90話 五年の成果
感想ありがとうございます!
返信出来てないのもありますが、全て読ませて頂いてます(*´▽`*)
三者視点
「戦神――憤怒」
ヘッドホンで耳を塞ぎ、僅かに俯きながら隼人はそう呟いた。
そして変化は訪れる。
隼人の瞳が赤く、赤く、どこまでも深い赤へと。全ての憎しみを秘めたような深紅に満たされ、彼の体から揺らめく闘気が白から漆黒へと移り変わる。
「面白い変化ですねえ。七位の【獅子奮迅】に似た状態でしょうか?」
異形の肉体に変化した後鳥羽は、変化した隼人の様子を見てもなお余裕を見せ続け、己の力に敵う者はいないと微塵も疑わない。
後鳥羽は今まで数え切れぬほどの実験を繰り返してきた。
検体を確保しては己の力の一部とし、その能力データを元に複数の能力を得てきたのだ。今の後鳥羽の保持している能力の数は百に届く。
「では手始めにこれはどうですか」
後鳥羽の右腕が五メートルの巨木程に膨張し、さらにその腕が金属のような光沢を放ちながら硬化していく。
能力の同時操作、今まで歴史上己以外に成し遂げたものはいないという優越感に浸り、狂笑を浮かべながら眼前の隼人へとその腕を振り下ろす。
「おや?」
呆けた声が漏れる。
いつの間にか振り下ろしたはずの右腕が消えていたのだ。
グシャリと何かが潰れる不快な音が後方から聞こえ、後鳥羽は振り返る。
そこには己の腕を足で踏みつぶしている隼人の姿があった。
「・・・見えませんでしたねえ。流石に絶対者は伊達ではありませんか。ですが」
千切られた右腕の断面から新たな腕が生える。
後鳥羽の余裕はこの【超再生】の能力の強さに起因している。この能力は検体から手に入れたものではなく、能力を掛け合わせる事で誕生した偶然の産物だ。
どのような怪我であろうと瞬時に回復することが出来るこの能力があれば、いかに絶対者であろうと完全に己を殺すことなど出来るはずがないというわけだ。
「あなたの力では――」
喋っている途中、一瞬で距離を詰めた隼人が右足で蹴りを放ち後鳥羽の頭部を粉砕し、さらに体を左に捻らせ、左踵で回し蹴りを繰り出す。
地面を削りながら一直線に吹き飛ぶ後鳥羽は廃ビルに衝突する事でようやく停止し、欠損した部位を再度回復した。
隼人は倒壊した廃ビルの上に降り立ち回復した獲物を見下ろす。
「いくらやっても無駄です。私はどれだけ攻撃を受けようとも瞬時に回復する。あなたに勝目など初めから無いのですよ」
己を見下ろすように立つ隼人に若干苛立ちながら、後鳥羽は能力を発動し、雷の槍を作り出すと、隼人目掛け投擲する。
膨大なエネルギーが密集されているそれを隼人は右手で掴むと漆黒の闘気で握りつぶす。
「後ろですよ!」
雷撃での攻撃の間に隼人の後方に移動した後鳥羽が、隼人を圧し潰さんと両側から巨大化した腕で挟み込む。左腕に揺らめく熱と、右腕に凍える冷気を纏った攻撃が隼人に直撃すると、途端に周辺一帯が凍りと熱の世界に分離される。
「なっ?!」
ここで初めて後鳥羽が驚愕の声を上げた。
「・・・この程度の力の為に、五年か・・・」
届いていなかった。冷気も熱も隼人の周りを漂う漆黒の闘気が全て防ぎ、喰らう。
悠々と振り返る深紅の瞳が後鳥羽を捕らえ、
「死ね」
音を置き去りにした一撃が後鳥羽の肉体を粉々に粉砕する。
「あびゅっ!」
反応する間もなく体を粉砕された後鳥羽は一つの疑問を抱く。
――何故私は今痛みを感じたのかと。
後鳥羽の能力の一つには【痛覚耐性】も存在する。
腕を引きちぎられようが、頭を粉砕されようとも全く痛みを感じる事はない。だというのに、何故己は痛みを感じているのか、嫌な予感が頭を過るのを無理矢理に押しのける。
肉体が再生し立ち上がると既に眼前には拳が迫っていた。
「くっ!」
後鳥羽は右腕を無理矢理滑り込ませて防御の姿勢を取る。
そして隼人の拳が後鳥羽の右腕を破壊すると、
「がぁああああああ!!!」
訪れた耐えがたい痛みに思わず後鳥羽が叫ぶ。
(何だこの痛みは!)
