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引きこもり令嬢と呼ばれていますが、自由を謳歌しています  作者: 燈華


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兄の独白

からかいすぎたのか、もう知らないとばかりに読書を再開した妹を眺めながらお茶を飲む。

ちらりと本を見て読めるものであることを確認する。


今度は何に興味を持ったのか後で聞いてみよう。

どうせ今訊いたところで機嫌を損ねたので答えることはないだろう。


今興味がどこに向いているのかを把握しておかないといろいろと危険だ。

興味が向けばどこまでも突っ走っていくのがこのクラウディアなのだから。


まったく。

下の妹のシルヴィアは手がかからないが、上の妹のクラウディアはとにかく手がかかる。


淑女教育をきちんと受けて身に付けたら好きにしていい、と両親がクラウディアに約束した結果、凄まじい集中力できちっと身に付け、自由奔放な令嬢が出来上がってしまった。

だが家族は、ロバートも含め、そんなクラウディアを愛している。


その筆頭はシルヴィアだ。

昔から一つ下の妹をクラウディアは可愛がっており、当然の(ごと)く自分を可愛がってくれる姉にシルヴィアは(なつ)いた。

ロバートがクラウディアを構っていると嫉妬するほどだ。

「お兄様ばかりお姉様を構ってずるいですわ」といつも(なじ)られる。

自分を構えではなく、構うのがロバートなのがずるいと言うのだから相当だ。


またちらりとクラウディアを見る。

完全に読書に没頭していてロバートがここにいることはすっかり忘れ去っているのだろう。

相変わらず凄まじい集中力だ。


いつもなら、あまりクラウディアと一緒に過ごせないからと、クラウディアが王都の屋敷にいる時はシルヴィアが引っ付いているのだが今日は珍しくもいない。

しばらく王都にいると言っていたから今日はいいと思ったのかもしれない。

シルヴィア含め家族には話してあると言っていたからお茶でも一緒に飲んだのだろう。


それなら今はロバートがクラウディアとの時間を満喫(まんきつ)してもいいだろう。

本当に久しぶりに会ったのだから。


時折、二人兄妹かと揶揄(やゆ)されるくらいクラウディアは領地から出てこない。

今回だって夜会へのパートナーを頼んでようやく領地から引っ張り出したのだ。


……クラウディアを引っ張り出したパーティーで婚約者とからかわれ、妹だと知った時の驚いた顔を見る限り、本気でそう思っている連中が一定数いることも事実なのだろう。


"幻の令嬢"の名も伊達(だて)ではない。

本当に誰が言い出したんだか。

似合いすぎて気に食わない。

家族ですらなかなか会えないのだから他人からしたら、本当に幻の珍獣のようなものなのだろう。


だからこそ、クラウディアの婚約者はなかなか見つからない。

クラウディアの表面的な噂を信じる者はクラウディアを選ぶことはない。

本当に愚かだとは思うが、そんな愚か者のところにはそもそも嫁にやるつもりはない。


一般的な貴族女性の社交はからっきしだが、領地を豊かにする、その一点ならクラウディアはなかなか有能だ。

身内贔屓(びいき)などではなく、客観的に見てそう判断できる。


クラウディアの興味を持ったことへの探究心はとどまることを知らない。

どこまでもどこまでも追い求め、実践し、改良する。

飽くなき向上心で立ち止まらずに突き進む。


その一例が領地での作物栽培だ。

比較的早い時期に作物に興味を持ったクラウディアは、庭師や領民に教えを()い、本で調べることもして、結果、作物の品質向上、収穫量増加、品種改良までしてしまった。


クラウディアにその自覚はないだろう。

あくまでも興味と探求心の結果でしかない。

功績だと言っても、それは協力してくれたみんなのおかげだと言うに決まっている。

それも確かにそうなのだが、クラウディアが率先してやらなければ彼らもそこまで協力はしなかっただろう。


以前に比べラグリー領は格段に豊かになった。


クラウディアに目をつけられても困るので喧伝(けんでん)なんてしなかった。

すれば、嫁に、と言ってくる家もあるだろうが、そんな理由での婚約など家族全員願い下げだった。


