67話 突破
投稿間に合った!(≧▽≦)
『つ、強いっ! 強すぎる! 選手が束になってもレオン選手を止める事は叶わずジャック選手は迷路そのものを両断しました!』
観客の試合前にあった結果がどうなるか分からないと言う不確かな思考は既にない。
圧倒的な力を誇る絶対者の戦闘を目にし、次元の差を理解したのだ。
そして一つの結論に至る。
絶対者に勝てるのは同じ絶対者でないと不可能であると。
そうなると観客の興奮は既に準決勝を通り超して決勝に移りつつあった。
準決勝で絶対者同士が戦闘する事は運営が阻止するだろうと皆が理解していたからだ。
事実運営もレオンとジャックの試合を決勝にしようと準備が進められている。
「決勝って明日だよな? ああ、早く時間過ぎねえかな~」
「おいおい、まだ準決勝が残ってるだろ? まあ、結果は分かり切ってるけどな」
「準決勝からは賭けもあるって聞いたがこりゃ賭けになんねえぞ」
近くの観客から聞こえる話に蒼は頬を膨らませるとお菓子を貪る。
「むう~ お兄ちゃんの方が強いし!」
確かにレオンもジャックも半端な力ではどうにもならないが蒼は自分の兄も同様に異常であることを知っている。
幾度も自分を救ってくれた背中を見てきた蒼だからこそ隼人が絶対に勝利する事を信じている訳だが・・・当の本人は今フィールド上で船を漕いでいる。
もっと本気出してよ! と怒りで青筋が浮かび上がるが、一応淑女を目指している身なので冷静に深呼吸して落ち着く。
「あの子ったら運がいいのね。私としては三人が同じフィールドに居た方が面白かったのだけれど・・・まあ、楽しみは昼に取っておきましょうか」
蒼の隣でつまらなそうに吐息を吐く隼人の母である秋穂。
無論、三人とは隼人と二人の絶対者を指している。もしそうなっていれば予選で既にクライマックスだ。父である篤はそんな秋穂を呆れた目で見ているが何も言わず隼人の映る映像に目を移す。だって何か言った後が怖いから。幾度となく秋穂のメンヘラを経験した大黒柱のスルースキルはレベルマックスの上に限界突破している優れものだ!
「にしてもあの子らしくないわね」
自分の情報を隠すために最小限の力で予選を突破しようとする姿を見て、感心するように呟く。
(まあ、それも当然かしら。今代の絶対者は以前と比べかなり優秀みたいだし)
目を細め先程の絶対者の姿を思い浮かべ、あれ程の力を持っているならば隼人に油断する余裕など微塵もないだろうと納得する。
以前であれば二人とも三位レベルの強者だが、今代ではレオンは七位、ジャックも三位より下だ。人類側の戦力が強化されているのは望ましい事ではあるが、秋穂の目には大きな厄災に対する備えであるかのように思えてしまう。
「・・・その時はその時ね・・・今は息子の晴れ舞台を楽しみましょうか」
真剣な表情を明るいものへと変えると視線を隼人のいる画面に移す。
◇
「お~ すげえな」
完璧な狙撃ポイントを見つけた俺は試合開始から二十分経った今でもその場でいもっている。このフィールドには絶対者がいないようで、俺としてはかなり気楽だ。
木々より少し高い丘で、戦闘している姿がよく見える。
その中でも一人の能力者が猛威を振るっており、俺の代わりに仕事をしてくれている。
誰あろう、数日前に俺を貶してきたライルさんである。
一瞬頭をぶち抜いてやろうかとスナイパーライフルのトリガーに指をかけるがギリギリで思い留まった。彼には最後の一人になるまで戦ってもらい最後の最後で俺が全てを頂く事にしたのだ。
「う~ん、それにしてもどうするか・・・」
そして現在考えている事は、ライルさんをどう倒すかである。
孤軍奮闘の勢いで敵を薙ぎ払うライルさんの周りでは、彼を狙う選手達が途中で動きを止めたり滑る事が多い。
「摩擦係数を操っているのか・・・?」
もしもそうなら相当強力な能力だ。
空気摩擦を操って相手を拘束し、地面との摩擦をゼロにして高速移動する事も可能なのかもしれない。