神経がむき出しになっているような痛みに膝をつき、体から大量の汗を噴き出す。
確実に痛みが増している事を身をもって体験した後鳥羽は震える声で、悍ましい能力を仮定した。
「まさか、貴様のその力は、【痛覚増幅】・・・か・・・?」
耳を塞いでいる隼人がその問いに答える事はない。
しかし、次の瞬間に隼人が繰り出した無数の拳の嵐によって起きる悲劇が何よりの回答であった。
「ぐああああああああ!!!」
最早それは戦いではない。
拷問という言葉ですら生ぬるい惨劇だ。
一撃で死ねたのならどれだけ楽な事か。
しかし、それは後鳥羽の持つ【超回復】が許さない。破壊されたそばから瞬時に回復し、また破壊されてを永遠と繰り返す。
「離、れろぉおおおおお!!」
後鳥羽にあった余裕は完全に消え失せ、形振り構わずに能力を発動して兎に角隼人から距離を取ろうと藻掻く。
雷を拳で迎え撃ち、氷塊を拳圧のみで崩壊させ、爆発の直撃を受けてもなお無傷の隼人は深紅の瞳を闇夜に輝かせながら背を向ける後鳥羽を嬲り潰す。
「わだじを、ばぼれぇええ!」
呂律の回らない状態で後鳥羽は叫びを上げると、周囲の空間が不気味に歪んだ。
隼人は一度距離を取ると、歪んだ空間を眺める。
「オレヲヨンダノハドイツダ?」
数秒後、歪んだ空間から異形の姿をした生物が現れた。
人型の者を先頭に、後方にも複数体の異形の存在が次々に姿を現し、ケタケタと嗤いだす。
上月 香織の持つ【精霊召喚】を改造して作り上げた【悪魔召喚】。
召喚される悪魔はその都度まちまちでFランク級の悪魔も現れたりと運要素の強い能力だが、今回召喚された悪魔は明らかに上級の存在であった。それどころかSランクの力さえ保有している可能性もある。そのことに後鳥羽は歓喜の笑みを浮かべ召喚した悪魔に命令を下す。
「あ、あいつを殺せ! 報酬なら幾らでも払う、だから早く殺せぇえ!」
「フム、イクラデモハラウ・・・カ」
上級悪魔は後鳥羽の指さす方向に視線を移す。
そこに立つのは一人の少年。悪感情に満ちた深紅の瞳が何とも心地よい。
今回は何とも美味な恐怖の感情を感じて召喚に応じたが、目の前の少年を失うのはもったいないのではないかと思考する。別に召喚主の言葉にわざわざ応える必要はない。契約した方が後の報酬が美味になるというだけだ。
上級悪魔は一人頷くと、隣の後鳥羽を喰らおうと視線を向ける。
が、喰らう前に少年が口を開いた。
「貴様等、誰の獲物に手を出そうとしてやがる」
悪魔たちの嗤い声が止んだ。
上級悪魔は首だけを静かに少年の方向に向ける。
「ッ?!」
音は無かった。風の動きも、気配も全く感じなかった。
しかし、少年は既に己の隣に立っていた。
お互いの視線が交差する。
「余り勝手なことしてると――消すぞ」
心さえ凍てつくかと思う程の殺意に満ちた言葉。
空間の温度が数度下がったのではないかと錯覚すらしてしまう。
上級悪魔はほぼ零距離にいる隼人の瞳の深淵を覗き込んだ。
そして見えたものに興奮し、歓喜し、満ちたりた愉悦の表情を浮かべる。
「モウシワケアリマセン。デスギタマネヲシマシタ」