嫁がせるならクラウディアを大切にしてくれる者でなければ。


シルヴィアももちろんそうだが、シルヴィアの婚約者はシルヴィアにベタ惚れなので問題ない。

シルヴィアのやりたいことを自由にやらせる度量の大きい奴で、シルヴィアより一歳年下だが、問題なくシルヴィアを守って大切にしてくれるだろう。


クラウディアにもそういう奴が現れればいいんだが。


社交界も難なく渡り歩くシルヴィアとは違いこちらはさらに条件が厳しい。


溜め息とともにお茶を飲む。


ああ、本当にラグリー領(うち)のお茶は落ち着く。


空になったティーカップを置けば、侍女が音もなく近寄ってきて新たなお茶で器を満たした。


「ああ、ありがとう」


これくらいでは(さまた)げにはならないのはわかっていたが、それでも小声で言えば、侍女は微笑んで小さく頭を下げて下がっていった。


膝に頬杖をついてクラウディアを見る。

少しも気が散った様子もなく読書に没頭している。

それにほっとする。


それにしても、アーネストが優しくした、か。


心の中だけで呟く。

確かにアーネストはいい奴だが、誰彼構わず優しくするような奴ではない。

侯爵家の嫡男が優しいだけではやっていけない。


クラウディアとヴィヴィアン嬢の友人関係だってアーネストが許していなければ、とっくに縁を絶ち切られていた。

クラウディアは気づいていなそうだけどな。

ヴィヴィアンは良い友人を得たようだと微笑(わら)っていたアーネストの顔を思い出した。

珍しくも真っさらな微笑()みだった。


もちろん、アーネストが腹黒いとか計算高いとか策略家というわけではない。

そういう奴ならいくら友人とはいえ、クラウディアを近づけたりしない。


この妹は人の裏まで読むということは苦手だ。

だからその手の(やから)は近づけたくない。

シルヴィアならうまく対処できるが、クラウディアには無理だ。

ただ侯爵家嫡男として非情な決断も躊躇(ためら)いなく実行できるというだけだ。


それにしてもーー。


思っていた以上にクラウディアに好意的なようだ。

妹の友人で、友人の妹というだけで優しくするような奴ではない。


ああ、でもヴィヴィアン嬢のことでクラウディアへの好感度が上がっているのかもしれない。


アーネストはヴィヴィアン嬢を大切にしている。

彼女の趣味を知っていて理解しているクラウディアだからこそ好意的なのかもしれない。


元婚約者はその辺りは無理解だったようだしな。

だから嫌悪感までは持たないにしても婚約解消されても無関心なのだろう。


ロバートとしてもクラウディアを任せるに値すると唯一認めたのがアーネストなのだ。

一つ難点があるとすれば、アーネストが侯爵家の嫡男だということだ。

クラウディアには侯爵夫人は務まらない。

できれば仕事をきちっとこなす次男か三男辺りが理想だったのだが。

まあ、あそこはヴィヴィアン嬢がいるのでどうとでもなる。


だがそういえばクラウディアはアーネストのことをどう思っているのだろうか?


……アーネストの婚約解消を知らせなかっただけで()ねていたからには多少の好意はあるのだろう。

クラウディアはそもそも嫌なものはきっぱりと拒絶するし、関心がないものにはとことん無関心だ。


まあ、全てはクラウディアの気持ち次第だ。

クラウディアが気持ちを向けていない者に嫁がせる気は毛頭ない。


それでもいつかはこの手を離れて誰かの手を取るのだろうか。


手を伸ばしてさらりとクラウディアの髪を(すく)うが、クラウディアはわずかも反応しない。

完全に本に集中している。

ロバートはクラウディアの髪を離し、また膝に頬杖をつく。


ヴィヴィアン嬢と一緒とはいえ、アーネストと出掛けるのか。

それを面白くないと感じる気持ちも確かに少しはある。

だがそれよりもクラウディアが興味のままに行動しないかという心配が先に立つ。

アーネストにも一言連絡をしておいたほうがいいだろう。


やれやれまったく手のかかる妹だ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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