96話 初日 後編
66話がない事をようやく感想で気付きました(´;ω;`)
教えて下さってありがとうございます。
「面白い場所というのはね、一体の怪物がいるんだ。それもかなり強大な力を持っている、と思われるね」
満身創痍の体をソファーに預けてすぐ、ジャックさんはそう切り出した。
言葉の節々に疑問が湧き上がる。
「怪物、ですか? それも思われるとはどういう・・・」
「ああ、その怪物は滅多に戦わないのさ。ただし、己に降りかかってくる火の粉には容赦はしないようだけれどね。怪物の名はブラッド・パキュリー、【強欲】の力を持つSランク級上位の怪物で、異常な再生力を誇る吸血鬼だ」
「・・・【強欲】」
思わず声に出して繰り返してしまう。
大罪系の能力。
俺も関係がない訳ではない。いや、それどころか大いに関係があると言ってもいい。残念ながらあまりいい思い出がないため出来れば考えたくもないが。
「そう、【強欲】。大罪の名を関する能力だ。現在確認されている四つの大罪能力の一つだね」
「他の大罪能力はなにが見つかってるんです?」
「【怠惰】と【色欲】、そして【憤怒】だね。ただし、最後の【憤怒】に関しては所持者が十年程前に行方が分からなくなっている」
いつの間にか机に置かれているコーヒーを一口飲み、ジャックさんは続ける。
「彼等に関して総じて断言できることは、一人一人の能力が非常に強力だという事だ。僕達絶対者以外で彼等と戦える者は、おそらく片手で足りるだろう」
知っている。
大罪能力の恐ろしさはこの身を以て体験しているし、二か月前に俺自身がその能力を劣化版とはいえ使用したばかりだ。
強い、というよりかは恐ろしく、醜い能力だ。
「おっと、少し話がずれてしまったね。【強欲】の怪物についてだが、その前に中立の怪物がいる事は知っているよね?」
「はい、つい最近知りましたが」
特殊対策部隊の入隊時に配布された資料と閲覧可能になった情報の中に、中立である怪物の存在が明記されていた。
いずれ会ってみたいとは思っていたが、この流れからすると、おそらくその怪物が中立的存在に当たるのだろう。
「存在を知っているのなら十分だ。そして、僕の言う怪物、彼女も中立ではあるのだけど、他の怪物とは違ってある条件を達成すれば少しだけ協力してくれるのさ」
「戦闘を引き受けてくれると?」
「いいや、彼女は戦わない。彼女は己の出した条件と交換で、情報をくれるのさ。あらゆる知識を渇望し、あらゆる力を追い求めた【強欲】の怪物。この世界に怪物が出現しだしたのはおよそ一世紀前だと言われているけれど、彼女の知識は百年やそこらでは取得出来ない程膨大で、かつ非常に貴重なものだ」
「・・・ジャックさんは尋ねた事があるのですか? その怪物に」
その怪物がどの程度の知識を保有しているかにもよるが、聞いた限りでは非常に魅力的なものに思える。
問題は幾つ質問する事が出来るのかだ。
まあ人生、美味い話はないと齢十六歳にして常々感じている俺氏的には一つである事は考えるまでもない事だが、いったい何を質問すればいいのか。
別に質問がない訳ではなく、むしろ大いにある、あり過ぎるぐらいだ。
その中から選ぶとなれば、かなり慎重になってしまうのは当然だろう。
「ああ、数年程前に一度質問したよ。望む答えは返ってこなかったけれどね」
珍しく溜息を吐くジャックさんは、背をソファーにもたれさせ、言葉を続ける。
「僕は“怪物を完全に亡ぼす事は出来るのか”と聞いたんだ」
その問いに望む答えが返ってこなかった。
つまりはそういう事だ。そういう事ではあるが、ジャックさんからすればその言葉を素直に受け止める事は出来ないだろう。
「開口一番、『不可能ね』と言われたよ。続けて、『今のままでは怪物を亡ぼすどころか逆に人類が滅びる』と、考えたくもない終焉まで聞かされてしまった」
「は? 終焉? 幾らSSランクの怪物が強いと言ってもこちらには絶対者が俺含め九人もいるんですよ」
「そうだね。確かにその通りかもしれない。僕が聞いたのは数年前だし、彼女は『今のままでは』と言っていた。現在とは全く違う」