恭しく頭を垂れる悪魔に後鳥羽がくちを半開きにしてパクパクと動かす。
それを境に悪魔たちは空間に次々に戻り始める。
「おっ、おい! 何をしている!」
必死に叫ぶ後鳥羽を上級悪魔は振り返り目を向ける。
「アキラメロ、キサマニミライハナイ」
その言葉を最後に上級悪魔は空間の奥へと消えた。
「な、にが、どうなって」
訳が分からないと困惑する後鳥羽の頭部が突然、背後の隼人によって掴まれる。
「ぐわぁああ!」
「位階上昇――滅亡の時だ、太陽神」
隼人は戦神を解除し、新たに太陽神に存在を近づける。
体を炎が纏い、六つの炎の腕が背に浮かぶ。
そのまま後鳥羽を掴んだ状態で空高く上昇していく。
日本に影響をもたらさない程の遥か上空へ。神に存在を近づけている状態であればたとえ大気圏を越えようとも死ぬことはない。
耳に付けていたヘッドホンが燃え尽き、後鳥羽の叫びが隼人の鼓膜を震わせる。
「熱い熱い熱いぃいいい! 離せぇえええ!」
「いいだろう。ここまでくれば被害はないだろうからな」
斜め下に目を移すと地球の表面が青く輝くのが見える。
綺麗だなあ、などと場違いな事を考えながら隼人は後鳥羽に目を移した。
「はあ、はあ、下等なモルモット風情がこの私を見下すんじゃない! 殺す、殺す殺す殺す。四肢を切り裂き、豚の餌にしてやる!」
「あそこまで力の差を見せてなおまだそんなことが言えるのか」
「はっ! 私は死なない! そして私の能力は時間が経つにつれて進化していく! 最終的に勝つのは私なのですよ!」
直後、後鳥羽の肉体が変化し、力が上昇していく。
「は、ははは! 力が溢れ出て来る!」
身長は元の大きさに戻り、より筋肉質なものになる。
その変化を見下すように眺めていた隼人は、右腕を伸ばし手の内に漆黒の炎を生成する。
「今更何をやっても無駄無駄ぁあ! 私は既に人間を超越しているのですよ!」
雨あられと後鳥羽から放たれる能力の嵐、どれも先程の比ではなく、都市一つは亡ぼせる威力を持っていた。
対する隼人は、僅かに息を吐くと――静かに終わりを告げる。
「終焉の焔」
一瞬、瞬きする程の間。
空間を覆いつくす能力全てが漆黒の炎に呑まれた。
「は?」
予想だにしなかった光景に呆けた声を上げた後鳥羽は反応に遅れ、漆黒の炎の直撃を受ける。
「ぎゃぁあああああ! き、消えない?!」
炎を必死に消そうと水で鎮火しようとするも、漆黒の炎には全く変化は訪れない。
炎が体を蝕み続ける度に走る激痛に頭が狂いそうになりながら叫び続ける事しか今の後鳥羽には出来ない。
「し、しんがを、進化をすれば・・・」
「無駄だ、あんたが進化したところでたかがしれている。この炎を消すことは例え相手が神であろうとも俺が許さん」
冷酷に断言する隼人の瞳を見た後鳥羽は、絶望の中、目の前の怪物をこう評した。
「ま、魔王」
「今更気が付いたのか」
何でもないようにそう返した隼人は、後鳥羽が炎に全身を蝕まれ、灰も残らず消え失せた事を確認すると、天を見つめながら息を吐いた。
この章は誰が何と言おうと金剛さんが主人公だ!





