84話 曇天の空
昨日は神社にお参りをして早々に家に帰り、統括支部から送られてきた書類に目を通した。
ざっと目を通しただけだが、まあ非常識な事ばかり記載されていた。
書類に同封されていた黒い手帳、これは見せる事でどこの店でも無料で飲み食いが可能、飛行機のチケット代金もわざわざ用意する必要がなく、他にも様々な事に使える魔法の手帳らしい。ブラックカードを使っているパリピの隣で是非使ってみたいものだ。
そして今の俺の立場だが、一国と同等の扱いだ。
勘違いしないように簡単に説明すると、首相や王ではなく、兵器や市民、その国の誇る能力者支部全てを含めた存在と同等となったわけだ。完全に人間扱いされていない。
「あー・・・」
だが、正直立場が変わったといきなり言われてもよく分からないというのが現状である。
国のトップより偉い存在になったと言われても、台所で食器の洗い物をしている自分を見ると何が変わったのかと首を捻るのも仕方ないだろう。
そしてもう一つ、俺は法外の存在になった。
別に人間をやめた訳ではない。絶対者になった特典の一つだ。
俺の悲しい頭脳で考えるに、道路を全裸であるこうが、スーパーのカートに飛び乗ってシャー!と移動しようとも、俺は今後一生警察のお世話にならないという事であっているだろうか?
「おいおい、最高かよ」
「どったんお兄ちゃん、気持ち悪い顔して」
「うっせ」
とは言っても当然見返りも要求されている。
国から要請された依頼は出来る限り受けてくれというものだ。そんなものなのかと逆に驚いたが、直ぐに納得する。絶対者に回される依頼など普通であるはずがない。命がいくらあっても足りないような鬼畜なものであるということだろう。
まあ、単純に絶対者に対する抑止力が存在しないというのもあるだろうとは思うが。
それに、何も好き勝手やれる訳ではない。
おいたが過ぎると粛正されることもあるらしい。
当然国が裁くことは出来ないが、他の絶対者であればそれは可能だ。つまり俺が“捕まらないぜ~! ヒャッハー!”と、人を殺すような真似をしようものなら他の絶対者が総出で俺を殺しに来る可能性もあるという事だ。
軽く調べてみると、特に序列六位の人が規律に厳しいらしく他の絶対者と会うとたびたび喧嘩をしているらしい。主にジャックさんとレオンさんとそりが合わないらしく、
『女性を何人も嫁に迎えるとは非常識にも程がある!』
『お前は戦闘中に周囲に起こる被害の事も考慮しろ!』
などと言い合っているらしい。
「まともな人がいて良かった」
あの二人しか基準がいなかったため絶対者は変人達の巣窟であると思っていたが、どうやら俺以外にもまともな人種がいるようだ。この人とは仲良くしておこう。
それはそうと今日の昼は何にしようか。母さんと父さんは仕事で出かけるらしいので今日は蒼と二人だ。わざわざ昼ご飯作るのも面倒くさいしな。
「なあ蒼、昼に食べたいもんあるか? 作るのもめんどいし買って来るわ」
「本当! 今日のお兄ちゃん大好き!」
「おいおい台詞間違えてんぞ。いつも、だろうが」
「えっ何言ってんのきもっ」
体を抱きしめて気持ち悪いアピールする蒼、どうやら自分の立場を理解していないようだ。
「あ~ 気分が削がれちまった~ 買いに行くの止めようかな~」
「お兄ちゃんってよく見ると超イケメン。奢ってください」
心の声が漏れてしまっているが及第点だろう。
上目遣いをしているが口から垂れている涎が全てを台無しにしているし、目には食べ物しか映っていない。・・・何て残念な妹だ。
「いいだろう。何が食べたい?」
「ラブハウスの三チー特盛で!」
「はいよ、了解」
財布とバッグを持ち、満面の笑みを浮かべる蒼に手を振られて見送られながら外を出る。
「曇ってるなあ」
空を見上げると暗い雲がどこまでも広がっていた。
今日の天気予報を見るのを忘れたが雨でも降りそうな感じだ、さっさと買って家に帰ろう。
