頼みごとと刺繍のハンカチの行方
クラウディアは今日もモーガン家にお邪魔していた。
のんびりとお茶をしている時にふと思い出してヴィヴィアンに言う。
「ヴィヴィアン、仕立て屋を紹介してくれると言っていたでしょう?」
「ええ。あ、ドレス仕立てるの?」
「お兄様が新しくドレスを仕立ててくれるそうなの。それで新しい仕立て屋を探しているの」
そもそもどうして新しい仕立て屋を探しているのだろうか?
今までのところでは駄目なのだろうか?
先日も気になった疑問がまた甦る。
気になる女性がいて、その女性にドレスを贈るために仕立て屋を探しているとかならいいが、その可能性は残念ながらかなり低い。
「あら、それならロバート様もご一緒に、かしら?」
「ええ、そうなのだけど、いいかしら?」
「ええ、もちろんよ」
ヴィヴィアンは快く許可してくれる。
「よかった。ありがとう、ヴィヴィアン」
「お礼を言われることじゃないわ。それより早いほうがいいのかしら?」
「あ、どうかしら? お兄様に確認してみるわね。ヴィヴィアンの予定は? いつ頃なら大丈夫かしら?」
「ロバート様の都合に合わせるわ」
クラウディアは眉尻を下げる。
「急いでお兄様に確認して連絡するわね」
「ええ」
一口お茶を飲んだヴィヴィアンが何かを思い出したのか、あっという顔になった。
「そうそう、わたくしも、というか、うちの両親がクラウディアに頼みたいことがあるの」
クラウディアはきょとんとする。
「私に? 何かしら? 私で力になれることならいいのだけど」
「クラウディアにもらった刺繍入りのハンカチを額装してもらったのだけど、あれを見て両親が気に入ってね、家族の居間に飾るものを作ってほしいのですって。頼めるかしら?」
それくらいなら、とクラウディアは頷く。
「ええ、私は構わないけど」
「よかったわ。あ、きちんと報酬も出すわ」
「だったら一応両親に相談してみるわ」
「ええ。何なら誰かを連れてきても大丈夫よ」
「ありがとう」
長い付き合いのヴィヴィアンにはクラウディアがその手のことは苦手だということもしっかりとわかっているのだろう。
だからこそかえって気が楽だ。
帰ってから両親に相談したら誰かつけてくれるだろう。
「御両親にいつが空いているか訊いておいてもらえるかしら?」
「わかったわ。なるべくクラウディアの予定に合わせてもらうようにするわ」
「私は誰かと会う予定もないし、いつでも大丈夫よ」
「ありがとう。なるべく早く連絡するわね」
「ええ」
モーガン侯爵夫妻が気に入ったというのなら額装は終わっているはずだ。
きょろっと見てみるがそれらしいものはない。
「それで額装したというハンカチはどうしたの?」
訊くと思わずといった様子でヴィヴィアンが溜め息をつく。
ヴィヴィアンのそんな様子は珍しい。
「どうしたの?」
「今は居間に飾ってあるわ。持っていかれちゃったのよ」
「まあ」
「本当に素晴らしい出来だったのよ? 額の下辺の部分に詩の一節も入れてもらったのよ?」
「それは素敵ね」
額の下辺の部分に詩の一節を入れるなんてお洒落だ。
「でしょう? でも届いた時にちょうどお母様が居合わせて、見せてほしいと言われたから見せたら持っていかれてしまって」
わたくしのなのに、とヴィヴィアンは怒っている。
それほど気に入ってもらえたならクラウディアも嬉しい。
「お兄様もわたくしのだって知っていらっしゃるのにちっとも味方になってくださらないのよ」
それもヴィヴィアンがぷりぷりしている理由のようだった。
「まあ、アーネスト様が?」
しかし意外だった。
こういう時はヴィヴィアンの味方になりそうなのに。
もともとはヴィヴィアンのものだ。
ヴィヴィアンの言い分のほうが正しい。
それなのに取り返すのに協力してもらえないとは。
「お兄様も気に入っていたようだからいつでも見られるようにお母様の側についたのだわ」
それは、光栄なことだ。
だがクラウディアはヴィヴィアンの友人だ。だからヴィヴィアンの味方だ。
「まあ、それでもヴィヴィアンに贈ったのだからヴィヴィアンのものよね」
「そうよね! ありがとう、クラウディア。わたくしの味方になってくれて」
「当然のことだわ」
クラウディアの言葉にヴィヴィアンは嬉しそうに微笑む。
それからさらにヴィヴィアンの愚痴は続く。本当に悔しいのだろう。
「本当に拘ったのよ? お陰ですごく素敵に仕上がったんだから。クラウディアにも見てもらいたかったのに」
「それはすごく素敵だったでしょうね。私も見てみたかったわ」
家族の居間に飾られているのなら、さすがにクラウディアも見にはいけない。
思わず残念そうな表情になってしまう。
「待っていてクラウディア。わたくしはちゃんと取り戻してみせるわ。そうしたら見てちょうだい」
「ええ、もちろん。楽しみにしているわ」
「ええ!」
決意のこもったヴィヴィアンの首肯にクラウディアも、依頼されたらなるべく早く仕上げよう、と心に決めた。
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