ラグリー家の庭のスケッチ
その日、クラウディアはラグリー家の庭でスケッチをしていた。
それは別段珍しいことではないので使用人たちに奇異な目で見られることもない。
昔は苦い顔をした使用人もいた気がするが、気づけば彼ら彼女らはいなくなっていた。
きっとラグリー家が合わなかったのだろう。
合わないところで無理に働くよりも合うところで働くほうが力を発揮するだろう。
だからクラウディアは彼ら彼女らが辞めた後にどうしているかは聞かなかった。
きっと元気にやっているだろう。
見事な大輪の花をつけた薔薇を描き上げる。
描き上げた絵と薔薇を見比べる。
ふとモーガン家の庭のことが思い出された。
いろいろな花の咲き乱れる美しい庭だ。
その中でも一際目を惹いたのはたくさんの種類の薔薇の花だった。
小輪から大輪、一重のものから見事なカップ咲きのものまで、色も白や赤、ピンクに黄色、珍しい紫色まで多種多様な薔薇がバランスよく配置されて見事だった。
春にクラウディアが王都にいればヴィヴィアンがあの庭でお茶会をしてくれた。
つい景色に夢中になるクラウディアに慣れているヴィヴィアンはただ微笑っていた。
あの庭の絵を描きたいものだ。
今度ヴィヴィアンに頼んでみようかしら?
許可が出たら嬉しい。
ふらふらと庭をあちこちに移動しながら気ままに絵を描いていく。
「クラウディア、少し休憩してはどうかしら?」
ちょうど描き上げたところで母に声をかけられた。
その声に顔を上げると木陰で母がお茶をしていた。
「お母様。いつからそこに?」
「このお茶が二杯目ね」
全然気づかなかった。
母の手には本もある。
それなりに長い時間そこにいたのだろう。
「ほら、こちらにいらっしゃい」
「はい」
クラウディアは立ち上がって母の元に寄る。
あらかじめクラウディアの席も用意してあったらしく、母の対面に椅子が置かれていた。
そこに腰かければすぐにお茶が饗された。
「ありがとう。ああ、キティ、貴女も休んでちょうだい」
キティは絵を描くクラウディアにずっと付き合って日傘を差してくれていたのだ。
「そうね。キティ、貴女も少し休みなさい」
「はい。ありがとうございます」
キティが傍にいる侍女に声をかけて下がっていく。
キティにもしっかりと休んでもらいたい。
クラウディアはティーカップを持ち上げ、一口飲んだ。
それによって喉の渇きを自覚した。
残りを一気に飲み干してしまった。
ティーカップを置くとすぐにお代わりが注がれる。
「ありがとう」
クラウディアがお礼を言えば侍女は微笑み返してくれた。
お茶菓子に出されたのはパウンドケーキできちんとフォークも出されている。
「それも食べちゃいなさい」
「はい」
クラウディアはフォークを手に取り、パウンドケーキを一口大に切って口に運ぶ。
オレンジだろうか? 口の中に爽やかな酸味がほのかに広がる。
美味しい。
ほろりと頬が緩む。
お茶を飲む。
少し渋みのあるお茶がよく合う。
クラウディアは夢中になってパウンドケーキを食べ、お茶を飲む。
後で料理人に美味しかったと伝えよう。
パウンドケーキをクラウディアが食べ終えるのを待って母が言う。
「クラウディア、描いた絵を見せてくれる?」
「はい」
クラウディアはスケッチブックを母に差し出した。
母が受け取り、早速ページを開いた。
さりげなく侍女たちも母の後ろに集まっている。
まあいつものことだ。
絵を一枚一枚眺めていく母は楽しそうだ。
その後ろで一緒に眺めている侍女たちも。
クラウディアは絵を眺めに行く前に侍女が新しく淹れてくれたお茶を飲みながら母たちが絵を見終わるのを待つ。
スケッチブックはあれ一冊しか持ってきていないので返してもらわないと続きができないのだ。
しばらくのんびりとお茶を飲みながら待つ。
ぱたりとスケッチブックを閉じた母がおもむろに言った。
「クラウディア、一枚屋敷に飾るものを描いてちょうだい」
「どんなものがいいですか?」
「クラウディアに任せるわ」
「それなら庭の絵でどうでしょう?」
「ええ、素敵ね」
「では何枚か描きますのでその中から選んでください」
「わかったわ。みんなで選びましょう」
「えっと、お母様が選んでくださればいいのですよ?」
母は力強く首を振る。
「みんなで選ばなければ、後で私がみんなに文句を言われるわ」
まさか、そんなはずはない。
しかし母の顔は真剣そのものだ。
冗談を言っている様子はない。
「そうですか」
「ええ、そうよ。だから何枚描いてもいいわ」
何故だからなのかはわからない。
わからないが頷いておく。
何枚でも描けるのは実際に嬉しい。
「楽しみにしているわね」
「はい」
どんな絵にしようか、考えるだけでわくわくしてくる。
読んでいただき、ありがとうございました。




