食堂で刺繍入りハンカチの話
ロバートは食堂でアーネストに行き合った。
「ロバート、今から昼食かい?」
「ああ。アーネストもか?」
「うん。忙しくてなかなか休憩が取れなくてね」
「俺もだ」
昼食時間はとっくの昔に過ぎ去っている。
今は午後のティータイムに近い時間だ。
だからだろう、食堂にいる者たちはまばらだ。
どちらから言い出すことなく向かい合わせに座る。
中途半端な時間でもきちんと定食を出してくれる食堂は有り難い。
二人で食べ始める。
ふとロバートは一応アーネストに礼を伝えておかなければならないかと思い至った。
「先日はクラウディアが世話になった」
「うん? いや、こちらは楽しませてもらった」
一瞬ロバートの手が止まる。
「……そうか」
アーネストは忍び笑う。
「そういえば、クラウディア嬢のブレスレットはよく似合っていたね。まるであの耳飾りと揃えで買ったようだったよ」
「ん? そうか。だがあれではまだまだ揃えではないだろう」
「そう?」
アーネストの目には揃えに見えたようだが、そんなことはない。
いずれ注文したものが届く。
あれらを見ればクラウディアがつけていったブレスレットを揃えだとは思わなくなるだろう。
出来上がり次第だが、初めから揃えで誂えたと思われるはずだ。
少し時間がかかると先日連絡が来た。
店と職人の矜持なのだろう。
急ぎではないし、納得できるまで突き詰めてもらいたい。
とりあえずアーネストには頷いておく。
そのうち出来上がってくればアーネストが見る機会もあるだろう。
「耳飾りと言えば、お礼のハンカチも素晴らしいものだった」
「……ああ。クラウディアは刺繍が得意だからな」
「他にも見てみたいくらいだけど、ロバートは持ってないかい?」
途端に渋い顔になってしまうのは仕方ない。
「その顔は持っているね?」
「わかっていて訊いているだろう?」
「うん?」
アーネストは惚けた顔をしているが確信犯だ。
舌打ちしたいのを堪える。
「見せて」
断ってもいいが、それとなく面倒くさいことになりそうな予感がしているので渋々と頷く。
ポケットからハンカチを取り出しつつアーネストに訊く。
「お前は持ってないのか?」
「仕事場には持ってこないことにしたんだ。もったいないから」
「ああ」
何となく、気持ちはわかる。
「……そうか。どんな物を贈ったのか見てみたかったが。これだ」
取り出したハンカチをアーネストに渡す。
今日はたまたまクラウディアの刺繍の入ったハンカチを持っていた。
日によっては母やシルヴィアのものの時もある。
枚数的にもクラウディアのものが頻度が高いが。
「ありがとう。クラウディア嬢はロバートに見せなかったのかい?」
「一々出来たものを見せには来ないな」
純粋に量が多いのだ。
「そうなんだ」
アーネストがハンカチを広げた。
その口からほぅっと息が漏れた。
「ロバートのは随分とシンプルなものなんだね。だけどとても丁寧な仕事がされているね。御父上のは随分と手が込んでいるものみたいだけどそちらも凄いのだろうね」
アーネストも噂を聞いているのだろう。
「あれは父へのクラウディアの意趣返しだ」
ロバートは呆れたように言う。
「意趣返し?」
「お前によろしくと手紙を出したことに対するな。クラウディアとは出さないと約束していたのに破ったからってな」
「それで話題になるようなハンカチを贈るとはさすがクラウディア嬢だね」
「本人にとってはまったくの想定外だったみたいだがな」
「うん? そうなのかい?」
「王城で話題になっていると聞いて驚いていた」
本当に意趣返しのつもりだったのだろう。
父の行動がクラウディアの想像の斜め上だっただけだ。
ある意味父が一番クラウディアに似ている。
予想外の行動を取るあたりがそっくりだ。
「そうなんだ。クラウディア嬢らしいね」
思わずむっとする。
アーネストはまだクラウディアのことを何も知らないではないか。
だが何故かアーネストは苦笑する。
それからアーネストは少しだけずらして話を戻した。
「話題の御父上のハンカチも見てみたいけどね」
「お前もか」
「クラウディア嬢がヴィヴィアンに贈ってくれたハンカチを見たからね。噂の御父上のハンカチは気になるよ」
「……俺は逆にそのハンカチを見てないんだがな」
「今は額装して家族用の居間に飾ってあるよ。何度見てもつい見入ってしまう」
「……額装しているのか?」
「うん。ヴィヴィアンが注文したのが届いた時に母上が気に入って家族用の居間に飾ったんだ」
だから刺繍絵の注文が入ったのか。
何故急に、と不思議だったのだ。
「そうか」
少し、見てみたい気もするが、家族用の居間に飾ってあるのなら見る機会はないだろう。
せめてそのうちクラウディアにどんなデザインだったか聞いてみるか。
デザイン画があれば見せてくれるだろう。
クラウディアはそういうところは頓着しない。
そんなふうに会話を交わしているうちに気づけば目の前の食器は空になっていた。
ちらりと見ればアーネストはまだ料理が残っている。
通常なら相手が食べ終えるまで待つのがマナーだ。
しかし仕事は山積している。
食べ終わってからもゆっくり話している暇は残念ながらなかった。
「俺はもう行くな」
アーネストもこの時間まで昼食がずれこんでいるので察しているのだろう。
わかっているというように頷いて、
「うん。また」
「ああ」
ひらりと手を振られたのに振り返し、トレーを持って席を立った。
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