帰宅の馬車の中で
「お兄様、ご機嫌ですわね。楽しかったですか?」
「そうだね、楽しかったよ」
正直に言ってしまえば、そこまで期待してはいなかった。
クラウディアとは親しいわけではない。
ヴィヴィアンが自然体で付き合える親友で、ロバートの口からよく話を聞く相手。
妹の親友で、友人の可愛がっている妹。
よく話も聞いたし、実際に何度か話して好感を持てる相手とあって、他の人間よりは親しみを感じる相手という感じではあった。
だが蓋を開けてみれば、何と楽しい一日だっただろうか。
先程クラウディアに言ったのは社交辞令ではない。まごうことなき本心だった。
くるくるとよく動くクラウディアの表情を見ているだけで楽しかった。
こんなこと、いつも澄ましていた元婚約者との間では感じられなかったことだ。
「ヴィヴィアンがクラウディア嬢に夢中なのもわかる気がするよ」
「あらお兄様、まだまだですわよ」
ヴィヴィアンが楽しそうに瞳を煌めかせる。
「まだまだ?」
「ええ、まだまだです。ふふ、今日のクラウディアはお兄様に遠慮して大人しくしていましたわ」
「そうなのかい?」
「ええ、そうなのです。クラウディアの魅力はこんなものではありませんわ。今日のはほんの片鱗でしかありませんわ」
アーネストは目を丸くして、次いで愉快になって笑う。
「そうなのか。なら、次に会うのが楽しみだな」
次の休日には会えるだろうか?
ヴィヴィアンも嬉しそうだ。
「でしたら今度のお兄様の休日もクラウディアを誘ってみますか?」
どうせしばらくは休日はきっちり休ませられるだろう。
それなら楽しく過ごせるほうがいい。
「そうだな、そうしようか。ヴィヴィアン、付き合ってくれるかい?」
「もちろんですわ」
「ありがとう」
「お兄様、次のお休みはいつですか?」
ヴィヴィアンの問いに苦笑する。
五日行って一日休むのが通常だ。
だがアーネストは関係なく出勤していたのでヴィヴィアンはわからないのだろう。
「六日後だよ」
「わかりました。後でクラウディアの都合を聞いておきますね」
「うん。ついでにどこか行きたいところがあるか訊いてくれるかい?」
「わかりました。ですが、特になかった場合にどこに行くのか、お兄様も考えておいてくださいね」
「そうだね。考えておくよ」
どこがいいだろう?
考えるだけで楽しそうだ。
ああ、本当にこんなことは久しぶりだ。
ふと思い出してクラウディアからの贈り物を取り出した。
ヴィヴィアンが興味深げに見てくる。
「クラウディアはお兄様に何を贈られたのかしら?」
「開けてみようか?」
まだ屋敷についてはいないが、クラウディアはもういないのでいいだろう。
「わたくしも中身が気になりますわ」
「では開けてみよう」
包装を丁寧にほどいて箱を開ける。
「あら!」
ヴィヴィアンが声を上げる。
「使いやすそうな万年筆だ」
中に入っていたのは琥珀色の万年筆とインクの小壜だ。
アーネストは首を傾げた。
「だが何故クラウディア嬢は恥ずかしがったのだろう?」
「お兄様、わかりませんか? まあ、クラウディアがこういうことをするのは珍しいけど」
「わからないな。教えてくれるかい?」
アーネストが降参すると、ヴィヴィアンが一つ頷いて口を開く。
「万年筆の色はお兄様の瞳の色ですね」
「うん」
「では散っている菫色と緑色は?」
菫色と緑色……?
少し考えて、今日のクラウディアを思い出した。
「菫色はクラウディア嬢の瞳の色か。着ていたドレスが緑色だった」
「そういうことですわ」
アーネストは少し考えてああ、と納得する。
「今日の自分を彷彿とさせる色が入っていたから恥ずかしくなったのか」
「恐らく、それを指摘されるのが恥ずかしかったのだと思いますわ。普段そんなことをしないから、あの店主の助言かもしれませんわね」
「そうか」
なんとも可愛らしいことではないか。
元婚約者はこのようにアーネストの色を意識したことがあっただろうか?
どんな色のドレスや小物や宝飾品を持っていたのか思い出せない。
そもそも彼女は自分の好みのもので身を飾っていた。
たとえアーネストの色を纏っていたとしてもそれは、たまたま彼女の好みに合ったものだったのだろう。
「ですのでお兄様、色のことは言わないであげてくださいね」
「うん、わかったよ」
恥ずかしがらせてこの先の誘いを断られても困る。
これから彼女と過ごすのが楽しみで仕方ないのだから。
仕事以外でこんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
楽しそうな兄の様子にヴィヴィアンは嬉しそうに微笑んだ。
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