60話 母と父
新章開始です!(≧▽≦)
目覚めは最悪。
血が足りないせいで体は異様に重く、頭痛が鳴り響く。
「きっつぅ・・・」
目元を手で押さえながら状況を確認する。
俺の眠っていたベッドはふかふかで明らかに高級だという事が分かる。視線を回すと部屋は真っ白で、少し離れた場所に設置されている棚の中に薬が置いてあるところを見るにここは病院の一室だろうか。
怠い体を起こしベッドから立ち上がり窓に近づく。
陽が落ちかかり朱の残照が町を仄かに照らす。
どうやら施設のあった場所からかなり離れているようで町に崩壊の軌跡は見当たらない。
窓を開け放ち腕を大きく伸ばし深呼吸を一つ。
「力が足りないな・・・」
護衛対象を守る事は出来たが、それ以外の部分に関しては最悪であったと言えるだろう。
足りないのは経験か、それとも努力か、はたまた両方だろうか。
「おにいちゃん!」
幼い少女の声。
俺は振り返りその人物を確認する。
声を出す間もなく相手は俺との距離を詰めるとガシッと腰に抱き着いてきた。
「よがったぁ・・・よがったよぉ」
「どうやら心配をおかけしてしまったみたいですね。俺は大丈夫ですよ」
少女――高宮 瑠奈は嗚咽を漏らしながら必死に腕に込める力を強める。
涙と鼻水で俺の服が大変な事になっているが致し方なしと諦めよう。龍のワッペンが涙を流しているような気がしないでもないが気のせいだろう。
「起きられたのですか?!」
次いで、執事の井貝さんと高宮家長女の春香様が部屋に入室してくる。
大丈夫だと笑みを見せると、二人とも疲れが取れたように息を吐き井貝さんが頭を下げる。
「今回は本当にありがとうございました。柳さんがいなければ私達は今頃・・・」
「いえいえ、俺は当然の事をしたまでですよ、仕事ですからね。それに、もし俺がいなくても途中であった赤髪の人が何とかしてたと思いますよ」
あのおっさんが怪物を仕留めなかったのは俺が居たからだろう。つまり俺が居なかったらその時点で敵はゲームオーバーだった訳だ。次会ったときは文句の一つでも言ってやろうか。
「確かにレオン様ならどうにか出来ていたでしょう。しかし、今回私達を救ってくれたのはあなただ。柳様の雄姿は皆を奮い立たせ、絶望から救った。ですので不要かもしれませんが私からの最大限の感謝をどうか受け取って頂きたい」
「そ、そうですか。分かりました、井貝さんの感謝、確かに受け取りました」
何これ超むず痒いんですけど。
ここまで人に感謝される事なんて初めてだからくすぐったい気分になるな。
右手で後頭部を掻くと直ぐに帰る事を告げる。
「え?! もう帰られるのですか!」
「はい、体も完全に回復しましたし次の予定もありますしね」
「それは・・・残念です。もう少し休まれるかと思っていましたから。それにまだ何もお礼が出来ていませんし」
春香お嬢様と井貝さんの気落ちした表情を見て軽く罪悪感が生まれるが心の中で振り切る。報酬に関しては口座に直接振り込まれることになっているからそれで十分だ。それよりもはやくサリーに会いたいのだ! 当然まずは家に帰るが何か癒しがないと胃に穴が空きそうだ。
「おにいちゃん・・・いっちゃうの?」
おぅ・・・そんな泣きそうな瞳で見つめないでくれ。
揺れる瞳が俺の心を突き刺す。
「またすぐ会えますよ。俺が必要になった時にはいつでも呼んで下さい、必ず駆け付けますから」
「ぐす・・・うん」
迷惑はかけられないと思ったのか直ぐに俺から手を放して一歩下がる。
「ぜったい・・・また、あってね・・・やくそく!」
涙を拭い、満面の笑顔でそう言った少女は確かに天使のようであった。
俺は最後にやっと心の底から笑ってくれた瑠奈様の頭を軽く撫でると病室を後にした。
◇
「あ゛ぁ~ 疲れた」
病室を出て帰ろうとしたまではいいが西連寺さんと桐坂先輩が既にいなくなっているとは思わなかった。まさか病み上がりの体を酷使して走って帰宅する事になろうとは・・・
「ただいまー」
「お帰りなさ~い」
「本当にどうしてくれようかしら」
「助けてくれー!!」
・・・何か今おかしくなかったか?
