お礼の昼食
「ヴィヴィアン様、お時間はまだおありでしょうか?」
すでに馬車に乗っているヴィヴィアンに兄が尋ねる。
クラウディアとヴィヴィアンの侍女も既に馬車の中にいる。
「ええ、大丈夫ですわ」
「よろしければ、本日のお礼に昼食をいかがですか?」
「まあ、ありがとうございます。是非」
「何か食べたいものがありますか?」
「ロバート様にお任せします」
「わかりました」
御者に行き先を告げて兄が馬車に乗り込む。
素早く扉が閉められ、ゆっくりと馬車が動き出した。
それからさほど経たずに馬車が止まった。
外から声がかけられ扉が開けられる。
ヴィヴィアンの侍女が降りた。
兄が降り、ヴィヴィアンに手を差し出す。
ヴィヴィアンがその手に手を重ねて降りていく。
次いで差し出された手に手を重ねてクラウディアも降りた。
降りた先にあったのは煉瓦作りの建物だ。
「この二階になるのですが、階段は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
クラウディアにも視線を向けられたので無言で小さく頷いておく。
「素敵な外観ですね」
ヴィヴィアンが二階を見上げて言う。
クラウディアも建物を見上げる。
二階がレストランで下は花屋だ。
下の花屋はレストランで花束を渡したりする時にも使われたりするのだろう。
レストランが二階にあるのは防犯の観点からだろうか?
レストランに行くには外階段を上っていくようだ。
お忍びには向かないが建物の外観からして先日行った食堂より格式高い。
兄がヴィヴィアンをエスコートして階段を上るのについていく。
階段は危ないとクラウディアのことはマルセルがエスコートしてくれている。
扉をくぐって中に入ればどことなく品のいい女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「予約はしていないのだが席は空いているだろうか?」
「ええ、大丈夫でございます。個室をご用意致しましょうか?」
「頼めるだろうか?」
「ええ、もちろんですわ。どうぞ」
そのまま案内されて個室の一つに通される。
窓際に置かれたテーブルに着座する。
クラウディアとヴィヴィアンが並んで座り、兄がクラウディアの向かいの席だ。
「お付きの方々もそちらでお食事になれますわ。衝立も御用意できますので必要でしたらお申し付けくださいませ」
なるほど。
扉脇にもテーブルと椅子が扉を挟んで二組ずつ置かれている。
兄が視線でヴィヴィアンに確認し、ヴィヴィアンは微かに首を振る。
「衝立の必要はない」
「承知しました。注文が決まりましたらそちらのベルを振っていただければ参ります」
女性は一礼して部屋を出ていった。
「お前たちも好きなものを頼め」
キティたちに視線を向け、兄が告げる。
「「「ありがとうございます」」」
キティたちがそれぞれ分かれてテーブルに座る。
護衛たちはすぐに動けるように扉から一番近い席についている。
それを見届けてメニューを開く。
どれも美味しそうで目移りしてしまう。
それはヴィヴィアンも同じだったようで二人で迷いながらも何とか決めた。
キティたちも注文が決まったかを確認して兄がベルを鳴らした。
注文を終え、料理が運ばれてくるのを待つ間に。
「本日はご紹介いただきありがとうございました」
改めて兄がヴィヴィアンにお礼を言う。
クラウディアも続いた。
「ありがとう、ヴィヴィアン」
「いえ、お力になれたようでしたら何よりですわ。それで、どうでしたか?」
ヴィヴィアンの問いに兄は満足そうな笑顔で答える。
「さすがコレト子爵夫人ですね。とても素敵なものが出来上がりそうで今から楽しみです」
「子爵夫人?」
思わず声に出してしまった。
兄が呆れたようにクラウディアを見る。
「オーナー兼デザイナーの彼女はジゼル・コレト子爵夫人だ。れっきとした子爵家の当主夫人だ」
どうりで兄が彼女に対して敬語だったはずだ。
子爵家当主夫人とまだ爵位を継いでいない伯爵家の嫡男なら子爵家当主夫人のほうが身分上は上だ。
「コレト子爵夫人の店といえば第二王女殿下も贔屓にされていると聞く」
「え、さすがヴィヴィアンね。お兄様、やはり私たちには敷居の高い場所でしたね」
「確かにな。ヴィヴィアン嬢の紹介がなければ無理だっただろう」
「紹介は致しましたが、次からはわたくしがいなくても大丈夫ですわ。クラウディアの衣装のデザイン決めにまた参加させていただけるなら喜んでご一緒致しますけど」
クラウディアは平凡な容姿だ。
そんなクラウディアのドレスのデザイン決めなど楽しいとは思えないのだが。
「そうですね。機会がありましたら是非お願いしたいです」
「ふふ、ありがとうございまし」
表面的なやりとりなのか、高度な駆け引きなのか、それすらクラウディアにはわからない。
完全に蚊帳の外状態のクラウディアは二人が微笑み合うのを見ていた。
料理が運ばれてきてだいぶ食事が進んだところでヴィヴィアンが告げた。
「そうそう、兄が明日は公園ではなく花を見に行かないかって」
明日はモーガン兄妹と出掛ける予定になっているのだ。
「素敵ね。是非」
「わかったわ。兄にもそう伝えておくわね」
「クラウディア、くれぐれもヴィヴィアン嬢に迷惑をかけるんじゃないぞ」
だからアーネストにならいいのか。
今まで問い質したことはなかったが、そろそろ訊いてみるべきだろうか。
しかし今ではない。
少なくともヴィヴィアンの前ですることではない。
「わかっています」
「まあ、ロバート様、クラウディアに迷惑をかけられたことなんてございませんわ」
ヴィヴィアンが庇ってくれる。
兄がちらりとクラウディアを見た。
ヴィヴィアンの言葉を信じていないに違いない。
クラウディア自身もヴィヴィアンに迷惑をかけていないとは思っていない。
「クラウディアは本当にいい友人を持ったな」
「ええ、私もそう思います」
それは胸を張って言える。
「わたくしのほうこそクラウディアと友人になれたことは幸運なことだと思っておりますわ」
「ありがとう、ヴィヴィアン。嬉しいわ」
笑顔で言えば、ヴィヴィアンも微笑み返してくれる。
そうして和やかに昼食の時間は過ぎていった。
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