48話 三大妖怪
現場に緊張が走る。
突如乱入してきた鬼。その力は未知数で、どのように対処すればいいかも分からない。
ただ、分かっている事がない訳ではない。
――こいつは喋る
意思を持ち行動する怪物。
今までにもそういった事例は見られてきたが、その殆どがSランク級の強大な怪物として多くの能力者を屠ってきた。
つまり、目の前の鬼もそれら――国を相手取る殺戮の権化達と同等であるという事に他ならない。
その事実がこの場に居る全員の動きを止めてしまう。己の行動一つが数秒後の生存を左右するのだ、慎重にならない方が難しい。
「おいおい何ビビってんだよ、お前等が来ねえなら俺から行くぞ!」
俺達の様子見に痺れを切らした鬼が膝を曲げ前傾姿勢を取る。
(来る!)
次の瞬間、怪物の体がぶれ、鬼の足元の道路が大きく陥没する。
「まずは一匹!」
俺達の意識を置き去りにして護衛の能力者の眼前に移動した鬼は軽く腕を振り上げ、唖然とする護衛の顔目掛け一気に振り下ろす。
死を目前にして尚、護衛の能力者は動けず、迫る腕をただただ目で追う事しか出来ない。
ドゴンッ!
と空気を震撼させるほどの強烈な一撃が叩き込まれ、高速道路に巨大な穴が空く。
「あん?」
鬼が眉を寄せる。
確実に目の前の相手を叩き潰したはずが、手には肉を抉る感触が無かったからだ。
そして周囲を一望すると、空中に砂に掴まれて浮遊する人間の姿があった。
「へえ、面白れえじゃねえか!」
自分の速さを視認出来た者がいる事に鬼はその表情を喜色に染め後方に振り返る。
そこには額に汗を流しながら右手を突き出し砂を操る井貝さんがいた。
「気に入って頂けたようで何よりです。あなたの相手は私達が務めましょう。如何に強大な怪物であろうとも、これだけの能力者を前に生きて帰れるとは思わぬことです」
そう言い放ち、薄く笑みを浮かべる。
目の前の怪物が自分の手に余る者と知りながら一歩も引かぬその姿は確かに執事の鑑ではあるが、相手が悪い。
敵は物理法則すら無視する慮外の怪物だ。
如何に井貝さんが優れた能力者であろうと目の前の怪物に対処する事など到底不可能。それは残りの能力者全員を合わせても変わらない。
だからそんなイレギュラーに備えて俺みたいな存在が任務に紛れている訳だが・・・こちらも無理に手を貸せない状況となっていた。
(おいおい冗談キツなおい・・・)
誰も気付いていないようだが、敵は一人じゃない。
俺達のすぐ傍に姿は見えないが明らかに何者かが存在している。
それもそこにいる鬼と同等の力を持った存在だ。
Sランク級が群れるなんて例は聞いたことがない。
しかし、今この状況を見れば二体の怪物が協力し、鬼が戦況をかき乱し、その隙を狙ってもう一体が高宮 瑠奈を攫おうとしているとしか思えない。
「ちっ!」
これが単なる討伐任務であれば目の前の怪物を叩き潰して終わるだけだが、今回は護衛任務だ。
今は不可視の敵に対して殺気を向ける事で牽制しているが、ここで俺が動き鬼と対峙したら最後、護衛対象である高宮瑠奈は攫われ、最悪その姉である春香は惨殺されるだろう。
不可視の怪物のみならず第三、第四の敵がいるとも限らない状況を考えるとどうしても俺は動くことができない。
「どうすればいい・・・」
誰かを守りながら戦う経験が少な過ぎるためか、どうすればいいかが分からない。焦りが徐々に積っていく。
そんな俺の焦りを他所に戦いは苛烈さを増していく。
鬼の拳を井貝さんが防ぎ、その隙を狙って他の能力者達が攻撃を仕掛ける。
その中でも電撃使いの男性が群を抜いた破壊力で鬼にダメージを与えている。おそらくあの人が能力数値十万越えの猛者だろう。
「ははは! いいじゃねえか! 悪くねえなおい!」
鬼は狂った様に笑う。
それははたから見れば何とも可笑しな光景だった。
