92話 マズイ事態
七章スタート!
後鳥羽の事件からはや二か月、今は十月の中頃で少し肌寒くなった。
桐坂先輩の能力で事件の被害者は肉体を完全に回復したはずだが、未だ目を覚ましておらず治療が継続されている。おそらく肉体ではなく精神に問題があるのだろう。出来る事なら後鳥羽にはあれ以上の地獄を見せてやりたかった。
そして金剛さんは毎日病院に通い詰めているようだが、上月さんが目を覚ます未来が少しでもあるおかげか以前よりも明るいように思う。
時間はかかるかもしれないが、早く被害者の人達には目を覚ましてもらいたいものだ。
とは言え、他の特殊対策部隊の隊員に内緒で行動したのは全員に責められてしまった。
服部さんなんか「行動が軽率・・・反省するまで口利いてあげない」とマジトーンの激おこ状態でちびるかと思ったほどだ。一週間は無視されてしまった。
言い訳はごまんと思いついたがその場で言えば命がない気がして口を噤んだ。
服部さん達は上月さんと一緒に活動していたらしいから少しでも力になりたかったのかもしれない。
そんな事を考えながら俺は部屋でぐうたらしていた訳だが、数分前に大変な事に気付いてしまった。ホームズも目をおっぴろげるほどの大事件である。ずばり、
「モテてないの俺だけじゃね?」
金剛さんは上月さんという恋人がいる事が判明した。そして牙城さんも女性に言い寄られているのを俺は見た。クールな男性が可愛いもの好きだというギャップがいいらしい。
これはマズイ、非常にマズイ。
特殊対策部隊の中(絶対者は命令を聞く義務はないので少しは外れている)で俺だけ恋人がいないなんて事になったら・・・・考えるだけでも死ねる。
「どうすればいいんだ・・・そう言えば」
頭を抱え唸っていると世界大会の後、【剣聖】ジャックさんから手紙を貰ったことを思い出す。
確か内容は可愛い子を紹介してくれるとかなんとか、その前にもなにか書いていた気がしないでもないが別に重要なものではないだろう。
「行くか、イギリスに!」
「にゃ~」
決め顔で宣言していると左足に黒猫のルイがすり寄ってくる。
「おうおう、お腹空いたか?」
「んにゃ~」
「そうかそうか、直ぐ用意するからな」
ルイを連れて台所に移動すると、棚に乗せている餌袋を取り出して皿に注ぐ。歓喜の鳴き声を上げてもぐもぐと食べる姿は見ているだけで心が落ち着く。
やはりモフモフはいい。怪物が全部モフモフの生き物だったら世界は幸せに包まれる事だろう。
「俺が家を空けたら蒼とルイをどうするか」
残念ながら、両親は一週間ほど前に仕事で外国に飛び立っている為頼る事が出来ない。
(特殊対策部隊の誰かに頼るか・・・)
同じ女性の隊員がいいだろう。
吉良坂さんか服部さん、後は西連寺さんだな。菊理先輩と桐坂先輩は頼ると喜びそうだが、蒼のおもちゃにされそうだから除外だ。
「ただいま~」
どうしようかと考えていると当の本人が学校から帰宅した声が聞こえて来る。
ドアを開けてリュックをどさりと床に置いてリビングのソファーに疲れて様子で座る姿は仕事帰りの親父のようだ。
「お疲れさん、今日学校はどうだった?」
「いつも通り友達と楽しく過ごしたよ~ 可愛い子だからいっぱい抱き着いちゃった!」
「おっさんかよ。シスター蒼に戻ってくれ・・・」
「無・理~ あれは一日限定だから」
残念過ぎる。
ウルトラ〇ン並みに燃費が悪いとは。
いや、男に言い寄られる可能性を考えれば今の方が兄としては安心できるか。
「まあ、いいや。それよりも俺イギリスに行こうと思うんだが、その間特殊対策部隊の人と一緒にいてくれないか」
「えっ、何しに行くの? 仕事?」
「ああ、とっても重要な仕事だ」
「ああ、はいはい理解しました、女の子をナンパに行くんだね。無駄だからやめた方がいいと思うけど」
何故バレたっ!
いや、それよりも無駄ってどういう意味だよ!
「そんなのやってみなきゃわかんねえだろ!」
「・・・ふっ」
こいつ・・・鼻で笑いやがった。
どういう事だ。俺はそこまでもてる要素が皆無なのか?
今度金剛さんと牙城さんに男の何たるかを聞きに行くか。
「・・・自分の事が一番分かってないんだから」
「何だ? どういう意味だ?」
「なんでもないよ~ あっ、じゃあ私鈴奈さんの所行きたい! 一杯甘やかして貰うんだ~」
「服部さんか・・・分かった、ちょっと聞いてみるわ」
スマホを開き作成したメール文を服部さんに送信する。
「よし、これでいいな。後は」
一応ジャックさんにアポも取っておいた方がいいだろう。
しかし、住所は知っているが連絡方法が思いつかない。
これまたどうしたものかと悩んでいると、突然スマホが鳴り出す。
公衆電話からかけているのか、スマホの画面には知らない番号が映し出されており誰か分からない。
「あっ、はい。どちら様でしょうか」
『僕だよ僕、久しぶりだね少年』
聞いているだけで無性に腹が立つキザ野郎の声が聞こえる。
「僕僕詐欺は間に合っているので他のとこに行って下さい」
『えっ、本当に分からないのかい? 決勝で戦い合った仲じゃないか。ジャック・グラントだよ』
電話の主は自分の事を【剣聖】であると言う。
・・・おかしい、俺は電話番号を教えた記憶がないんだが。
それに何故このタイミングで電話を掛けてきたんだ?
『ああ、少年の疑問はもっともだね。まず、電話番号だけど、絶対者の前に機密なんてものは存在しないということだ。それと今少年に連絡した理由は、なんとなく君がこちらに来ようとしている気がしたからかな。ようは勘だね』
何も喋ってないのに何故俺の考えている事が分かるのか。恐ろしすぎる。世にも奇妙な物語に投稿してみるか。
・・・いや、これが絶対者の普通なのかもしれない。相手は理解の範疇を越えた存在の一人なんだ、いきなり目の前に現れても不思議じゃない。
「そ、そうですか。確かについさっきイギリスに行こうと思っていたところです」
『おお! 本当かい! よしっ、こちらで準備を進めておこう! 少年の家に迎えを送るから家でのんびりしておいてくれたまえ!』
「えっ、ちょっ! 別にそんな」
断りを入れる前に電話が切られる。
少しは話聞けよ。
それにしても迎えってなんだ? 車、な訳はないから能力者でも送って来るのか? でもイギリスには転移系の能力者はいなかったはずなんだが。
「ルイ、あれが未来の社畜の姿だよ~」
「にゃ~」
ソファーの端から一人と一匹が雁首揃えてスマホを唖然と見下ろす俺を見つめる。
社畜なんて言うなよ、本当になったらどうするんだ。
スマホが再度震え、画面を確認すると服部さんからの返信メールが送られてきていた。
内容は蒼の事は任せてくれというもので、楽しみにしてくれているようだ。
服部さんは一人っ子らしいので妹に憧れもあるのかもしれない。
これで俺のイギリス旅行の準備が整った。





