スケッチ解禁日の醍醐味
「素敵な絵ですね」
不意に声をかけられて振り向く。
母と同年代の女性がスケッチブックを抱えて立っていた。
クラウディアと目が合うとにっこりと微笑む。
「こんにちは。素敵な絵だったものだから思わず声をかけてしまったわ」
「ありがとうございます」
オルトたちが止めなかったということは彼女とは話しても大丈夫なのだろう。
「少し見させてもらってもいいかしら?」
「ええ、構いません」
クラウディアはスケッチブックを彼女に渡した。
「私も見させてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。どうぞ」
スケッチブックを渡されて早速ページを捲る。
白黒の絵が目に飛び込んできた。
鉛筆だけでスケッチしたようだ。
それなのに色や匂いまでもが感じられる。
ほぅっと思わず声が漏れる。
「見事ですね」
陳腐だけどそう言うだけで精一杯だ。いくら言葉を尽くしてもこの絵の素晴らしさを表現しきることはできない。
自分の言語力のなさが残念だった。
「ありがとうございます」
女性は嬉しそうに微笑む。
「私はユーリア・バートンと申します」
「クラウディア・ラグリーです」
「ラグリー様、絵を褒めてくださってありがとうございます。ラグリー様の絵もとても素敵なものでした。見させていただきありがとうございます」
スケッチブックが返される。
「ありがとうございます。もう少し見させていただいてもいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
「ありがとうございます」
クラウディアのスケッチブックはオルトが持ってくれる。
クラウディアはページを捲り、一枚一枚丁寧に見ていく。
どれもこれもが言葉にできないほど素晴らしい。
それに構成力も見事だ。
見事な庭園を描いているかと思えば、一本の花だけを描いているものもあり、地面に落ちた花びらを中心に据えたものもある。
どの絵にも惹きつけられる魅力がる。
本当はいつまででも見ていたい。
その気持ちを抑えてスケッチブックを閉じた。
クラウディアはスケッチブックを返しながら告げる。
「色を乗せたら是非見せてもらいたいです」
「いえ、これには色を乗せないのですよ」
「え、そうなのですか?」
それは何とももったいない。
「はい。モノトーンの世界を表現したくて」
「帰ってから色をつけるとかではないのですか?」
「参考にして色つきの絵を描くかもしれませんがそれは別の絵になりますわ」
そちらはそちらで興味深い。
目がきらきらしたからか、ユーリアがふふと微笑った。
「個展を開く際には招待状を送っても構わないでしょうか?」
「是非!」
食い気味の返事になってしまった。ちょっと恥ずかしい。
でも個展を開くと言っているので画家として活動しているのだろう。
すっとオルトがクラウディアの斜め前に立った。
「そちらのお話は私のほうでお伺い致します」
「オルト?」
「お任せくださいませ」
「お嬢様、連絡先の交換等はオルトさんの仕事です」
そう言われてしまえばクラウディアは退くしかない。
「わかったわ。オルトお願い。バートン様、その件はこのオルトにお話いただけますか?」
「わかりましたわ」
そのままユーリアはオルトと話し始める。
「さあ、あとはオルトさんに任せてお嬢様は絵の続きをなさってください」
キティに促されて再びスケッチブックを開いて鉛筆を握る。
それからしばらく夢中で鉛筆を走らせていた。
ふと集中力が切れてはっと顔を上げた。
辺りを見回すがユーリアの姿は既にない。
「バートン様ならまた絵を描かれるとおっしゃって去っていきましたよ」
オルトが教えてくれる。
「そう……」
せっかく知り合えたのに残念だ。
「大丈夫です、クラウディア様。連絡先は交換してあります。展覧会の招待状も送ってくださるということでした」
「そう。ありがとう、オルト」
オルトが微笑む。
「いえ。ですからまたお会いする機会もございますよ」
「そうね」
もう少しおしゃべりしてみたかったが、それは次の機会にとっておこう。
趣味仲間にも何人か会うことができた。
「クラウディア、貴女も来ていたのね!」
声をかけてくれたのは同年代の令嬢だ。
「あら久しぶりね。元気だったかしら?」
「ええ、もちろん元気よ。貴女も元気そうね。こんなところで会えるなんて凄く嬉しいわ」
「私もよ」
ひとしきり再会の喜びを分かち合ったところで彼女ははっと何かに気づいた顔になった。
「そう言えばここでクラウディアと会うのは初めてね」
「スケッチ解禁日があることを知らなくて」
「あらそうだったの。ならもっと前に誘えばよかったわね」
「教えてもらえればきっと来たわ」
「あらもったいないことをしたわ」
「私ももったいないことをしたわ」
知っていたら毎年とは言わなくても来ていただろう。
残念だ。
「誰もクラウディアに教えなかったのね」
「ええ。先日アーネスト様に教えていただいて初めて知ったのよ」
「まあ、アーネスト様から。そういえば、最近よくアーネスト様とお出掛けしているそうじゃない」
「ヴィヴィアンも一緒よ」
「ちょっと詳しく聞かせてちょうだい。向こうに知り合いも何人もいて一緒に昼食を取ることになっているからクラウディアも参加なさい」
「ええっと、」
「拒否権はないわ。みんなクラウディアに会いたがるわ」
クラウディアはキティたちを見る。
キティたちが付き添ってくれているのだ。彼女たちが嫌がったら断るつもりだ。
「どうぞお嬢様の御心のままに」
キティが笑顔で言い、マルセルとオルトも笑顔で頷いている。
「クラウディアに拒否権はないわ」
「わかったわ。私も久しぶりにみんなに会いたいわ」
彼女と共通の知人の誰が来ているかはわからないが、誰がいても久しぶりに会いたい。
「そう、よかったわ。行きましょう」
彼女はクラウディアの腕に腕を絡ませると意気揚々と歩き出した。
クラウディアも遅れずについていく。
その後ろをキティたちと、彼女のお付きの者たちが微笑ましげな笑みを浮かべてついていく。
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