58話 蒼の退屈
ちょい短いです。
「お兄ちゃん早く帰ってこないかな~」
つまらない。
転校した事で仲の良い友達もできたしお兄ちゃんも元気そうで私としては嬉しい限りなのだけれど、仕事が忙しいのかお兄ちゃんと会えない日が出てきた。
私より任務を優先するのは当然の事だけれどどうにもムカムカしてくる。
私は大海のように広い心を持っているから断じてこれは嫉妬ではない。
「はあ~」
溜息を吐く私に何人かが視線をうつし、男性は二度見して呆けたような表情になる。お兄ちゃんはいつも平然としているけれどこれが男性の普通の反応だ。もしかしたらお兄ちゃんは男の人が好きなのかもしれない。帰ってきたらちょっと調べてみよう。
ちょっと怖いなあ流石に中学生に手を出さないとは思うけど・・・間違って能力発動させちゃったらどうしよう。
ああ、ちなみに私は今近くの公園でブランコを漕いでいます。
え? 何でそんなことしてるのかって?
だって家に居たってお兄ちゃんの部屋でゲームするぐらいしかやる事ないし暇なんだもん。
皆はどうか知らないけど私は休日は他人と会わずに一人で気ままに過ごしたい派なのです。
「お兄ちゃん大丈夫かなあ」
お兄ちゃんは絶対に負けないけど怪我をしない訳じゃないからなあ。
・・・ああ、思い浮かぶ。
体に大怪我を負いながらも慣れない笑みを浮かべながら必死に他人を守ろうとする姿が。
家族が一番大事なんて言っておきながら目に入った人は助けようと結局動いちゃう人だから。
そうだ!
今回大怪我したらちょっと仕事を休んで貰おう。
そしたらお兄ちゃんと一杯遊べゴホンゴホン・・・お兄ちゃんのコンディションも整えられるだろう。断じて私が寂しいなんてことはないのだ!
「にゃ~」
「あれ? 猫ちゃん?」
ニヤニヤしながらこれからの計画を考えているといつの間にか足元に黒色の猫がいて私にすり寄って甘えてくる。
「わぁ! 可愛い!」
野良猫を抱かない方がいいかもだけど可愛さのあまり猫の体を優しく抱え上げて喉元をごろごろする。
月のように輝く金色の瞳を持っていて思わず見とれそうになる。
「んにゃ~」
「えへへ、ここが気持ちいのかな~」
こんな場面をお兄ちゃんに見られたら嫉妬で殺されるかもしれない。
いつも動物と触れ合いたくて仕方ないって顔してたからなあ。
「この子家に連れて帰っちゃダメかな?」
特にペット禁止なんて言われてないし大丈夫だよね。
「にゃあ!」
「あ、待って!」
突然黒猫が私の腕を振りほどいて走り始める。
「危ないよ!」
止めようと声を掛けるが全く止まる様子がない。
事故があったら大変だと追いかけ続け、終いには真っ暗な路地裏まで来てしまった。どれだけ体力があるんだよ・・・
「捕まえた! もう、危ないでしょ!」
「ふう! ふう!」
「どうしたの?」
ようやく捕まえたが、どこか様子がおかしい。
耳を前にピンと立て威嚇をするような声を出している。
そして一心不乱に路地裏の奥を見ているのだ。
「一体何を見て――」
目を向けたそこには不自然に空間に罅があった。
誰もが知る怪物が出現する前兆。
罅は徐々に大きくなり、中から一体の怪物が現れる。
怪物には三つの首があった。
躯体は犬に似ているがその大きさは戦車ほどで全く比べ物にならない。
口から見える巨大な犬歯は私の腕より更に大きくそれでいて凶悪な鋭さを併せ持つ。
赤い眼光は今にでも私を噛み殺そうと殺意が溢れ出し、常人であれば失神してしまうだろう。
「・・・」
しかし、私の抱く感情は恐怖でも嘆きでもなかった。
ただただ純粋な――悲しみだ。
「猫ちゃん・・・少しごめんね。見て欲しくないから・・・」
猫ちゃんの目を右手で覆う。
私は立ち上がると一歩ずつ怪物へと歩みを進める。
「ごめんね・・・あなたは死ぬために生まれた訳じゃないのに」
怪物は私を警戒しているのかその場を動かない。
コツンコツンと歩き続け、私は怪物に触れられる距離まで近づいたところでようやく止まる。
「あなたに知能はある? 私の言葉が分かる? 分かるならお願い。帰って・・・」
「グラアアア!」
私の願いは届かず、怪物の顔の一つが口を開き私を殺そうと迫る。
「・・・ごめんね」
そして、
――怪物の首が消えた。
「「ギャァアアアアアア!」」
傷口からは血が溢れ出し、雨のように私に降り注ぐ。
服は赤く染まり、ほどけた髪が濡れて垂れ下がる。
残った二本の首が絶叫を上げて私の鼓膜を揺らし、瞳には先程以上の殺意と共に僅かに恐怖の感情が見て取れた。訳も分からず己の首の一つが消えたのだ、理解できないものを相手にする以上の恐怖はないだろう。
「せめて痛くないようにすぐ終わらせるから・・・いただきます」
私はこの力が嫌いだ。
他人の力をものともせずに、全てを否定するように軽々と喰らい殺すこの力が。
・・・
私は猫を抱いたまま家に帰る。
血で濡れた服や髪は全て血だけ消したので元の姿に戻っている。
「・・・行こっか」
「にゃ~」
私を慰めているのか、顔をぺろぺろと舐めてくる。
「ふふ、可愛いね。ありがとう」
怪物がいた路地裏は、血肉が飛び散り、壁は赤く染まって地面には血溜まりが小さな海を作っていた。
◇
「ただいま~」
ようやく家に着くと疲れた声で挨拶をする。まあ、誰もいないんだけど。
『お帰りなさい』
「え?」
返ってくるはずのない返事に驚き、私は急いでリビングに向かう。
「ふふ、帰って来たわよ」
「助けてくれー!!」
そこにはソファーでコーヒーを飲みながら微笑むお母さんと縄で縛られお母さんに踏まれているお父さんの姿があった。