無傷のはずの能力者達は徐々に顔を曇らせその額に汗を浮かべるのに対し、その体に傷を負っている鬼は攻撃を受けるのに比例し、その闘気を増してより凶悪な存在へと変化していく。
「畳み掛けましょう!」
その様子に何か危険を感じ取ったのか、井貝さんが皆に呼びかけ鬼に何もさせずに殺そうと一斉攻撃を仕掛ける。
井貝さんの砂が鬼の動きを封じる様にその周囲を囲い、それ目掛けて能力者達が攻撃を放つ。
一斉に放たれる事で鬼への着弾と同時に大爆発が起こり、砂塵が巻き上がる。その威力はAランク級の怪物であっても重傷は免れないほどの破壊力を秘めていた。
爆風を右手で遮りながら鬼の生死を確認しようとするも、その姿はまだ確認できない。
「警戒して下さい! まだ相手が倒れたとは限りません!」
安心して一息つく数名に対して井貝さんが注意を呼びかける。しかし、多少その顔色が良くなっているところを見るに、井貝さんも相手が死んでいると半ば確信しているようだ。
甘い、甘過ぎる。砂糖を煮た物に更にサトウキビを投入したレベルの甘さだ。
――その程度の攻撃で死ぬならどれほど楽か。
『もう遊びは止めるか』
そんな呟きと共に砂塵が闘気によって吹き飛ばされる。
晴れた場所には今もなお健在の様子である鬼が仁王立ちで腕を組んでいる。
あれほどの攻撃でも全くダメージを与えられていないという事実に全員が戦慄の表情を浮かべる。
俺に動揺はない。
この結果は初めから分かり切っていた。Sランク相手にいくら大人数で攻撃を重ねたところで意味はない。
蟻がいくら頑張ったとしても象を仕留める事が出来ないのと同じだ。いや、仕留める事は出来るかもしれない。しかしそれは蟻が数万、数十万と集まってようやく少し可能性が見えて来るものだ。
それと今の状況は何ら遜色はない。
それがSランク、国を亡ぼす力を持つ怪物なのだ。
「いや~ 中々に楽しめたぜ。丁度いい準備運動になったぜ」
鬼は己の腰に下げられている瓢箪を手に取り口元の栓を外して口元へと運ぶ。
(戦闘中に何やってるんだ? 酒でも飲んでんのか・・・いや、待て・・・酒だと)
嫌な予感がする。
酒と鬼。確か昔の日本にそんな奴が・・・
俺の予感を肯定するように鬼の闘気が一気に膨れ上がる。
そのあまりの変化に俺は目を開き、臨戦態勢に移行する。
護衛だなんだと言っていられる余裕が完全に消え失せた。
これはもう・・・俺が出ないと無理だな。
そして奴についてもようやく思い出した。
「酒呑童子」
「お? 俺の事知ってる奴がいんのか」
鬼は俺の言葉を肯定する。
日本の三大妖怪である玉藻の前、大嶽丸と並ぶ伝説上の鬼。数多の鬼を従え、人々を恐怖に陥れた最恐の一角で、その特性は酒を飲めば飲むほど自身を強化するというものだ。
ただの鬼ではないと思っていたが、まさかこれほどの大物だとは・・・
スキンヘッドのフラグが余程立派であったのかもしれん。これが終わったらラーメンでも奢ってもらおう。
一か八か、完全に守り切る事は難しいが、護衛対象を守りながら敵も倒す。一瞬の油断も許されない。
「ま、俺の事を知ってようがいまいが関係ねえけどな」
酒呑童子が俺目掛け突進してくる。
大丈夫だ、相手の動きはちゃんと見える。服部さんのスピードと比べればなんて事はない。
距離は一瞬で縮まり、あと一歩踏み出せば奴の拳が俺に当たる距離。
そして一歩踏み出す・・・と共に、奴は後方に大きく後退した。
(は? 何で後退して・・・)
「よう坊主、俺の力が必要か?」
今日何度目かの驚愕に、肩を少し震わせる。
(ありえない・・・俺の感知をすり抜けてきたって言うのか?!)
声のした後方へと勢いよく顔を向ける。
そこには燃えるように赤い髪を風に靡かせた一人の男が防音壁の上に優雅に座っている姿があった。





