91話 濁流
遅くなって申し訳ないです!
その後の話をしよう。
異形の狂人を殺した俺はまずは地上に戻った。
その時には既に般若の女性の姿は消え失せていた。ただ、金剛さんのいる近くに般若の仮面が落ちていた。
後に残されたのは施設の残骸と大量のカプセル、後は重傷を負っている金剛さんと何が何やらと困惑している研究者達という状況で、後処理が兎に角大変だった。
混乱に乗じてこっそりと逃げ出そうとしている関係者を捕らえ、瀕死の金剛さんを治療する為、西連寺さんに連絡して桐坂先輩を連れて来て貰った。
現場を見た二人は驚愕に目を開くも、内容を聞き出す前に素早く行動を開始して治療に取り掛かってくれた。桐坂先輩の能力で金剛さんの傷は一瞬にして回復し、欠損部分も元通りになる。ただ、血を流し過ぎたようで意識は戻らなかった。
心配する俺を「心配することはないのです。すぐに目を覚ますのですよ」と、桐坂先輩が言い切ってくれたので安心だろう。
しかし、問題はまだ解決していない。数十のカプセルに入っている被害者達を早く治療しなくてはいけないのだ。
「もう! 後輩もまた火傷してるから動くんじゃないのです! 萌香は言ったはずです、死んでいさえなければ完璧に治療すると。後輩は先輩の背中を見ているがいいのです!」
せわしなく動き回る俺に桐坂先輩が憤怒の顔で注意して無理矢理に座らされる。
十歳の少女とは思えない逞しさに恥ずかしながらも救われた俺は、深呼吸をして心を落ち着けると、最後に気付かれないようにして【伝令神】の能力で桐坂先輩を強化した後、先輩方の近くで目を閉じ、眠りについた。
◇
そして現在、
「四度目・・・か?」
俺は四度目の入院をしていた。
一体死ぬまでにどれ程の記録を更新していくのか恐ろしい。
「まあでも、戦いの勲章って感じがして悪くないかもな・・・」
「何言ってるの? ただの自爆を勲章とは言わないと思うんだけど」
「・・・・・・」
折角前向きな思考をしているというのに無粋な横槍を入れられる。
ベッドの隣で修道服を着ているピンクの髪をしたツインテールの少女。
誰あろう、暴君蒼である。
我が妹殿は病院をコスプレ会場と勘違いでもしているのだろうか。
俺の趣味だと思われたら一体どうしてくれるというのか、写真撮影の会場に連行してやろうか。
「いいだろ別に、太陽神の技を使わないと今回の相手を倒す事は出来なかったんだから」
「ふ~ん、ま、別にどうでもいいんだけどね。ほら、あ~ん」
蒼はナイフで皮をむいた林檎を突き刺して俺の口に運ぶ。
「・・・恥ずかしんだが」
「部屋には私とお兄ちゃんしかいないんだし気にする必要ないでしょ」
「そ、それもそうか」
素直に口を開けて林檎を受け入れる。うん、美味い。
今日はやけに蒼が優しい、何故だ?
(はっ! 分かったぞ! 蒼は俺の権力を利用してやりたい放題したい訳だな・・・ふっ、舐められたものだ。俺に媚びを売ったところで城程度しか買い与えてやらんよ!)
「なんかお兄ちゃんが気持ち悪い目で見てくるんだけど、警察に通報した方がいいかな」
「今の俺を通報したところで逮捕はされないがな、それよりも何が欲しいんだ? ほらほら言ってみ、少しなら聞いてやらん事もないぞ、ほらほら」
蒼は呆れたような目で俺を見ると、ため息を吐く。
「その様子なら、あんまり思い詰めては無いんだね?」
「何のことだ?」
「隠してもダメ。ちゃんと事件の事は聞いたから」
「おいおい、誰が一般人に教えたんだよ?」
「なのです! が語尾の小さい女の子」
桐坂先輩かよ。
大方、思い詰めた様子の先輩をあれやこれやで励ましながら情報を聞き出したのだろう。全く、あの母にしてこの娘ありだな。末恐ろしい。
先輩が思い詰めている理由。
それは今回の件で治療が間に合わず数名の死者が出てしまったことだろう。
別に先輩の能力が劣っている訳では決してない。
しかし、一人一人を治療していくのにはどうしても時間が掛かってしまう。その間に命の灯が消えてしまう人が出てくるのは必然であった。
自分は悪くないとしても、それでも先輩は考えてしまうのだろう。
もっと力があれば全員を救う事が出来たのではないかと、その小さな肩を震わせながら。
蒼はそんな先輩と俺を重ねて心配していたのだろう。
「・・・気にしたところで、どうしようもないからな」
思い詰めないはずがない。
しかし、俺は最善を尽くした・・・と思う。今回の件をより早く行動するとしたら、権力を振りかざす強引な突破しかないだろう。
それで、当たりを引ければいいが、もし間違えれば敵に逃げられる可能性もあった。最悪の結果を避ける為に選択から排除したのだ。
――ああ、思うさ、思うとも。
俺に力があればと。
いや、力はあるのだ。
だからこそ、力を持っている自分が守れない事にこれ以上ない程の苦しさを感じるのだ。
「こら、勝手に背負わないで、お兄ちゃんの悪い癖だよ」
無意識に力が入っていたのか、感覚のない俺の左手を握りしめるように蒼が手で包み込む。
「気にしないで、とは言わないよ。でもね、せめてその思いを私に、ううん、誰にでもいいから伝えてよ。半分背負わせてよ」
いつになく真剣でどこか悲しさを秘めた蒼の表情に俺は戸惑う。
「じゃないと・・・壊れちゃうよ。無理に笑って冗談を言っているお兄ちゃんの姿を見ているのはもう我慢できないの。お兄ちゃんは頑張ってるよ、そんな言葉では言い表せない程自分を追い込んで我武者羅に藻掻いているのを私は知ってる」
よく分からない感情が己を震わせる。
目がだんだんと熱くなり、自然と顔を隠すように右手で顔を覆った。
「救えなかったものは大きいかもしれない。でも、それでも、お兄ちゃんが一人で苦しむ必要はないんだよ」
優しく、蒼の手が頭に添えられて勢いに流されるままに胸へと引き込まれる。
「だからせめて、今だけは、お兄ちゃんの気持ちを抑えなくていいんだよ。ここには私しかいないんだから」
「・・・っ・・・くっ」
折角閉じ込めていたのに、弱い自分を切り捨てようとしていたのに、無理矢理に蒼は俺の殻を壊してくる。
一度壊れた殻はすぐには戻らずため込んでいた感情が勢いよく漏れ出す、
この日俺は蒼の前で初めて本気で泣いた、独りよがりに泣き続けた。
そんな無様な姿を晒す俺を蒼は優しく撫で続け、うんうん、と相槌を打つ。
泣き止んだ頃には、肩に乗っていた重い重い重りが少し軽くなったように感じた。
明日は人物紹介、明後日かその後は次章【イギリス旅行】予定(*´▽`*)