いつも通り蒼の返事が聞こえたかと思えば次いで魔女の冷徹な声と家畜の悲鳴が聞こえた気がしたが・・・
「ごくり」
額に汗を浮かべながら喉を鳴らす。
そして覚悟を決めると勢いよくドアを開く。
「あなた・・・どうして? どうしてなの? 何で私だけを見てくれないの? メールの返信だっていつも遅いし本当は他の女と会っていたりするのかしら?」
「そんな訳ないだろ?! メールだって十秒以内には全部返してるじゃないか! 百通以上のメールを返し続けるの結構キツイんだけグハッ?!」
「口答えは許さないわ」
「あっお兄ちゃんお帰り~」
俺は静かにドアを閉めた。
あ・・・ありのまま今起こったことを説明するぜ!
俺が帰宅の挨拶をした後、蒼以外の声が聞こえ、警戒しながらリビングの扉を開くと・・・
魔女が生贄を調理していたんだ?!
魔女は生贄を縛り上げ床に転がしソファーで寛ぎながら冷徹な目で見降ろしていた。
な・・・何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何を言っているのかわからない・・・ 嘆きだとか恐怖だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・
と、悪ふざけはこのくらいにして再度ドアを開ける。
「ただいま、それより母さんと父さんは何やってんだよ・・・」
「夫の愛が偽りじゃないかを問い詰めているのよ」
「隼人! お母さんを何とかしてくれ!」
相変わらず母さんはメンヘラで父さんは叫んでいるようだ。
「・・・父さんもよく母さんの相手できるなあ」
「ふっ、惚れた者負けってやつだな」
かっこつけてる風だけど全然かっこよくねえよ父さん。
父さんは学生時代に母さんに惚れて告白し続けて苦節の果てに母さんを射止めたらしい。付き合い始めた初期は普通のラブラブカップルであったらしいが時が経つにつれて母さんのメンヘラが顔を出し始め父さんを束縛し始めたらしい。
ここで別れるかと思いきや母さんに愛されている事実に父さんは引くどころかデレデレになり数年の交際(拘災)の末ついに結婚したという訳だ。
母さんも異常だが父さんも十分異常だ。まあ、でないと毎日百通以上のメール文を返せる訳もないか。蒼が真似しない事を祈るばかりである。
「母さんがいるってことは蒼の力は何とかして貰ったのか?」
「うん、ばっちりだよ! さっき数値見たら四千になってたから、今だったら怪物にも簡単にやられちゃうかもね」
数値が下がって喜ぶのは蒼ぐらいだろうな。まあ、下がったところで怪物が蒼を殺すことはまず不可能だろうが。
「隼人は今まで何処に行っていたの?」
「仕事だよ仕事」
十六歳が言うセリフではないな。
将来は社畜になる素養があるかもしれん。ふっ号泣よろしいか?
「偉いわね、他人の為に力を使える優しい子に育ってお母さん嬉しいわ」
優しく俺を抱きしめる手は温かく心まで安らぐ。
「それにしても随分やられたわね」
次いで絶対零度を思わせる声に体がビクリと震える。
「な、何の事かな? ほら、怪我なんて一つもないし完勝してきたに決まってるじゃないか。ははは」
「よっぽど優秀な治癒能力も持った人がいたのね。でも血が足りていないのか顔色が悪いから大怪我を負ったのは直ぐに分かるわね。僅かに体が痙攣しているところを見ると武御雷様の力を使ったのかしら?」
おっふ・・・全部ばれてーら。
滅茶苦茶怖いんだけど、さっきの優しい母さんに戻ってくれないですか何でもしますから。
「これは少し鍛えなおさないといけないかしら~」
皆すまん。近々この世からおさらばするかもしれない。
次話は火曜予定





