兄への相談
家族が今日の話を聞きたいとそわそわしている気配を感じたが、誰にも訊かれないことをいいことに流してクラウディアは食事を終えた。
「お姉様、この後ご一緒してもよろしいですか?」
「ごめんなさい、シルヴィア。お兄様に相談したいことがあるの」
「わかりましたわ。代わりに明日は一緒に過ごしてくださる?」
「ええ、いいわ」
「約束ですからね?」
「ええ」
兄が家族の食事室を出ていくのを見て慌てて追いかける。
「お兄様」
声をかけると立ち止まってくれた。
小走りで駆け寄ると兄が眉間に皺を寄せる。
「廊下を走るんじゃない」
「申し訳ありません」
「それで何だ?」
「お兄様に相談したいことがありまして。お時間いただけます?」
「珍しいな。クラウディアが相談とは。何だ?」
廊下で相談とはどうなんだろう、とちらっと思ったが、特に誰かに聞かれて困ることでもない。
「お兄様、アーネスト様にいろいろと買っていただいてしまいましたの。お返しがしたいので何がいいか一緒に考えてくれませんか?」
「何を買ってもらったんだ?」
「部屋にあります。来てもらえますか?」
「ああ」
並んで歩きながら兄は言う。
「だがな、一緒に出掛けたならある程度は買い与えるのも男の甲斐性だ。贈り物の一つもしなければ良識や経済状況を疑われる」
「ヴィヴィアンも似たようなことを言っておりましたわ。だから受け取りましたの。ですが、お礼をするのは構わないはずですよね? こういうのは気持ちですもの」
「お前の言い方が問題だ。買ってもらって"しまった"だの"お返し"だの男の沽券に関わる」
「申し訳ありません。気持ちが慌てていて言葉選びを間違えました。気をつけます」
「そうしろ」
兄はどことなく憮然とした表情だが歩幅をクラウディアに合わせてくれている。
「ヴィヴィアン嬢に迷惑はかけなかったんだろうな?」
相変わらず、アーネストにはいいのか?
「もちろんですわ。今日はきちんとしました。お疑いになるのでしたらキティに確認してください」
兄がキティに視線を向ける。
「はい。ご安心くださいませ。お嬢様は立派に淑女でございました」
「そうか。ならいい」
この信用のなさはクラウディアの普段の行いのせいなのだろう。
「それで、楽しかったか?」
「え、あ、はい、もちろんです」
気が逸れていたので答えるのに信憑性の低い答え方になってしまった。
しかしさすがに兄は見抜いて呆れたような視線を向けてくるだけだ。
「あとでゆっくり聞かせてもらうからな?」
「え?」
「何だ? 俺に話せない何かをしでかしてきたのか?」
「してませんけど」
何故兄が今日のことを知りたいのかがわからない。
キティは微笑ましそうな笑みを浮かべるだけで助けてくれそうもない。
「どうせ母上やシルヴィアには話すんだろう? それなら俺が聞いて何が悪い」
いや、母やシルヴィアに話す予定は今のところないが。
……訊かれるのだろうな、とは思っているが。
母もシルヴィアも今日のことは何故か張り切っていたから。
そういえば兄はアーネストによろしくと言っていたそうだから、心配してくれているのだろう。
どの種類の心配かはわからないが。
……少し話すくらいはいいかもしれない。
とはいえ明言しないでおく。
クラウディアの部屋に入った兄はちらりと荷物の山を見る。
夕飯までに片づけ終わらなかったのだ。
「お兄様にもお土産を買ってきましたのであとでお渡ししますね」
兄が少し目を細める。嬉しそうだ。
「ああ。それで、何をアーネストに買ってもらったんだ?」
「お嬢様、私が」
物の位置はクラウディアよりキティのほうが把握している。任せてしまったほうが早いだろう。
「お願いね」
「お任せくださいませ」
キティが荷物のほうに向かう間に兄を促しソファに座ってもらう。
クラウディアも対面に座った。
すぐに両手に物を抱えたキティが戻ってきた。
「お嬢様、足りなければおっしゃってくださいませ」
「ええ」
キティが並べていく。
扇子に小物入れ、日傘、小さな鞄、オルゴール、栞……それに、ベルベット張りの小さな小箱。
クラウディアが箱を開けようと手を伸ばす前に兄がさっと手に取る。
小箱を開けた兄の眉間に皺が寄る。
「宝飾品店にも行ったのか?」
「え、ええ。ヴィヴィアンが今度の夜会用に一揃え見てくるように言われたそうで。どれも素敵なデザインでしたわ」
「そうか」
「あの、お兄様? いけませんでしたか?」
「うん? ああ、いや、問題ない」
問題ないという顔ではないのだが。
「ねだったりはしていませんよ?」
「そんなことはわかっている」
なら何が問題だというのか?
「そちらはアーネスト様がお嬢様に似合うものをお選びになられて贈られたものですよ」
キティが言い添える。
兄が立ち上がってクラウディアに近寄ってくる。
「じっとしてろ」
問答無用で兄がクラウディアの耳にアーネストから贈られた耳飾りをつける。
兄は舌打ちせんばかりだ。
「お、お兄様? どうなさいましたか? 似合いませんか?」
「……いや、似合っている」
「なら何故不機嫌なのですか?」
「そんなことはない」
兄は丁寧にクラウディアの耳から耳飾りを外し、小箱に戻した。
そして何事もなかったかのように対面に戻る。
「それでお前は何を贈るつもりなんだ?」
「万年筆とインクを贈りました。あとはヴィヴィアンと相談して刺繍入りのハンカチを贈ることにしました」
「ああ、なら十分だろう。むしろアーネストのほうが足りない」
どことなく投げやりなような気もする。
「お兄様! 真面目に相談に乗ってくださいませ!」
「俺は真面目に答えている」
「どこがです? これらの品物のお返しには足りないはずです」
「いや、足りる。充分くらいだ。お前はわかっていないようだが、男が刺繍入りのハンカチをもらうというのは栄誉だ。お前が刺繍入りのハンカチを贈るならそれでもう充分だ」
そんなことは淑女教育で言われていなかったが。
だがクラウディアは女だし、男性には男性の価値観と言うものがあるのだろう。
「では、本当に大丈夫なのですね?」
「そもそもアーネストだってお返しされるなんて考えてもいないだろう」
クラウディアは首を傾げる。
「そういう、もの、ですか?」
「ああ。にっこり微笑って受け取るだけで充分だ」
そういえばヴィヴィアンもそんなことを言っていた気がする。
気になるならあとで何か贈り物をすればいい、とも。
クラウディアの信頼する二人が言うのならそうなのだろう。
納得した様子のクラウディアに兄は笑う。
「わかりました」
「そうか。じゃあ次は俺が気になることを聞く番だな」
「はい?」
「キティ、お茶を頼む」
「承知しました。お嬢様、一度お傍を離れます。そちらは戻ってきてからお片付け致しますので」
「え?」
戸惑うクラウディアを置いてキティは一度部屋を出ていった。
「お兄様?」
「さて、今日のことじっくり聞かせてもらうからな?」
何がそこまで兄の気を引いたのかわからないが、とにかく兄は話を聞くまで動く気はないようだ。
クラウディアはこっそりと溜め息をついた。
読んでいただき、ありがとうございました。




