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引きこもり令嬢と呼ばれていますが、自由を謳歌しています  作者: 燈華


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オルトの報奨のハンカチ

長めです。

今日は朝からずっと刺繍をしていた。

オルトのものとあと一枚。

先日モーガン家の刺繍絵のデザイン案を考えている時に一緒に考えていたのだ。


もちろんスケッチブックは別にしてある。

こちらは個人的なものなので参考としてデザインを描いたスケッチブックを持っていくこともない。


ちくちくとひたすら刺繍を刺していく。

集中して刺していると時間を忘れる。

途中途中でキティに昼食や休憩のために声をかけられて休憩を挟みながら刺繍を進めていく。






午後のお茶の時間頃には二枚の刺繍が完成した。


喜んでくれると嬉しいのだけど。

一枚はオルトのものだ。


「オルトは忙しいかしら?」


声に出ていたらしい。

キティが言葉を返す。


「呼んで参りましょうか?」

「ええ……いえ、待って。さすがにこのまま渡すわけにはいかないわ」

「オルトさんは気になさらないと思いますよ」

「でもこれは特別報奨なのよ?」


キティは少し考え込む。


「でしたら紙袋に入れましょう」


それでいいのだろうか?

考えるクラウディアにキティは力強く請け負う。


「それくらいで大丈夫ですわ。オルトさんもすぐに見たいでしょうから」


クラウディアは少し考えて頷いた。


「ではそうするわ」

「すぐにご用意しますね」

「お願い」

「少々お待ちくださいませ」


傍を離れたキティがすぐに紙袋と包装用のリボンを持ってきてくれる。


「ありがとう、キティ」


紙袋にハンカチを入れ、リボンをかける。


「こんな感じでどうかしら?」

「さすがお嬢様。簡易的なものでも素晴らしい包装ですわ」

「えっと、そう? これで大丈夫かしら?」

「ええ。もちろんでございます」


キティが笑顔で太鼓判を押してくれてほっとする。


「では私はオルトさんを呼んできますね」

「ええ。あっ、忙しそうだったら無理に呼ばなくていいから」

「承知しております」


一礼してキティが部屋を出ていった。


その間にもう一枚刺繍したハンカチをしまう。

こちらはもう少しきちんとした包装が必要だ。

あとでゆっくりやることにする。


ソファに座って本を読みながら待っていると、しばらくしてキティがオルトを連れて戻ってきた。


「クラウディアお嬢様、お呼びとのことでしたが、何かありましたか?」


どうやらキティは用事の内容を伝えなかったようだ。


「オルト、来てもらってごめんなさいね。今、大丈夫かしら?」

「はい。問題ありません」

「そう、よかったわ。貴方に来てもらったのはこれを渡したかったからなの」


クラウディアは紙袋をオルトに差し出した。


「いつもありがとう」


オルトはその中身を悟ったようだ。


「いえ。お役に立てているのでしたら光栄です。ありがとうございます」


オルトが嬉しそうに受け取ってくれる。


「今見てみてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構わないわ」

「ありがとうございます」


オルトは丁寧にリボンを解いて紙袋からハンカチを取り出した。


オルトは気に入ってくれるかしら?


どきどきしながら反応を待つ。

この一瞬は毎回どきどきする。


「こちらのテーブルの上に広げてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構わないわ」

「ありがとうございます」


今回の刺繍はそれほど大きくないから畳んだままでも確認できるのはできる。

ただ全体のバランスを見るならば、やはり広げたほうが見やすい。


オルトがふわりとハンカチを広げた。


白いハンカチの四隅に菫の花とリスをそれぞれ刺繍した。

最初は一ヶ所だけのつもりだったのだが、デザインを考えた時にいくつかの候補が出ていた。


一応その中の一つを選んで刺繍したのだが、つい興が乗って二個三個と増やしてしまい、四隅目に刺繍したところで我に返った。


もしかしたら持つには可愛すぎるかもしれない。


リスは毛の色がオルトの瞳の色である焦げ色で、瞳の色が髪色の黒色だ。ネクタイの色が迷ったが、それぞれ別にして青、紫、菫色と深緑だ。なんとなくラグリー家の家族の色にしてみた。