「ライフルじゃ厳しいか」
こいつの最大射程は約六キロ。俺の感覚をフルに使って確実に当てる事を考慮すれば二キロ程度だ。摩擦係数を操る事が分子間力を操る事と同義だと仮定すればライルさんの周囲はライフル程度では突破不可能な障壁があるはず・・・呼吸の為にある程度の隙はあるだろうが、そこを狙うのは難しい。
「終わったか・・・」
どうやら戦闘が終了したようだ。
ライルさんに倒された選手達が粒子となって消えていく。
最後の一人である俺を探すライルさんを見ながらスナイパーライフルを投げ捨てる。
「しゃーない、位階を上げなければギリセーフだろ」
あの人には少し腹が立ってたし、結果オーライかもな。
欠伸しながら丘から飛び出すとひとっ飛びに木々を超え、ライルさんから百メートル離れた地点に着地する。
そして数秒後着地の衝撃音を聞いたライルさんが木々をかき分け俺の元へとたどり着く。
「あん? てめえはあの時の雑魚じゃねえか」
俺の姿を視界に入れるや否や怪訝な顔で呟く。
「いや~ お疲れ様です。ずっと隠れていましたが、ライルさんのおかげで無駄な戦闘をしなくてよくなりましたよ」
「・・・てめえ、性根も腐ってんのか?」
怒り過ぎて額に青筋が出てるけど大丈夫ですか(笑)?
そもそも戦闘を避ける事が悪い訳がない。効率的と言って欲しいものだ。
「まあまあ、そう怒らないで下さいよ。ほら、俺達で最後みたいですしさっさと終わらせましょ?」
「まさか? 俺に勝てるとか思ってんじゃねえだろうな。雑魚のくせに思い上がりも程々に・・・」
ああ、うるせえ。
己を強者と勘違いし、数値でしか人を計れぬ愚者、見ているだけで吐き気がする。
「だったら駄弁ってねえで早く来いよ」
いい加減俺もムカついてきたので怒気を含めた声で煽る。
ライルさんは何を言われたか分からないという風に顔をポカンとした後、ようやく言葉が理解できたのか目に殺気が宿る。
「死ねッ!」
速い。
一瞬で俺との距離を詰め、右手で大剣を振りかぶる。
そして推測通り摩擦係数を操作出来るのだろう。
おそらく空気摩擦を操作していると思われるが、それによって俺の体を静止させる。頭にいくら血が上っていようと的確な行動をするのは流石だ。
俺は迫る刃を見つめながら、
――左腕を振り上げた。
「はっ・・・?」
間の抜けた声と共に大剣を握りしめた状態の右腕が宙を舞う。
強引に腕を動かしたことで摩擦により炎が空間を彩り腕の軌跡をなぞるように円を描く。
「俺に物理法則は通用しませんよ」
一瞬の停滞の後、ライルさんは地面を滑るように移動すると地面に突き刺さっている大剣を左手で掴み油断なく構える。
「・・・何の能力だ・・・?」
俺の能力を必死に考えているのだろう。
先程の嘲る様子は無く、何か得体のしれない不可解な存在を前にするかの如く額に汗が噴き出している。まさか唯の身体能力で無理矢理に動かしたとは考えられないだろう。
「行くぞ」
闘気を足に収束させる事で、地面の摩擦係数を弄られようが関係なく移動できる。
「ちッ?!」
態勢を整える為、地面を高速で滑るだけでなく木の側面を足場に飛び交うライルさんを追走する。いくら奇怪な動きをしようが、俺の身体能力の前では意味を成さない。
遂にライルさんとの距離を完全に詰める。
「しッ!」
体が宙に浮いている状態でも体を捻る事で俺の首目掛け大剣の一撃を繰り出す。
「・・・本当にもったいない。これだけの力があるのに・・・」
大剣の一撃を左手で掴むと万力を込め、粉々に粉砕する。
そのまま流れるように驚愕に目を開くライルさんの顔を右手で掴むと、地面に叩きつけた。轟音が鳴り響き、クレーターが出来る。ライルさんの姿が粒子になると、勝者である俺もフィールドから出される。
会場の真ん中、歓声を上げる観客を見上げる。
「とりあえず予選は突破だな」
本番は次だ。
ライルさんも強いんですけどね・・・世界ランクだったら30位台レベルかと。





