100話目記念SS 兄と文鎮
職場なのでロバートの一人称は"私"です。
部署に戻ってきたロバートは自身の机に座り、報告書を書こうとして机の一角に手を伸ばす。
手が空振り、そちらを見れば置いてあるはずのものがない。
溜め息を堪え、部屋の中を見回す。
あった。
同僚が勝手に持っていって使っている。
ロバートは立ち上がって近づくと問答無用で取り上げた。
「あっ、何するんだ!」
「私のものなので返してもらいますね」
「今、俺が使っているだろうが!」
「私物なので盗まれるのは困ります」
「盗んだわけじゃない。ちょっと借りただけだ」
「許可を取らずに勝手に持っていくのを窃盗というんですよ」
同僚の机の上に転がっているペーパーウェイトを代わりに書類の上に置いてやる。
「これだと動いちまうんだよな」
「二つ使えばいいんじゃないんですか」
「それはそれで不安定なんだよな」
今までだってそれでやっていたのだから我慢してそれでやってほしい。
むしろ今までだってそれで問題なく書類の作成をしていたではないか。
十分対応できるはずだ。
ロバートの私物を盗っていかないでもらいたい。
「だからそれを持っていかれると困る」
「私も今から書類を書くのでないと困ります」
「俺がもう少しで書き終わるからその後でいいだろう」
いいわけがない。
その分書類が出来上がるのが遅れ、帰るのが遅くなる。
それは御免だった。
「よくありません。私も早く帰りたいので」
もう定時は過ぎている。
できるだけ早く帰りたい。
ぶーぶー文句を言う同僚を無視して席に戻る。
紙の上に取り返した文鎮を置き、息を吐いた。
これだから、クラウディアからもらったほうは持ってきたくないのだ。
心の中で溜め息を一つついて切り替える。
集中してペンを走らせる。
最後の一文字を書いてペンを置いた。
少し置いてインクを乾かす。
もう一度読み直して不備がないか確認する。
大丈夫そうだ。
文鎮を定位置に片づけて立ち上がった。
書類を持って課長の机に向かう。
「確認をお願いします」
「ん」
顔を上げた課長が書類を受け取った。
課長が書類を読み終えるのをそのまま待つ。
顔を上げた課長が一つ頷く。
「問題ない。ご苦労様」
ロバートは軽く頭を下げる。
これで帰れる。
ほっとして顔を上げたところで後ろから声をかけられる。
「ロバート、終わったんなら借りるぞ」
待っていたのか。
「……ちゃんと戻しておいてくださいね」
「わーってるって」
もし戻っていなかったら明日取り返せばいい。
使っていない時に使われるのはもう諦めよう。
課長と目が合う。
思わず苦笑してしまう。
ふと課長は真面目な顔になって考え込む。
課長の考え事が終わるか許可が出るまでロバートは動けない。
待つことしばし。
考え事が終わったのか、課長が真っ直ぐにロバートを見た。
「ロバート」
「はい」
「あの文鎮はどこで買ったものだ?」
「コルム通りの文房具店ですが?」
「そうか」
課長にしては物言いがはっきりしない。
「それがどうかしましたか?」
課長も欲しいというのだろうか?
それともーー
何人もが聞き耳を立てている気配がしている。
課長の眉間に少し皺が寄った。
「ロバートの文鎮をサリエル以外にも使っているものがいる」
サリエルとは先程文鎮を借りていった同僚の名だ。
そうだとは思っていた。置いてあったところからずれていることがよくあったから。
「はい」
「さすがにそれはよくないことだろう。ロバート、注意しなくて悪かった」
ロバートはただ頷いて謝罪を受け入れた。
「それでだな、」
「はい」
「課のほうでもいくつか購入しようと思っているんだ」
課内に静かな歓声が湧く。
そちらをちらりと見て課長はロバートに視線を戻す。
ロバートは視線で続きを促す。
「その文房具店に対して聞きたい。そこは大きい店か?」
「いえ、それほど大きいものではありません」
「そうか。では押しかけると迷惑だな」
「そうだと思います。それに、店主が気難しい方ですので」
室内から何人かの落胆した気配がした。
自分たちで行こうとでもしたのかもしれない。
「そうか。ならロバート、文鎮を買いにいってくれないか?」
「承知しました」
これでもう勝手に持っていかれることもなくなるだろう。
いつ返って来なくなるかと冷や冷やしていたのでロバートとしても有り難い。
「いくつ必要ですか?」
課内の視線が課長に集中する。
「とりあえず三つあればいいだろう」
「わかりました」
「早速、明日の午前中に行ってきてくれないか? 勿論出勤扱いだ」
「わかりました」
「もう上がっていいぞ。明日は頼むな」
「はい」
頭を下げてから課長の机の前を離れる。
自席に戻って帰り支度をする。
サリエルが顔を上げてロバートに声をかける。
「終わったらちゃんと戻すから。気をつけて帰れよ。お疲れさん」
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「ああ」
荷物を手に取って扉に向かう。
「お先に失礼します」
退室の挨拶をして部屋を出た。
読んでいただき、ありがとうございました。
まさか100話経ってもシーズンが終わらないとは思いませんでした。
ゆっくりですが、お付き合いいただけるとありがたいです。
これからもよろしくお願いします。




