仕立て屋の評判とドレス披露の約束
「そういえば、そのドレスを作った仕立て屋は最近一部の貴族からそっぽを向かれていると聞いたな」
ふと思い出した様子で兄が言った。
「お母様がお茶会で話題にしていましたからね」
あのお茶会に参加していた家は今後あの仕立て屋は使わないだろう。
「そうなのか?」
兄が目を瞬かせて訊く。
兄は何も聞いていないようだ。
確か母が後で確認しておくと言っていたのだが。
「お母様からこのドレスをどこで作ったか訊かれませんでしたか?」
「そういえば訊かれたな」
やはり兄に確認していた。
母は腹を立てていたようだからきっとあの時お茶会に参加していた方々に兄に確認した後でお店の名前を教えたに違いない。
「その時に聞きませんでしたか?」
「知り合いに教えるとしか……」
そこまで言って兄は頭を抱えた。
母の「ロバートもまだまだね」と言う小言が聞こえた気がした。
それにしても珍しい。
あまりドレスに関心がないからだろう。
だから母に仕立て屋のことを訊かれても誰かに紹介するのだろう、くらいにしか取らなかったのだろう。
母もそれがわかっていて敢えて言わなかったに違いない。
兄に気づかせるためか、気づかなくても構わないと思ったのかもしれない。
このドレスを許したことで母も恐らくは兄がドレスに無頓着だと気づいていたのだろう。
それに溜め息をついたかもしれない。
しかし兄が気づかずにあの仕立て屋を使い続けたらどうするつもりなのだろう?
母が気に入らないと気づいたからにはさすがにもう使わないとは思うが。
だが他に仕立て屋が見つからなければ使うかもしれない。
そもそも今までの仕立て屋はどうしたのだろう?
何故急に新しい仕立て屋にしたのだろう?
人から紹介されたのだろうか?
確かベート伯爵令息の紹介だと言っていた。
兄が訊いたのか、持ちかけられたのか。
クラウディアが疑問に思っている間に兄は気を取り直したのかようやく顔を上げた。
そして言う。
「あの仕立て屋は知人に紹介されたのだが、お前が気に入るようなものが作れないようならもう頼まないほうがいいだろう」
「ええ。ヴィヴィアンが今度違うところを紹介してくれるそうですわ」
「ヴィヴィアン嬢の贔屓にしているところなら間違いないだろう。その時は俺も一緒に行こう」
「お兄様の都合に合わせていてはいつになるかわかりませんわ」
「だが俺もお前のドレスを注文したい」
まだまだ夜会やら舞踏会に引っ張り出すつもりのようだ。
「私にばかりドレスを仕立てていたらシルヴィアが拗ねませんか?」
「シルヴィアにドレスを贈るのは婚約者の役目だからな。お前は婚約者がいないのだから仕方ない。今度、シルヴィアには何か贈ることにするよ」
「お兄様にはドレスを贈る婚約者もいませんしね。お礼にお兄様とシルヴィアに私も何か贈りますね」
「いや、お前からは十分もらっている」
そうだろうか、とクラウディアは首を傾げる。
「やはり無自覚か」
ぽつりと呟かれた言葉はクラウディアにはよく聞こえなかった。
「お兄様?」
兄は頭を振る。
そして話を変えるかのように言った。
「それとは別で、そのドレスでどこかの夜会に参加するか?」
「このドレスはまだ完成ではありませんわ。これからここに私が刺繍を足すのです」
先程お針子たちと話していたのを聞いていなかったのだろうか?
兄はまじまじとクラウディアのドレスを見る。
「確かに刺繍がイマイチだな」
動きやすいように手直ししたため刺繍もあちこち歪になっている。まだ手直しするかもしれず、あとでクラウディアが刺繍すると言ったこともありそのままなのだろう。
クラウディアは頷く。
「そうか。ならそれが済んだら教えてくれ。適当な舞踏会を探す」
何故、参加が確定しているような口ぶりなのだろう?
「えっと、別に探さなくても構いませんよ?」
「刺繍するんだろう? せっかくだ。見せびらかせばいい」
「別に見せびらかす必要はありません」
「まあ、せっかくだしな」
兄は全然クラウディアの話を聞いてくれない。
「ドレスの裾の動きとかが綺麗だった。仕舞い込むにはもったいないと思うぞ」
「そうですよ、クラウディアお嬢様。是非」
「たっぷりと自慢してきてくださいませ」
ぐいぐいとお針子たちも勧めてくる。
確かにこのドレスはとても素敵だ。
「確かにもったいないほど素敵です」
それは認めるところだ。
「ということだからそのドレスが完成したらどこかの夜会に行くぞ」
ここで抵抗しても負ける。
それにこのドレスの出来が素晴らしいのも確かなのだ。
「わかりました」
「よし。そのドレスのお披露目に合う最高の場を選んでやる」
「そんなに張り切らなくていいです」
「いや。せっかくだ。どんと披露してやろう」
兄は何か企んでいるのか、含みのある楽しそうな笑みを浮かべている。
「お兄様、何を考えていますか?」
「いや、何でもない。ただ楽しみなだけだ」
この様子では何かを企んでいても教えてくれる気はなさそうだ。
「そうですか」
「ああ。だからクラウディアも楽しみにしていろ」
仕方ない。クラウディアは料理や参加者の服装を楽しみにすることにしよう。
「わかりました。楽しみにしておきます」
にっこりと微笑って言えば、兄は満足そうに微笑った。
本当に、大事にならないといいのだが。
兄の企みが平穏なものであることをクラウディアはそっと祈った。
読んでいただき、ありがとうございました。




