とある夫人の注文
ラグリー家御用達の宝飾品店。
そこで一つの商談が行われていた。
商談相手はとある貴族の夫人。
デザイン案を眺めているのを静かに待つ。
「これがいいわ」
やはり選ばれたのはノーマンのデザイン案だ。
今日の商談相手の夫人のデザイン画は先日クラウディアにも混ざってもらったものだ。
メインの宝石は夫人の持ち込みだが、他のものはこの店の扱いのものから選ばれた。
「ではこちらで進めさせていただきます」
「ええ、お願いね」
「かしこまりましてございます」
店長は恭しく頭を下げた。
夫人は並べてあるデザイン画に改めて視線を向ける。
その中の一枚を手に取った。
「このデザインはクラウディアでしょう?」
「はい。さすが夫人。お分かりになりますか」
「ええ、もちろん」
夫人はティーカップを持ち、一口飲んだ。
それから頬に手を当てほぅっと溜め息をつく。
「あちこちにあの子の痕跡があるのに会えないのよね。ロバートが引っ張り出したパイラー侯爵家の夜会には行けなくて、伯爵夫人が連れて行ったお茶会はそもそも招待されていなくて。さすがにアーネスト様たちとお出かけした時にお邪魔するのは悪いと思っていかなかったし、この間図書館に現れたと聞いて歯噛みしてしまったわ」
「うちの店にも先日お訪ねくださいました」
「その結果がこれね」
夫人はとんとんと指先でデザイン画を叩いた。
「はい。ちなみにですが、こちらもデザインいただきまして」
店長はぺらりとデザイン帳を捲る。
「あら、素敵じゃない」
夫人が声を上げる。
「あら?」
夫人は先程発注した首飾りのデザイン画とクラウディアのブローチのデザイン画を見比べる。
素早く店長が説明する。
「私共がクラウディア様のデザインを惜しんでおりましたら、そちらのデザインも加味して描いてくださったのです」
それを聞いて夫人がページを戻し、クラウディアの首飾りのデザイン画を見てブローチ画に戻す。
「そのブローチならこちらの石などが合うと思います」
店長は石を載せたトレーをそっと置く。
こちらもあらかじめ用意しておいた。あの時満場一致した石だ。
他にも一応別の石も用意してはある。
夫人は石とブローチのデザイン画に何度も視線をやって、やがて心を決めたように頷いた。
「こちらのブローチもその石でお願い」
「ありがとうございます」
「クラウディアにデザイン料は入るのかしら?」
「発注頂きましたらお渡しすることになっております。そうでないとクラウディア様にはお受け取りいただけないので」
クラウディアの性格を夫人もわかっているので軽く頷く。
「そう。ちなみにどれくらいかしら?」
「ロバート様のタイピンでございます」
「見せてちょうだい」
「少々お待ちくださいませ」
一度退室してクラウディアが選んだロバートのタイピンをトレーに載せて戻ってくる。
「こちらになります」
「シンプルね」
「クラウディア様がお選びになられましたので」
もっと華やかな品でもよかったのだが。
ロバートなら華やかなものもよく似合う。
「そう。では、こちらに菫色の石と紫色の石を追加してくれる? わたくしのほうで持つわ。そのほうがロバートも喜ぶでしょう」
店長はにっこりと笑って腰を折った。
「承知致しました」
「いくつか石を見せてくれる?」
「すぐに御用意致します。しばしお待ちくださいませ」
店長が部屋を出ていく。
きっと受け取ったクラウディアは驚くだろう。
それを直接見られないことが夫人には少し残念だった。
それでも最終的には喜んでもらえるような出来にしようではないか。
やる気に満ちた顔で店長が戻ってくるのを待った。
結局は自分の注文品よりも白熱したやりとりをしてしまった。
それでもやり遂げた気分で機嫌よく店を後にした。
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字報告をありがとうございます。訂正してあります。




