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引きこもり令嬢と呼ばれていますが、自由を謳歌しています  作者: 燈華


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父の刺繍入りハンカチの評判

夕食の席でクラウディアはモーガン家からの依頼の話を家族にした。


「まあ、オルトを連れていくなら問題はないだろう。もし判断がつかなければ一度持って帰ってきなさい」

「わかりました」


父も許可を出してくれたので、あとは明日オルトが来たら話を通しておけばいい。

ああ、でも、とクラウディアはシルヴィアに声をかける。


「シルヴィア、オルトを一日付き合わせることになるけど、貴女のほうの用事は大丈夫かしら?」

「問題ありませんわ。オルトは商品を運んできてくれますの。後は少々店舗のほうに顔を出すと言っておりましたわ」


やはりオルトが来るのはシルヴィアの用件だったようだ。


「そう、なら大丈夫ね」

「はい」


念の為執事長にも視線をやれば、彼も問題ありません、というように笑顔で頷いていた。

なら大丈夫だろう。


ふと「刺繍といえば、」と父が切り出した。


「クラウディア、あの刺繍のハンカチ、なかなか好評だぞ」


父の上機嫌な言葉にクラウディアはぎょっとする。


「え、お父様、あのハンカチ、誰かに見せましたの?」

「職場に行く時にポケットチーフにしている。色んな方に見せてほしいと言われてな。羨ましがられている」

「それは褒めているように見せかけて笑われているのではないですか?」

「そんなことはないぞ」


父は自信満々に言っているが信用ならない。

そもそも何故あれを職場になど持っていっているのだ。

どう考えても不向きだろうに。

父の考えは本当にわからない。


溜め息を堪えつつクラウディアは兄に視線を向ける。


「クラウディア、残念ながら事実だ」

「え?」


そんな馬鹿な。


「だって、大の大人が持つにはちょっと、というような可愛らしいリスのハンカチですよ?」


ちょっとした意趣返しだったので敢えて大の大人が持つにはちょっと、という可愛らしいものにしたのだ。


「そうだな」

「どうしてそんなことになるんですか!? そもそもどうしてお父様はそのハンカチを職場に行く時にポケットチーフになさっているんです!?」

「家族の絵を持ち歩くのと同じだな」

「お父様が家族のことを愛してくださっているのはわかっていますわ。ですが、それなら家族の絵でよくありませんか!?」


画家に頼めば手帳に挟める大きさの家族の絵を描いてもらえる。

もちろん家族全員のものだけではなく、妻や夫、婚約者や子供たち、はたまた飼っている猫や鳥など絵の題材はいろいろだ。


「もちろん家族の絵は持ち歩いている。だがあのハンカチも素晴らしい。さすがクラウディアだな」


家族の絵も持ち歩いているのか。

父が家族を愛してくれているのは知っているがそこまでしているとは思わなかった。


「この流れで褒められても嬉しくありません」

「みんな素晴らしい出来だと褒めてくれているんだぞ?」

「持っていくのはおやめください」

「それは出来ん」

「お父様!?」


そんな父とクラウディアのやりとりに割って入ったのは兄だ。


「クラウディア、諦めろ。もう手遅れだ」

「お兄様!?」


まさか兄が父側だとは思わなかった。


「父上があのハンカチを持ち歩いているのは王城では有名になっている」


クラウディアは絶句した。

何故そんなことになっているのだろう、本当に。


父に視線を戻せば心なしか自慢げに胸を張っているように見える。

そんな自慢はいらない。


クラウディアは兄に視線を戻す。


「そもそもお兄様は知っていましたの?」

「父上が自慢しそうだとは思っていた」

「わたくしが思わず欲しくなってしまうほど素敵なものでしたもの」


シルヴィアまで言う。


「私がもらっていたらお茶会で自慢したわね」

「お母様まで……」


クラウディアの思っていたのと全然違う方向へと転がっている。

そもそも兄も知っていたのならもっと早い段階で止めてほしかった。

むしろ持っていくのを止めてほしかった。


「愛されていますね、と言われて父上は鼻高々だ」


ぎょっとする。

確かに父はもちろん家族を愛しているが、そんな意図で作ってはいない。


「俺も持っているか訊かれて見せるとシンプルだなって鼻で嗤われるんだぞ?」

「それは使いやすいようにと……。決してお兄様を(ないがし)ろにしているわけではありません」

「それはもちろんわかっている。だがそう取る(やから)もいるということだ」


使いやすいように選んだ絵柄が裏目に出たようだ。

それは、なんと言うか兄に悪い。

今度ドレスを作ってもらうことになっているのでそのお礼にもっと()った柄の刺繍を刺したハンカチを贈ろう。


「お兄様には今度のドレスのお礼にもっと凝った刺繍のハンカチをお贈りしますね」

「頼む」


よっぽど言われ続けて嫌になったのだろう。

なるべく早く渡したほうがよさそうだ。

そこでクラウディアは思い出した。


「そうでした。お兄様、ヴィヴィアンが仕立て屋を紹介してくれる件、お兄様が同伴するのを許可してくれました。いつが空いていますか?」

「そうか。よかった。食事が終わったら確認する」

「わかりました」


それから父に最後の抵抗をしてみる。


「お父様、是非ともあのハンカチを持っていくのはおやめくださいね」

「そのお願いは聞けん」


ばっさりと拒否された。


「クラウディア、諦めろ」


兄にも(さと)される。

今は諦めるしかなさそうだ。


「まあ、そのうち飽きるでしょうしね」

「……そうだな」


兄の言葉の間が気になったが、早く飽きるように祈るしかなさそうだ。


心の中で溜め息をついていたクラウディアは兄の憐憫の表情とシルヴィアの慈愛の微笑みに気づくことはなかった。

読んでいただき、ありがとうございました。


誤字報告をありがとうございました。

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