リスと菫の花は同じ高さにしてある。


リスが菫の花を覗き込んだり、菫の花の根元に座っていたり、リボンを結んでいたりする。

最後の一隅は菫の大きさを小さくして手に持たせた。


どきどきしながらオルトの反応を待つ。

オルトの視線がハンカチに落ち、ゆっくりと見開かれた。


「どう、かしら?」


恐る恐る尋ねる。

可愛すぎると言われればそのハンカチは回収して作り直すつもりだ。


「気に入らなければ遠慮せずに言ってちょうだい。作り直すわ」


オルトはふわりと微笑(わら)う。


「いいえ。とても気に入りました。ありがとうございます。大切にします」

「可愛すぎたりしない?」


クラウディアの目から見ても可愛い。


父のハンカチはいいのだ。

あれは嫌がらせだったのだから。

父が気に入り、自慢して回っているのでまったく嫌がらせにはなっていないが。


「いいえ。とても素敵なものです。こんなに手の込んだものをありがとうございます」


オルトの顔をじっと見てみるが嘘をついている様子はない。

ようやくほっとする。


ハンカチに視線を落としたオルトがぽつりと言う。


「皆に妬まれそうです」


それはクラウディアを気遣った軽口だろう。

だから微笑(わら)った。


「冗談ではありませんからね」


真面目な顔で言われる。


「少し、()りすぎてしまったかしら?」


考えられるのはそれくらいだ。

興が乗ると針が進むのはクラウディアの悪い癖だ。

次々とアイデアが浮かび、つい楽しくてやりすぎてしまうのだ。

思わずしゅんとなる。


「そういうことではないのですが、そういうことにしておきます」


どういうことだろう?

クラウディアは首を傾げた。

だがオルトは教えてはくれなかった。


クラウディアは何か知っているかとキティのほうを見る。

キティはただ微笑んでクラウディアを見返しただけだった。


オルトに視線を戻す。

オルトはクラウディアが疑問に思ったことには気づいているだろうにさらりと話題を変えた。


「ああ、それと、私はもうしばらく王都のほうにいますので。よろしければ次のモーガン侯爵家との打ち合わせにも同行させてください」


どうやら教えてはくれないようだ。

クラウディアには理解できないと判断されたのかもしれない。

それなら仕方ない。

切り替える。


それにしてもてっきりオルトはもう領地のほうに帰るのだと思っていた。


「あらそうなの? 領地のほうの仕事は大丈夫なの?」

「はい、問題ありません。シーズン終わりにクラウディアお嬢様たちと一緒に戻って構わないと許可を得ました」

「そう」


許可を得ているならクラウディアは構わない。

領地のほうの仕事や商会の仕事も大丈夫であるなら、クラウディアが口を挟むことではない。

オルトが改めて問う。


「同行の許可をいただけますか?」

「私は構わないわ。でもそのために無理するのはやめてちょうだい」

「心得てございます」

「そう。ならいいわ」

「ですから日にちが決まったら教えていただけますか?」

「わかったわ」

「ハンカチをありがとうございます。大切にしますね」

「使ってくれると嬉しいわ」

「……はい」


返事は一拍遅れた。珍しい。


「やっぱり気に入らなかった?」


クラウディアを前に言えなかっただけだろうか?


「そんな不安な顔をなさらないでください。違います。気に入りました。ただあまりにも素敵だったので使うのがもったいないな、と思っただけです」


嘘をついている気配はない。

それにほっとして微笑(わら)って告げる。


「気に入ってくれたならよかったわ。また作ればいいのだし、遠慮なく使ってちょうだい」


ハンカチに軽く刺繍するくらいそう手間ではないので気軽に使ってくれればいい。

オルトが微笑する。


「では、ここぞ、という時に使わせていただきます」


どう使うかはオルトの自由だ。


「そう。もしほつれてしまったら言ってちょうだい。直すわ」

「ありがとうございます。その時はお願い致します」

「ええ、任せてちょうだい」


みんなに言っていることなのだが、今まで持ってきた者は誰もいない。

使っていないか、遠慮しているのかのどちらかだろう。


本当に遠慮しなくていいのに。

とはいえ無理強いはできない。

頼まれたら応えるのみだ。


「それでは仕事に戻りますね」

「ええ。時間をもらってありがとう」

「とんでもございません。素敵なものをありがとうございました」


オルトは一礼して部屋を出ていった。

キティがオルトの出ていった扉をじっと見る。


「キティ、どうしたの?」


キティは真剣な顔で口を開いた。


「オルトさんのハンカチ、素敵でしたけど可愛らし過ぎませんでしたか?」

「やっぱりキティもそう思う?」

「はい」


やはり男性が使うには可愛すぎたようだ。

やはり今から作り直すべきだろうか?

キティはクラウディアの悩みを敏感に察したようだ。


「オルトさんが気に入ったのならいいのではないでしょうか?」


使う者が気に入るのが一番だ。


「そうね」


オルトが気に入ればそれでいいのだ。


「私も欲しくなるくらいの可愛らしさでした」


ならキティにも一枚作ってもいいかもしれない。

そんなクラウディアの考えはキティにはお見通しだったようだ。


「お嬢様、私の分は大丈夫ですからね」

「そう?」

「はい。お気持ちだけで」

「わかったわ」


今はキティの意志を尊重して頷いておく。

だけど機会があればキティにも菫とリスのモチーフの何かを贈ろうと密かに決めた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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