィアは好きにしなさい」

「少し、考えさせてください」

「わたくしも」

「ああ。構わないよ。すぐに決めなくていい」


伯爵は手を伸ばして二人の頭をぽんぽんと撫でる。


「ゆっくり考えて決めなさい」

「「はい」」






体調が回復してからクラウディアはロバートに付き添われて領地へと帰っていった。






聞いたところによると、領地に着いた途端にクラウディアは馬車を飛び出して駆け回り、あっという間に元気になったという。

そして、ロバートにこう言ったそうだ。


「王都も楽しいですけど、いつもちゃんとしていなければならないのは疲れます」




*




さすがにここ何年かは王都で過ごすくらいではクラウディアも体調を崩すということはなくなった。


それでもあの頃のクラウディアを知る者たちにとっては軽い心の傷となっている。


幼かったクラウディアはそのことを覚えていない。

だから体調を崩していないか頻繁に確認するのを過保護だと感じるのだろう。




ーー皆様クラウディア様を案じておられるのです。ですのでどうかそんなふうに呆れたお顔で旦那様を見るのはやめてあげてくださいませ。


読んでいただき、ありがとうございました。


もう連載を始めて二年経つことに驚いています。

全然進んでません……。

これからもよろしくお願い致します。

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