クノス公爵家の晩餐
今年もよろしくお願いします。
クノス家の晩餐には公爵もその三人の息子も揃っていた。
幼い頃に何度か長期滞在していたので三兄弟とはお互いに兄妹同然だった。
クラウディアは訪問着だったが、晩餐会ではなくただの家族の晩餐だから問題ないと言われた。
晩餐の席には父のハンカチも持ち込まれていた。
そして何故だか父のハンカチが回し見されている。
「さすがリンダの愛弟子だな。見事だ」
伯父が感嘆したような声で言う。
「ありがとうございます」
「家族愛に溢れているわよね」
「うん? どういうことだ?」
「あら、あなた、気づかない? このリスたちはクラウス、ミランダ、ロバート、クラウディア、シルヴィアを表しているのよ。纏っている色がそれぞれの色彩じゃない」
伯父と従兄三人が驚いた顔をする。
ハンカチがもう一周する。
「本当だな」
「言われると確かに」
「そっくりな色じゃないか。よく見つけたものだ」
「違和感もない。すごいな」
「わたくしの弟子ですもの」
伯母が胸を張る。
さらには隣に座っていたクラウディアを立たせて自慢する。
「見てちょうだい、このクラウディアの訪問着の見事な刺繍を」
「落ち着きなさい、まだ食事中だ」
伯父が伯母を窘める。
「あらごめんなさい」
クラウディアは座るように示されたので大人しく座った。
「クラウディア、リンダが悪かった」
「いえ、大丈夫ですわ」
「でも先程見せてもらったけど、本当に見事だったわ。また腕を上げたわね、クラウディア」
「ありがとうございます」
伯母に褒められるのは嬉しい。
にこにこと微笑っているクラウディアの耳に従兄たちの会話が飛び込んでくる。
「そのうち私の婚約者がクラウディアにまた会いたいと言い出すかもしれないな」
「俺の婚約者も見たいと言うかもな」
「うん、僕の婚約者は一緒に刺繍がしたいと言いそうだ」
「ああ、一緒にやると聞けば私の婚約者も参加したいと言い出しそうだ」
「俺の婚約者も参加すると言うだろう」
従兄たちの婚約者とはそれぞれ何回か会ったことがあった。
「それもいいわね。どうかしら、クラウディア?」
「予定が合えば構いません」
「そう。じゃあ、予定を調整して連絡するわ」
いつの間にか決定事項になっている。
「わかりました」
「いつ頃領地に帰るつもりなの?」
「わかりません。まだ決めてませんので。遅ければシーズン終わりまでいます」
「あら珍しい」
意外そうに伯母が声を上げる。
呼ばれなければ王都に来ず、来ても用事が済めばすぐに領地に帰っていたのでこの反応は当然だった。
ふと思い出したように長男が言う。
「そう言えばアーネスト殿と出掛けていると聞いたな」
「ヴィヴィアンも一緒です」
そこはきちんと言っておかないと。
「それは当然だろう。婚約者でも親戚でもないのに異性と二人というのはあり得ない」
「まだ婚約の申し込みさえしていないならば二人きりのデートはあり得ない」
飛躍しすぎである。
アーネストとの婚約の予定どころかその前段階の申し込みの予定すらない。
アーネストは妹の親友であり友人の妹であるクラウディアに気を遣ってくれているだけなのだ。
「アーネスト様とヴィヴィアンはシルベスター侯爵令息のことで私に悪評がつかないようにと一緒に出掛けてくださっているだけですわ」
クノス公爵一家全員が何とも微妙な表情をしている。
「あれは、災難だったな」
「ええ、まったく。クラウディアにはまったく非のないことよ。それなのに、人を貶めるしか能のない人間はこれだから困るわ」
伯母が腹立たしいというように言い切る。
「そもそもシルベスター侯爵令息の調査不足のせいだよな」
「普通はもっと慎重に調べてから婚約の申し込みはするものだろう」
「恋ゆえの暴走とは愚か……いや恐ろしい」
言い換えてもあまり意味がない。わざとだろうが。
というかかなり具体的なところまで全員が知っている。
さすが公爵家と言うべきか。
いや、キンベリー伯爵令嬢が言いふらしているようだし、余程引きこもっていない限りは耳にしているだろう。
「そもそもクラウディアよりあの娘のほうがいいなんて人を見る目がないわ」
身内贔屓が過ぎる。
だが誰も伯母の言葉に異を唱えない。
それどころかうんうんと頷いている。
クラウディアはシルベスター侯爵令息やキンベリー伯爵令嬢を庇うつもりもない。
ただクラウディアからしたら、社交性のないクラウディアよりキンベリー伯爵令嬢を選ぶのは妥当だと思うのだが。
「人の好みはそれぞれですから」
クラウディアが言うとみんなが納得した顔になる。
「なるほど。確かに蓼食う虫も好き好きと言うしな」
「クラウディアの魅力はわかる人にはわかるけど、わからない人にはわからないものね」
「クラウディアの魅力はわかる者にだけわかればいいしな」
「それもそうだ。わからない者には関わる必要はない」
「そうそう。わかる者とだけ関わればいいんだ」
どんな過保護だろう。
いや身内贔屓か。
クラウディアは社交は苦手だが人と関わることは好きだ。
だからその意見には頷けない。
しかしクラウディアの様子は気にかけずにクノス公爵家の面々はうんうんと頷いている。
まあ別に害があるわけでもないから、とクラウディアは流すことにした。
読んでいただき、ありがとうございました。
従兄たちの名前はいずれ出したいと思います。




