49話 アーベル・レオン
怪物との戦闘中に突如現れた赤髪の男。
緊張感も何もない自然体で戦場を一瞥する。
(まさかこのタイミングで新手が出るとは)
俺の感知をすり抜けてこの場に来たことを考えれば赤髪の人物がかなりの実力者であると予想出来る。
一つ救いがあるとすれば彼が怪物たちの仲間ではないという事だろうか。先程から鬼が警戒して全く動いていない。
「S級が二体に他にも嫌な視線を感じるぜ。何か狙われてんのか?」
そう言った男は防音壁から降りると音も無く着地する。
「それでもう一度聞くが俺の力が必要か坊主?」
「・・・力を貸していただけるならありがたいですが・・・」
敵か味方か分からない人物に頼ってもいいのか?
それに周りの反応も気になる。
護衛の人達に限らず井貝さんまでもが目を皿のように丸くして、ありえないものでも見るように赤髪の男を凝視している。
もしかして有名な人なのだろうか。
◇
「ふふ・・・はははははは! 最高だぜ! てめえとは一度殺り合いたかったんだよ! 絶対者、アーベル・レオン!」
酒呑童子の叫びに赤髪の男――レオンは僅かに笑みを向ける。
「身の程を知れよ雑魚が、お前では力不足だ」
レオンが一歩踏み出し――
酒呑童子の横を通る。
「ッ?!」
警戒はしていた。
一度たりとも目を離さず、レオンが動くであろう行動を予測した上で構えていた。
その上で、あらゆる予測をぶち破り己の横に立つ人間に酒呑童子は震慄し、一瞬反応が遅れた。
「まずは様子見だ」
レオンの左手が掻き消える。
およそ様子見の攻撃とは思えない破壊力を秘めた剛腕が酒呑童子を襲った。
それに対し一瞬後れをとったものの、恐るべき反射神経で腕を動かしレオンの攻撃を防御する酒呑童子。
しかし、攻撃を完全に受けきる事は出来ず、衝撃が自身を襲う。
「チッ、舐めてんじゃねえぞ!」
一瞬で景色は吹き飛び相当遠くまで飛ばされるが、空中で体を反転させた酒呑童子は地面に着地するとともに足に闘気を集約させ、一気に開放する。
その爆発的な勢いでレオンとの距離を一気に縮めその憎らしい頭を左手で掴む。
そしてそのままレオンの頭部を防護壁に叩き込むと、それに沿うように疾走する。
ギャギャギャ!と金属が擦れるような音と火花が散る中、苛立ちの籠った声が響く。
「気安く触れてんじゃねえよ」
その直後、レオンの拳が下から振り上げられ、酒呑童子を捉える。
拳が酒呑童子を撃ち抜くと共に衝撃が周囲に伝播し、建物のガラスが割れ町に降り注ぐ。
幸い戦闘音が鳴り響いていた事で既に周囲に人の影は無く負傷者はいなかった。
「ガハッ?!」
レオンの一撃をまともに食らった酒呑童子は地上からでは視認する事が難しい遥か上空に打ち上げられる。
拘束から抜けたことで空中に放り出されたレオンはそのまま空中で数度回転し、勢いを完全に殺したところで地面に軽く着地する。
「あーあー、この服新品だってのにボロボロになっちまったじゃねえか」
不貞腐れるようにそう愚痴る。
確かにレオンの服はボロボロにはなっているが、その身には何一つ傷は無く、酒呑童子の攻撃が全く効いていない事実を表していた。
絶対者――それは人の域を超えた超上の存在だ。
曰く、単騎で複数体のSランク級の怪物を屠る力を持つ。
曰く、概念すら打ち砕く非常識の塊である。
曰く、その力は神にすら届く。
そのあまりの力に国は彼等の制御を諦めた。
人の域を超えた絶対者には法律は通用しない、人の手で制御する事など到底不可能なのだ。
彼等を裁くのは同じ絶対者にしか叶わない。
国が出来る事はただただ彼等を怒らせない事のみ。
理外の怪物である絶対者の数は現在八人。
そして現在。
絶対者の一人、アーベル・レオンがこの場に存在していた。
これが示す回答は一つ。
怪物の敗北のみである。
◇
「・・・つっよ」
いやいや化け物かよあの人。
酒呑童子を圧倒してるぞ。
いや、あんな怪物に対して曲がりなりにも戦闘になっている酒呑童子を誉めるべきか。まあ、それも大きなハンデ付きではあるが。
レオンさん? とか言う人はこちらを気にして実力が全く出せないでいる。
本来であれば既に敵は捻り潰されているだろう。
ここはあの人に任せて俺達は早く目的地に移動すべきだろう。
俺は目の前の戦闘に魅入られている井貝さんの元へと素早く移動する。
「井貝さん、ここはあの人に任せて俺達は移動しましょう。どうやら俺達がいる事で本気を出せていないみたいですしね」
「そ、そうですね。まさか絶対者が手を貸してくれるとは」
未だこれが現実なのか軽く頬を摘まむ井貝さん。
そんなにあの人って凄い人なのか・・・ちょっと興味が湧く。
「皆さん! このまま目的地に移動します! 私の砂に乗ってください!」
井貝さんの指示でやっと現実に意識が戻ってきた護衛の人達が砂の上に乗り始める。
その間俺は車に取り残されている高宮姉妹の元へ。
ドアを開けて車内を覗き込むと、案の定二人は瞳に涙を浮かべて互いに抱き合っていた。
・・・うん、そりゃそうだわ。外で世界の終りみたいな戦闘音が響いてりゃこの年で怖くないはずがない。
「お嬢様方、もう大丈夫ですよ。とんでもなく強いヒーローが来てくれましたからね。危険は無いも同然です」
怖くない様に出来る限り柔和な笑みを心掛け話しかける。
恐怖に声すら出ないのか二人は僅かに俺に目線を向けると、少し安心したように肩が下がる。
「ちょいとすみませんね。今は急ぎなので」
「「ひゃあ!」」
二人が多少落ち着いたのを確認すると、二人の体を優しく抱え上げて車から脱出する。
そのまま俺が井貝さんの砂に乗る事で準備は完了だ。
「それでは行きます!」
井貝さんが砂を操って移動を始める。
俺はレオンさんに目を向ける。
すると彼も俺を見ていたようで俺達の視線が交差する。
――また会う時は存分に闘おうぜ。
彼の視線にはそんなありがた迷惑な意思が込められていた。
勘弁してくれよ。
次回はレオンの戦闘シーンです。
明日にはあげたいなあ。
面白いと思って頂けた方はブクマまたは下の☆ボタンを押していただけると作者が元気が出ます(*´▽`*)





