55話 井貝の驚愕
急いで書いたのでちょっとおかしいところがあるかもです。
これは現実なのだろうか。
腕が粉砕し激痛が走る今でも目の前の光景を信じる事の出来ない自分がいる。
数分前から始まった激闘に誰もが目を離せないでいる。
数分前に巻き戻る。
鬼の攻撃で死ぬはずだった私の前に颯爽と駆け付けた彼は鬼を蹴り飛ばした。
「なぁッ?!」
何が起こったのか分からなかった。
柏木さんの顔に鬼の拳が叩き込まれたと思った瞬間には柏木さんではなく何故か鬼が吹き飛ばされていた。
彼は探知系の能力者だったはずだ、それがどうして怪物を吹き飛ばして・・・
思考が混乱する中、柏木さんは状況を確認するように施設の方に目を向けた後、怪物達に視線を戻し奴らを一瞥する。
「あんまり柄じゃないんだが」
そんな呟きと共に柏木さんは上着を脱ぎ棄てる。
同時にシャツに埋め込まれている紋章に私は目を見開いた。
「そ、その紋章は・・・!」
龍の紋章。
その意味を知らない人はおよそこの日本には存在しないだろう。
国を守護する日本最強の能力者達――特殊対策部隊を示す紋章。
全ての人々の希望の象徴でもあるそれは猛々しく煌めく。
「特殊対策部隊所属、柳 隼人。現時刻より敵を掃討します」
彼は振り返り恐怖に震える人達に笑みを向け軽い調子で語り掛ける。
「安心して下さい。まあ敵もそれなりに厄介ですので十分程掛かってしまいますが、皆さんに危害は加えさせませんから」
何故だろうか。
強敵、それもSランク級の怪物であろう存在が複数体いる絶望的な状況の中で彼の言葉を聞くと不思議と心が落ち着く。
彼――柳 隼人は私達に背を向けると絶望へ向けて怯む様子もなく悠然と歩きだした。
◇
私は今から始まるであろう戦いの前に素早くその場から離脱する。
体を動かし何とか施設に向かう途中で同じように施設へ向かう岩谷さんに合流した。
「岩谷様! 大丈夫だったのですか!」
「ああ、何とかな。攻撃を受ける寸前で全エネルギーを防御に回して正解だったぜ。まあ、それでも幾らか気を失っていたようだが」
「それでも無事でよかったです」
岩谷さんに肩を貸してもらいながらようやく施設に到達した。
結界の中には入らずその手前で治療を受ける。
理由としては、柳様が戦闘するにしてもこの場で皆様を守る存在がいた方が彼も戦いやすいと思ったからだ。
砂を操作し、この場に残っている人たちの周囲に漂わせることでいつでも防御可能な状態にしておく。
『井貝の馬鹿ぁ! 死んじゃうかと思ったんだから!』
『うぐっ、ぐすっ・・・』
結界の中からお嬢様方の泣き声が聞こえる。
こちらに飛び出してきそうな勢いだが、何とか護衛の方々が止めているようだ。
後でキツイお叱りを受けそうだ。
怪物達と柳様は睨み合い両者ともに動かない。
「あの坊主がまさか特殊対策部隊の一員だとは思わなかったぜ。どうだ、井貝から見て勝算はあるように見えるか?」
「いえ、おそらくですが彼は時間稼ぎが目的なのではないでしょうか」
私は何名かの特殊対策部隊の戦闘員を知っている。
有名な方で言えば金剛様だろう。有無を言わせぬ絶壁で以て敵の攻撃を完封する姿は圧巻だ。
しかし、そんな彼等でもSランク級の怪物相手では一体相手どるのが関の山だ。
それも今回は一体ではない。よって柳様は敵を倒さず時間を稼ぐことで仲間の救援を待っているのだと考えられる。
そして遂に状況は動き出す。
柳様目掛け瓦礫の山が降りかかる。
それを拳一つで薙ぎ払うと同時に先程蹴り飛ばされた鬼が轟音を鳴らしながら着地する。
(先程よりも更に強くなっている?!)
その身に纏う気のようなものが膨れ上がり心なしか体も大きく膨張して見える。
ここからでは聞き取れないが鬼は激昂しながら腕を突き出す。
それに対して柳様はその場から動く気配がない。
(気押されてしまったのか・・・!)
「避けてください!」
必死に叫ぶが既に時は遅い。
鬼の拳は柳様を貫き・・・
「へ?」
誰もが幻想した光景は純白の光と共に裏切られる。
柳様の髪が白に染まり、彼を取り巻くように純白のオーラが揺らめく。
劇的な変化の後、彼は必殺の一撃を右手のみで受け止めたのだ。
それからの戦闘は正に英雄譚の世界を覗き見ている感覚であった。
体を芸術のように操り、多対一にも関わらずそのハンデをものともせず互角以上にぶつかり合っている。彼の動きに魅入られいつの間にか誰もが口を閉ざしていた。
「彼は一体何者なんだ・・・」
誰の呟きかは分からないが、ここにいる誰もが同じことを考えていた。
・・・彼は最早人間の域を超えている。
「特殊対策部隊ってのはどいつもこいつもあんなに強いのかよ」
そんなはずはない。
彼等も超一流の実力者ではあるが、まだ理屈が通用する存在だ。
一撃でSランク級の怪物の攻撃を吹き飛ばし、それに留まらず反撃まで同時に行う彼と比べれば一段劣る。
・・・一つ、彼を表せる言葉がある。
「・・・絶対者」
理外の現象を引き起こし、Sランク級の怪物を数体同時に相手どれる人類を代表する八人の能力者達。
ある者は山を両断し、ある者は時すら操ると言われている人間の域を超えた者達だ。
「全く・・・当主様はどのようにして彼を任務に引き込めたのか・・・」
いや、当主様でも彼のような存在は計算外なのかもしれない。
柳様が未だ絶対者に名を連ねていない事を考えると、表舞台に足を踏み出したばかりだという事だろう。
おそらく他の者であれば、彼でなければ今頃私達は皆殺しにされ瑠奈様は敵に奪われていたに違いない。
これが運命だというのであれば、私は神に最大限の感謝を送ろう。
このまま倒してしまうのでないかと思ったが、極光の一撃がその短絡的な考えを霧散させる。
半身が機械と融合している怪物が放った一撃。
雷光を伴い放たれたそれはまるで豆腐の様に建物と結界を貫くと遠方の山すら焼き消した。
「・・・あんなの、一体どうすれば」
流石の柳様もこれには動揺したのか左手を開いて顔を覆っている。
当然だ、山を焼き消す程の一撃を見て動揺しない人などいないだろう。
しかし、左手を顔から離した柳様の表情に自分の見解が間違いであったと気付くと共に、体全身を戦慄が駆け巡った。
――で、だからどうした?
無表情に吐き捨てる柳様の姿は一瞬にしてその場の空間を制圧した。
次回『極致』お楽しみに。
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久しぶりの他視点ですが、もっと増やした方がいいですかね?





