宝飾品店再訪
次の日。
約束通りクラウディアは宝飾品店を訪れた。
「お待ちしておりました、クラウディア様」
「すぐに来れなくてごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。来ていただけただけで有り難いです」
こちらへと案内されたのは客が訪れることはない裏側にある作業部屋の一つだ。
何回も来たことのある部屋だ。
「こんにちは」
クラウディアが挨拶すると、部屋で作業をしていた三人が顔を上げて笑顔になる。
「クラウディア様いらっしゃいませ」
「お久しぶりですね」
「お元気そうでよかったです」
三人とも顔見知りだ。
彼らは宝飾品のデザインを担当している者で、この部屋は彼らの作業部屋なのだ。
「クラウディア様はこちらにどうぞ」
一つの作業机の前の椅子に導かれる。
机の上にはすでに色鉛筆とスケッチブックが置かれている。これはこの店に置いてあるクラウディア専用のデザイン帳だ。
すでに店長のお願いの内容がわかっていた。
店長がトレーの上に紫色の石を乗せて持ってくる。
「クラウディア様ならこの石を使って首飾りを作るとしたらどのようなデザインになさいますか?」
「そうねぇ」
クラウディアは石を観察してデザイン帳にさらさらとデザインを描く。
「こんな感じかしら」
それを確認した店長が一つ頷き、他の三人に声をかける。
「よし、みんなでプレゼンするぞ。クラウディア様も参加なさってください」
いつものことなのでクラウディアは頷く。
店お抱えのデザイナー三人がそれぞれのデザイン案を机に並べて説明する。
それをクラウディアは興味深く聞いていた。
本当に本職の方はやはり凄いわ。
順番が回ってきてクラウディアも自分のデザインを説明する。
「クラウディア様のものも素敵だが、やはりノーマンのものが。俺のは派手すぎた」
「俺もそう思う。クラウディア様のもいいと思うが、今回はノーマンのもののほうが映える。俺のは凝りすぎだな」
「そうだな。クラウディア様のも捨てがたいが、ノーマンのもののほうが石がよく見えるな。クラウディア様とノーマンはどうだ?」
店長が二人に訊く。
「そうだな。この中なら俺のものが一番しっくりくる。クラウディア様のものも悪くないが」
「ええ。私もそう思うわ。さすがノーマンね」
「なら第一候補としてノーマンのを推そう。最終決定権はお客様にあるから四枚ともにお見せするが」
デザインに関しては一切おべっかもないので、次点はクラウディアのものだろう。
「本当にクラウディア様のものも素敵なんだが、何か他のものに……? しかし、なぁ」
店長の言葉にクラウディアは自分のデザイン帳を取り上げ、ページを捲った。
ノーマンのデザインをじっと眺めて色鉛筆を手にする。
さらさらと自分のデザインにノーマンのデザインを少し加味して描き上げたのはブローチのデザインだ。
「もう少し丸みのある宝石でこういうものはどうかしら?」
改めて見せると「あ!」と声を上げて店長がばたばたと出ていった。
少しして戻ってきた店長の手には宝石を入れる鞄があった。
それを開けて慎重に一つの宝石を取り出した。
「これなどいかがでしょう?」
デザイナー三人と一緒に宝石とデザインを見比べる。
「あっ!」
「いいじゃないか、これ」
「ぴったりね」
「これしかないな」
クラウディアがデザインに描いた通りの宝石だ。
「クラウディア様、このデザインいただいても?」
「好きにしていいわ」
クラウディアはプロのデザインを見られただけで満足だ。
「報酬のほうは」
「みんなのデザインを見られただけで満足よ」
「……ロバート様に似合いそうなピンブローチがあるのですがそれでいかがでしょう?」
「でも、私のデザインしたものが気に入られなければ報酬として成り立たないわ」
「では、お客様にこのブローチを発注していただきましたら、お渡しするというのでいかがでしょう?」
「それならば。ああ、でもそのピンブローチを見せてもらえる?」
あまりにも高価なものではやはり釣り合わない。
「もちろんですとも。いくつかありますのでお気に召したものをお選びくださいませ」
「ええ」
「少々お待ちくださいませ」
一礼した店長が部屋を出ていく。
店長が戻ってくるまで、と三人とお喋りする。
近況だったり、最近のデザインの傾向だったりと話題は途切れることなく続く。
「デザインが見たい」と言えば注文されたものでなければ、と三人は快くデザインを見せてくれる。
デザインにはそれとなくそれぞれの個性が滲み出ていて面白い。
クラウディアの思いつかないようなデザインもあり、さすがプロだ。大変参考になる。
もちろんクラウディアは質問責めにした。
それにも嫌な顔一つせずに答えてくれるので有り難い。
後でお菓子でも届けてもらおう。
三人ともお菓子には目がないのだ。
頭を使うから糖分が必要だというのが彼らの言い分だ。
三人にデザインを見せてもらったり談笑したりしているうちに店長が戻ってきた。
ノーマンたちはそっと仕事に戻っていく。
彼らはクラウディアのことを気遣ってくれたのだ。
やはり後で差し入れをしよう。
「クラウディア様、お待たせ致しました」
店長がそっと机の上にトレーを置く。その上にはいくつかのピンブローチが載っていた。
「お好きなものをお選びくださいませ」
「見せてもらうわね。キティ、一緒に選んでちょうだい」
「承知しました」
ピンブローチはシンプルなものから豪奢なものまで様々だった。
ちらりと店長を見る。
「どれでも構いません。対価としてきちんと計算致しましたので」
「そう」
豪奢なものは言うべくもなく、シンプルなものでも造りが精巧だったり、使われている石が小粒でも質のいいものでそれなりの値段がしそうなのだが。
だが店長が言うのだからそうなのだろう。
いくら何でも店に損失は出さないはずだ。
そう自分を納得させてクラウディアは改めてトレーの上のピンブローチを見る。
どれも素敵なデザインで兄によく似合いそうだ。
「キティ、どれがいいと思う?」
「どれもがロバート様に似合いそうですね」
「そうよね。迷ってしまうわ」
キティと二人で悩んでいると、店長やデザイナーの三人が一緒になって考えてくれた。
用途や服に合わせやすいか、どのような場面で使えるかなどいろいろ助言を受けて散々悩んでようやく決めた。
「これでお願いするわ」
「承知しました」
最終的にクラウディアが選んだのは直線のものに小さな濃い青いサファイアの石が一つついたものだった。
帰る前にコルム通りにあるお菓子屋さんで宝飾品店へのお菓子の配送を手配した。
読んでいただき、ありがとうございました。




