クノス公爵家への来訪
クノス公爵家の王都邸は公爵家だけあって王城に近いところに構えられている。
マルセルの手を借りて馬車から降りた。
伯母自らが出迎えてくれていた。
「いらっしゃい、クラウディア。久しぶりね」
「伯母様、ご無沙汰しております」
伯母はクラウディアの全身に視線を走らせる。
今日の服装はもちろん自分で刺繍を施した訪問着だ。
「素敵ね。後でじっくり見させてちょうだい」
とりあえずは及第点はもらえたようだ。
「はい」
「さあ、中に入ってちょうだい。お茶にしましょう」
「はい」
くるりと身を翻した伯母の背に続いた。
「さあ、早速例のハンカチを見せてちょうだい」
着座するなり伯母に催促された。
「汚れたら悪いから見せてもらってからお茶を出すわね」
「はい。キティ」
「はい」
キティが丁寧な手つきでハンカチを取り出し、伯母に差し出した。
伯母が丁寧な手つきでテーブルの上に広げた。
伯母の口許が綻ぶ。
「まあ、可愛らしいわね」
「ありがとうございます」
「でもこの可愛らしいハンカチをあのクラウスが持っていると思うと可笑しいわね」
クラウスは父の名前だ。
「それを狙っていたのです」
「でもうまくはいかなかった?」
「はい。まさか父が喜ぶともそれを仕事場に持っていくとも思っていませんでした」
「クラウディアもまだまだ甘いわね」
「はい……」
思わずしゅんとなる。
「まあ落ち込むことはないわ。それにしてもこのハンカチ、芸が細かいわね」
「楽しかったです」
家族の色の刺繍糸を探すのもそれでリスの刺繍をするのも楽しかった。
にこにこと微笑むと伯母の顔にも微笑みが浮かぶ。
「そう。見事なものね。クラウディア、また腕を上げたようね」
クラウディアの顔がぱあっと輝く。
「ありがとうございます。今日のドレスも刺繍したのです。見てもらえますか?」
「ええ、もちろん。でもその前にお茶にしましょう」
「はい」
伯母が壁際にいた侍女たちに視線をやれば彼女たちはきびきびと動きお茶の準備を調えた。
ハンカチはいまだに伯母の手にある。
後で返してもらえばいいだろう。
クラウディアがついうっかり忘れてもキティが覚えていてくれる。
だから大丈夫だ。
そっとキティに視線をやればしっかりと頷いてくれる。
これで安心だ。
「大丈夫よ。ちゃんと返すわ。クラウスもそう言い含めたのでしょう?」
笑いを含んだ声だ。
父の行動もしっかりとバレている。
「そうです。今朝しつこいくらいに言って出掛けていきました」
「目に浮かぶようだわ」
ころころと伯母は笑う。
伯母は母の姉なのだが、これでは父の姉のようだ。
「付き合いが長いし、ミランダからもよく話を聞いていたからよ」
そしてクラウディアのこともよくわかっている。
何も言っていないのに何を思ったのかわかったようだ。
母と伯母も仲良しだ。
伯母が嫁いだ時についてきた侍女も壁際で懐かしそうに微笑んでいた。
一緒に母の話を聞いていたのだろう。
「クラウスとミランダは相変わらずかしら?」
「はい。仲良く過ごしていますわ。お兄様とシルヴィアも元気です」
「そう。よかったわ。うちの家族も元気よ」
「それはよかったです」
それからしばらくたわいもない話をしていると不意に伯母が訊いてきた。
「ロバートに婚約者は見つかりそうなの?」
「私には何とも。早く見つかるといいのですけど」
何故かこの件については両親も兄ものんびりしている。
兄はラグリー家の跡取りなのだ。
いつまでも婚約者の一人も決まらないのは困るはずなのだが。
「まあ他家だから口出しするのは控えるけれど、もし手助けがほしければいつでも言ってちょうだい、と伝えておいて」
「ありがとうございます」
帰ったら兄に伝えよう。両親にも。
「夕食は食べていけるのよね?」
キティが確認しておいてくれて本当によかった。
「はい。お泊まりは駄目だと言われましたけど」
「もう。クラウスも心配性ね」
その意見には首を傾げる。
お泊まりと心配性がどう繋がるのだろうか?
「クラウディアがうちに居つくのを心配しているのよ」
クラウディアはきょとんとする。
クラウディアはクノス公爵家に何日泊まろうとも帰る場所はラグリー領だ。
叶うならずっとラグリー領にいたい。
常々家族には言ってある。
「私が帰る場所はラグリー家ですので」
「そうね」
わかっていると言うように伯母が頷く。
そう。他家に居着くつもりはまったくないのだ。
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