マンションから出ると足早にラブハウスへと向かう。いけないホテルが使うような名前だが列記とした牛丼店だ。
そして道を堂々と歩いている時だった。
「これはこれは! かの絶対者であらせられる柳様ではないですか!」
ふっ、俺も有名になったもんだ。歩いているだけで目立っちまう。
多少気分がよくなった所で声をかけてきた人物に目を向ける。
そこには白衣を着たおっさんが立っていた。
顔に張り付けられた笑みはどことなく嘘っぽく、理由は不明だが彼を見ていると無性に不快だと感じる。
「どちら様でしょう?」
一気に急降下したテンションで相手に尋ねる。
「おっと、これは失礼! 私はこういうものでして」
男性から一枚の名刺が渡される。
それにはよく知らない研究機関の代表である事と彼の名前が書かれていた。
「はあ、後鳥羽さん、ですか?」
「ええ、ええ。私は主に能力を使って如何に世界を平和に出来るかの研究を日々しているのですが・・・」
道端で通行人の事も気にせず何やら説明が始まってしまった。
世界中の人に希望を抱かせることが出来るとか家族を確実に守れるなどをぺらぺらと語りだす。
(この人の言葉は驚くほど軽いな)
家族に関して喋り出したところから俺の事を一応は調べているのだろう。
しかし、この人の言葉には全くそそられない。言葉に意思がないのだ。ただただ綺麗ごとを並べただけの空虚な絵空事だ。この男にとって最大の誤算は俺があんたらみたいな奴に慣れている事だな。言葉巧みに神に翻弄されてきた俺の前ではピエロにしか見えない。
こういう輩が接触してくることは想定していたが予想より早いな。それだけ俺の能力が珍しいというのもあるのだろうが、困ったものだ。
「絶対者である柳様にも我が機関にて力を貸していただきたいのですがどうでしょうか? 世界の未来を思うのなら是非一考していただきたい!」
ああ~ そういう感じね。
こいつ完全に敵だな。
(この場で叩いとくか・・・?)
一瞬そんな事を考えるが、直ぐに考えを改める。
こいつを叩いたところで第二第三の阿呆共が出てくることだろう。組織ごと潰さないと意味がない。それに何か証拠でもないと俺が他の絶対者にボコられる可能性もある。この場で叩くにはリスクが大きすぎるのだ。
「う~ん、それじゃあ暇がつくれたらそちらに向かいますよ」
「本当ですか! それは有難い!」
狂気の瞳を浮かべる男に俺は偽の笑みを浮かべていずれ向かうと伝える。
(貴様らをぶっ潰す為なのにそんなに喜んで貰えて嬉しいなあ。俺も後味が悪くなくて済みそうだ)
心の中は真っ黒だが。
その後男は何やら仕事があるらしく慌てて去っていった。
「殺しはしないまでも一生俺には関わりたくないと思わせたいな。どうしようか」
去り行く背中を見つめながらそうごちる。
辛子のプールにでも放り込もうか、それともムキムキ漢の中に放り込んで後ろの方をぶち壊して貰おうか。
悩みながら移動し、目的のラブハウスに到着する。
蒼の言っていたものと同じのを俺も頼み会計を済ませて店を後にした。
「あっ、そう言えばまだ金剛さんに会ってなかったな」
それに牙城さんと菊理先輩ともだ。
家に向かっていた足を止め、本部の方に向きを変える。
「ついでに地下の訓練所で体の調子を確かめるか」
世界大会で少しの間戦神が乗り移ったことで今まで以上に闘気が体に馴染んでいる気がする。精神的にはそれ程異常は感じないが、一度しっかりと確かめておいた方がいいだろう。
「今日の事を金剛さんに相談してみるか。あの人ならいい考えを思いついてくれるかもしれない」
曇った空の下、運命の歯車が組み合わさる音を耳に聞きながら俺はそう言った。
後鳥羽ぁああああ!!!!
この章は結構好き嫌いが分かれてるみたいですね。
ちょいシリアスが入ってるからかな(-ω-;)ウーン





