68話 予感
予選が終わり通路に戻ると満面の笑顔で手を振る服部さんがいた。
「お疲れ様っす! やっぱり超強いっすね! ライルさんも相当強いはずなんすけど」
「今回の勝利はあの人の慢心が生んだ結果ですね。本来ならばもっと苦戦したはずですよ」
地形を巧みに利用し相手を翻弄する技術、腕を千切られても叫ぶことなく素早く次の行動に移る胆力も手放しに称賛できるレベルであった。俺や絶対者の二人がいなければ大会の最優勝候補であったことだろう。
「まあ、ライルさんの自業自得っすね。実戦では言い訳なんて出来ないので盛大に喜びましょう!」
「そ、そうですか・・・」
・・・想像の数倍辛辣だった。
いや、正しい事は言ってるんだけど。優しい服部さんのことだからオブラートに包んだ発言をすると思っていたが・・・もしかして何か怒っているのだろうか? 女性は怒ると恐ろしいからな、俺に飛び火しないよう帰りにプレゼントを贈らせて頂こう。
「ほら、早く皆さんの席に行くっすよ! 一緒にお昼食べましょう!」
「分かりました。その前にお手洗いに行ってくるので、先に行って待ってて貰えますか?」
「分かったっす!」
ぴゅ~ と疾風の勢いで走り去っていく服部さん。
姿が完全に見えなくなるのを見届けた後、俺は首を回して後ろを振り返る。
「何か用ですか?」
「ほう? かなり気配を消していたはずなんだが」
壁に寄りかかり赤い髪を靡かせる男――アーベル・レオン。
そう何度も俺の知覚領域に気付かれずに軽々と踏み込めると思わないで欲しいものだ。
「三度目ですからね。流石になれましたよ」
「ははっ! 大抵の奴は一生かけても分からないんだがな」
「それで、用件は何です?」
茶番に付き合う暇はない。
こちとら腹をすかせた爆速姫がお待ちなんだ。こうしている間にもお腹を鳴らして怒りを増幅させているに違いない。プレゼントではどうしようもない次元に行く前に早く皆の場所に移動しなくてはいけない。
「まあまあ、そんな目すんなって、俺は昼に対戦する相手を言いに来ただけだ」
「ん? もう準決勝の相手って情報が出てるんですか?」
「いや、近くの役員に教えろって聞いたら快く教えてくれたんだよ」
「・・・」
それは聞いたんじゃなくて脅したんですよ。
絶対者の言葉を拒否できる人物が役員の中にいる訳がないでしょ・・・
俺が呆れた目で見続けるのを頬を掻きながら誤魔化すレオンさん。
そして一転、口の端を吊り上げ左手で自分の胸を叩くと口を開く。
「お前の次の相手は――俺だ」
「・・・そうですか」
予感はしていた。
運営側が決勝に絶対者同士をぶつけようとしているのは目に見えていたから準決勝でどちらかとぶつかるのは覚悟していた事だったが、レオンさんだったか・・・
「あんま驚いてねえなあ、予想してたのか」
「まあ、準決勝でレオンさんかジャックさんのどちらかと当たるとは思っていましから」
「つまんねえなぁ、もっと驚く顔が見たかったんだがな」
何を言ってるんだか、貴方が見たい顔は驚く顔じゃないでしょうに。
「でも良かったです、やっと目標の半分が叶いそうです」
「半分?」
俺は笑う、絶対的な強者を前に尊大に傲慢に、ただし慢心は一つとしてない。
どうですか? これがあなたが見たかった表情でしょう?
「――だって二人いるじゃないですか」
戦いに飢えていたからわざわざこの大会に来たはずだ。ならば貴方方が望むものは自分達絶対者に怖気づかない挑戦者だ。
「・・・ああ、今確信したぜ。俺の選択は間違いではなかったと・・・これ以上は無粋だな、だが、最後に一言――」
――失望させるんじゃねえぞ超新星
絶対者の威圧が空間を軋める。
先程の探る様な瞳はすっかり消え失せ、捕食者の鋭い眼光が俺を突き刺す。
「挑ませて貰いますよ破壊王」
数秒向き合った後、互いに軽く笑い合うと背を向け合って、その場から離れた。
◇
「本当にダメな息子ね、いつまで人を待たせたと思っているのかしら? 鈴奈ちゃんなんてお腹ならしながらあそこで倒れちゃってるじゃない」
「ぼべんなざい」
レオンさんと喋っていた事で皆を待たせてしまった俺は母上様からアイアンクローで吊るされている。
会場内の広いスペースで昼食を食べようと移動しているが、母上のおかげで非常に目立っている。明日にはネットの有名人になっているかもしれない。題名はおそらく~魔女に拷問される少年、柘榴寸前か?!~に違いないだろう。
きゅ~
少し離れた場所で、服部さんのお腹から可愛らしい音が響く。
「・・・お腹・・・空いたっす」
一体俺が話していた数分で何があったのかと疑う程状態が変化している。ビフォーア〇ターの匠もびっくりだ。
母さんのアイアンクローから解放されると広げられているおにぎりを一つ手に取って服部さんの元へ持っていく。
「すいません服部さん! とりあえず、おにぎり食べて下さい!」
「・・・ん・・・っす・・・」
何か言っているようだが上手く聞き取れない。
緑のサイドテールが回転しているのは何故だ?
「すいません、上手く聞き取れなくて。もう一回言って貰えますか?」
「あぅ・・・」
するとどうだろう、服部さんは顔を赤面させるではないか。
倒れている少女とそばにいる大人ッ気溢れまくる俺。いかんっ?! このままでは俺が犯罪者にされてしまう!
「あ・・・あ~んって、して欲しいっす・・・」
上目遣いで縋るように語り掛ける服部さん。
瞳が揺れ動き、顔をより赤く紅潮させる。
ああ、何てことだ・・・
自分では食べられない程に弱っているとは!
「どうぞ先輩! 早く食べて下さい!」
「へっ! あっ、うん」
弱り切っている服部さんに食事を直接口に運ぶことで介抱する。何か間違っている気がしないでもないが、本人がそう言っているのだからこれが正解なのだろう。
「・・・何か思っていたのと違うっす・・・」
服部さんが微妙に消沈している。
更に食べ物を持ってこようとするがジト目の蒼に止められる。
「何をするんだ蒼?! 今は一刻の猶予もないんだぞっ?!」
「お兄ちゃん、もういいから」
「も、もう大丈夫っすよ! ほら、元気になったっす!」
ぴょんぴょん跳ねる服部さん。
良かった・・・どうやらあの介抱で間違いなかったみたいだ。
「それよりもさあ、準決勝からは勝敗に賭けがあるの知ってる?」
「賭け?」
「そうそう、準決勝の対戦相手が発表されたらすぐネット上で賭けが始まるみたいなんだけど、今凄い事になってるよ。ほら」
蒼が手に持つスマホを横から覗き込む。
反対側からは服部さんが同様に覗き込み、すぐに咳込んだ。
「げほっ、げほっ! 次の対戦相手、絶対者じゃないっすか!」
その情報は既に知っているものだったので俺は驚かなかったが、賭けの情報に俺は目を開く。
『柳 隼人選手に賭ける方がいなかったため勝敗による賭けは不成立となりました』
すぐ下には新しく、俺が何秒耐えられるかの賭けに切り替わっている。
最も多いのが二分で、五分以上がゼロ人だ。
「・・・俺、予選で結構圧倒的な力を見せたつもりだったんだが」
「対戦相手の人は一人で全員倒してるからね~ まあ、仕方ないよ」
やっぱり今からでも棄権しようかな・・・





