86話 ショーの始まり
日が下がり辺りも暗くなった夜に一人の少年の姿が、ある研究機関に向かい足を進めている。
「ここからは関係者以外立ち入り禁止です。何か証明書をお持ちでしょうか」
数分後、研究所に到着すると、その門の前で警備の男性に止められた。
「えっと、ここの後鳥羽さんに呼ばれたんですが」
困ったように頬を掻く少年は、次にはっとした表情をすると懐から何かを取り出す。
「これ、証明書の代わりになります?」
懐から出したのは黒い手帳だった。
警備の男性は一瞬驚愕の表情を浮かべると、
「しょ、少々お時間を! 確認して参ります!」
と言って渡した黒い手帳を持って奥に走っていった。
どれだけ急いでいたのか、十数秒で帰ってきた男性は息を荒げながら少年に手帳を返す。そして彼の隣にはもう一人男性がおり、興味深げに少年を見ていた。
「確認が取れました! どうぞ柳様!」
「後鳥羽所長は現在手が離せないようなので、その間私が柳様をご案内します」
「おっ、それは有難い。では是非お願いします」
柳と呼ばれた少年は感謝の言葉を述べ、研究員の後に続く。
笑みを浮かべる表情とは裏腹にその瞳は全く笑っていなかった。
「・・・っと、この施設はこのような研究をしている訳ですが、どうでしょうか。うちの研究が進めばかなりの進展になると思うのですが、実戦を経験している柳様の意見はございますか」
「いえ、素晴らしい研究だと思いますよ」
(ふむ・・・表向きは真っ当な研究をしている訳か。まあ、まだ黒ではない可能性もある、か)
少年は研究員の説明を聞きながら油断のない目で辺りを見回す。
特におかしいものは見当たらない。すれ違う職員たちの表情も狂気を帯びたものは見当たらない。
その事に少年ははずれかと思いつつ、職員に尋ねる。
「そう言えば後鳥羽さんは今手が離せないとおっしゃっていましたが何処にいらっしゃるんでしょうか?」
「おそらく地下にある研究施設でしょうね」
「地下・・・ですか?」
地下という言葉に少年は目を細める。
それというのもこの研究施設を訪れる前に事前に施設の製図に目を通していたからだ。
そこには地下に関する図面は全く描かれていなかったのだ。つまり、何かを隠蔽している可能性があるという事、
「・・・地下では何の研究を?」
抱いていた疑惑が確信に近づいていく。
研究員は少年の変化に気付くことなく質問に答える。
「それが全く分からないのですよ。私のような下っ端には教えられないようで、一部のベテランの方々のみと一緒に研究しているようです。相当危険な研究なのでしょう」
「そうですか・・・あっ、少しお手洗い借りてもいいですか」
「ええ、どうぞ。ご案内しますよ」
研究員の男性は誘導している中、少年の物腰に感心していた。
非常に落ち着いた態度は同じ大人かと疑ってしまう程でやはり絶対者にもなると十六の少年でも他とは違うのだなと改めて実感する。
「ここを真っ直ぐ進んだ先がトイレです。私はこの場所で待機していますので――」
そこで研究員は言葉を途切れさせ、前のめりに倒れる。
後方から少年が手刀を繰り出し昏倒させたのだ。
「すみません」
上から見下ろす少年は謝罪の言葉を出すと、直ぐに研究員の男性を抱えて人目に付かない場所に寝かせる。
「・・・行くか」
◇隼人視点
「金剛さんは大丈夫かな・・・」
星の見えない曇った暗い空を見上げ一人呟く。
今研究機関に金剛さんは俺の姿をして突入している。
俺にかかれば変装もお安い御用だ。千変万化の二つ名は伊達じゃないぜ! まあ十数分程度しか持たないが・・・
「俺も行きたいんだけどな~」
首に掛けたヘッドホンを弄りながらごちる。
このヘッドホンは後で使う予定の物だ。出来れば使わない結果が望ましいが。
まあ、それは置いといてだ。俺は金剛さんに頼まれた仕事をこなさなきゃならんし、今この場を離れる事ができない事態をどうするか・・・
でもお相手さんが来るとも限らないから後五分経ってこなかったらあっちに――
思考の最中、一人の足音が夜道に響く。
「・・・はあ~ 来ちゃったよ。何でこの日にドンピシャで来ちゃうかな~」
俺はため息を吐きながら腕を頭の後ろに組み、右に視線を移す。
そこには般若の仮面を着けた女性が立っていた。
右手には紅の槍を持っており彼女自身は剣呑な雰囲気を纏っている。
「・・・まさか絶対者がいるとはな。・・・しかし、関係ない。俺の前に立ちはだかる者は何者であろうと薙ぎ払うだけだ」
彼女の言葉を聞き、俺は震える手で顔を覆う。
(俺っ娘だとぅおお! 聞いてないですよ金剛さん!)
い、いや駄目だ俺よ。
今は興奮している場合じゃない。託された仕事を全うしなければ。
軽く深呼吸をして気を静める。僕っ娘の次に俺っ娘とは、何かいいことでもしたか?
「お姉さん。今日の所は帰って貰えないですかねえ、一日だけでいいんですよ」
「断る。大方あの男がようやく気付いたのだろうが、一度姉を守れなかった男を信用する事など出来ない」
「ふぅ・・・ま、そうですよ」
即座に拒否の言葉を吐く彼女に俺はどうしたものかと頭を掻く。
だが、今回ばかりは意地でも引いて貰わねば「ならない」。
般若さんの実力は相当なものだと聞いたが、それでも今回の件に関しては危険だ。
だから金剛さんは俺に引き留めるように頼んだのだ。“こちらは任せろ”と覚悟を込めた言葉を紡いで。
(・・・しかし、予想外のものも見れたな)
金剛さんの障壁を易々と貫き、粉砕したという槍。
途轍もない代物であることは薄々分かっていたが、実際目にして驚いた。
――あれは聖遺物だ。
それもかなり強力だと推測する。
おそらくは「所有する者には世界を制する力を与える」という伝承を持つ栄光と破滅の槍・・・ロンギヌスの槍だろう。
(まさか神殺しの槍を持っているとは、相性悪いなあ。それに傷つける訳にもいかないし)
「これは困った・・・」
お相手さんはやる気満々に槍を構える。
最早一秒たりとも無駄に出来ないのだろう。
「そこをどくなら今の内だぞ。相手が絶対者なら加減も出来ない。死にたくないならすぐに失せろ」
般若さんの気持ちも分かるから心に多少の迷いも生まれてしまう。
もしも今回の被害者が蒼であったのなら俺は迷わず特攻して全員を血祭りにあげているだろうから。
でも、それでも・・・
「一人の漢が任せろと言ったんですよ。部外者が関わるのは不快だと思いますが、俺は同じ男としてあの背中を守りたいと感じた」
首から手を下ろし、一歩足を踏み出す。
「故に、今回は全力で首を突っ込ませてもらいます。金剛さんと・・・あなたの為に。ちなみにこれは一方的なサービスですのでクーリングオフは受け付けておりません」
「そうか・・・では、死んでもしらないぞ」
殺せるものなら殺してみて下さい。
目の前の事に猪突猛進している今のあなたには俺の姿を捕らえる事はおそらくできないでしょう。
ピエロのように軽く頭を下げ、能力を発動させる。
「伝令神」
では、ショーをはじめようか。
観客は一人、忘れられない一日を届けよう。