しかし、ジャックさんの顔はまだ完全には晴れていない。
何かしこりのようなものがあるのだろう。それが何かは分からないが、世界を相手に出来るものであるとすれば、彼の表情にも納得できる。
すぐに思いついた可能性は、怪物だけが敵ではないかもしれないというものだが、確証はない。
「少年が質問すればまた違う回答が返ってくるかもしれないな。まあ、脱線もしたがイギリスの面白い場所とはその怪物の住む住居な訳だ。イギリスにいる間、一度は行ってみるといいよ」
「そうですね・・・何を質問するか悩みますが、一度足を運んでみようと思います」
「うんうん、必ず君にとって有益なものとなるだろう。ところで、話は変わるのだが明日の予定は何かあったりするのかな?」
「・・・無理矢理連れてこられて予定もくそもないんですが」
俺の胡乱な目をジャックさんは笑って誤魔化す。
「ははは、ごめんごめん。暇なら明日ちょっと仕事に付き合ってくれないかな?」
「仕事? 国からの要請って事ですか?」
「ん~ いや、少し違うね。本来は特殊対策部隊のイギリス支部に依頼されてたやつなんだけど僕がもぎ取ってきたんだよ」
「・・・」
何やってんだよこの人。
しかもそれを俺に手伝えと? イケメンだったら何を言っても許されると思ってんじゃねえぞ!
「お断りします。俺が戦わなければいけない理由がまるでないじゃないですか。ジャックさん一人で瞬殺できますよね」
「まあまあ、話は最後まで聞いてよ」
ごほん、と咳ばらいを一つ。
ジャックさんは前屈みになり、これは先日に起こった事だ・・・と勝手に喋り出す。
「イギリスの学園の一つ、聖ナレイ女学園で起きた事件なんだ」
「あの、聞くとは一言も・・・」
「少年。君ともあろう人が僕の単語を聞き逃したのかい? 女学園だよ、それもかなりのお嬢様学校で、見目麗しい女生徒がそれはもうわんさかいる場所だ。君の言っていた、イギリスに来た目的と全く一致しない訳ではないと僕は思うのだが」
「聞きましょう」
「理解してくれて何よりだ」
外国のお嬢様。
流石に高宮家ほどの権力を持った、超の付く存在はいないだろうが、外国に伝手が幾らあってもいいだろう。
決してその女生徒達に興味があるという訳ではなく、己がこれから生きていく中でこの件に絡んだ方が後々プラスになるだろうという極めて冷静な判断からくるものであり、どんな可愛い子がいるのかなとかもしかしてお礼として手とか握られちゃったりするのだろうかなどという不純な思いは一つもないのだ!
「これは目撃者の証言なんだが、昨日のお昼頃、聖ナレイ女学園が突如として消滅したらしい。敷地も丸ごとだそうだ。おそらくだが、学園の敷地ごと別次元に吸い込まれたのだろうと思う」
「かなりの規模ですね。それだけの規模の力を持つものとなれば相当な力がありますね」
しかし、Sランク級がたとえ五体出てこようとも目の前の【剣聖】は何でもないように惨殺して飄々と帰ってくるだろうが。
「ああ、間違いなく高位の怪物の仕業だろう。異空間に連れ込むタイプはかなり限定されるが、今までに確認されている奴にはない反応があった。今回は別物、それも新種である可能性が高い」
「出来るだけ早く行動した方が良さそうでしょうね。今からでは駄目なんですか?」
「先程言った確認された反応というのが少し気掛かりでね、少し調べてから行くつもりなんだ。とはいえ、出来るだけ早く動けるようにはする。明日の早朝には向かおうか」
「分かりました」
ならば、準備時間に俺も入用なものを買っておくとしようか。
イギリスでもちゃんと手帳は使えるよな?
「わざわざ、イギリス支部の近くで行動している事を考慮すると、敵さんはイギリス支部の能力者をおびき寄せようとしているのだろう。はあ、全く・・・あそこには俺の大切な妻もいるんだがな」
感情を感じさせない声でそう呟くジャックさんに少々驚く。
今回はどうやらジャックさんにとってかなり激おこな案件であるらしい。
敵に同情の余地はないが、心の中で合掌をしておいた。





