38話 加速
服部視点。
「柳君、少し下がってください――そいつ殺すから」
私は殺気を含めながらそう言い放つ。
柳君の能力は身体強化、この空間全域を攻撃できる程の火力はおそらくないだろう。
ならば少しでも可能性のある私がやるしかない。
「いやっ、ですが・・・」
戸惑うような声でこちらに振り返る柳君に私は笑顔で答える。
「大丈夫。私が何とかするから、巻き込んじゃうかもしれないから、少し下がってて。」
今からは、柳君の事を意識しながら戦う余裕なんてないから。
「加速」
いつもの光景だ。能力を発動すると同時に世界がスローモーションに映る。誰もが私の速度に追いつけない。
私の能力【加速】は、あらゆる対象、事象を加速させる力を持つ。
対象に触れてさえいれば、その者の死期さえ加速出来るが、それでも死ぬまでにかなりの時間がかかるので残念ながらあまり実用性はない。ただ、言い返せば、時間さえあれば相手を確実に殺すことは可能だという事だ。
つまり私の能力は相当に応用力が高い。
(何処から潰そうか)
柳君があれだけ破壊して今もなお焦る様子すらなく余裕の笑みを浮かべているという事は、怪物の核はここにはないと見た方がいいだろう。
森に目をやるとそちらに小石を軽く蹴り飛ばす。
それは加速しながら真っすぐに突き進む。
数秒で音速に達し、眼前の木々を貫くに留まらず、その周囲も巻き込み吹き飛ばしていく。
「ヌッ!」
怪物が驚愕の声を漏らす。先程の余裕が僅かになりを潜めた。
核があると自分から弱点を晒すなど、私達を舐め過ぎだ。
その傲慢が貴様の敗因だ。
私は久方ぶりの本気を出す。
「世界最速の力を見せてあげる」
刹那の間、私は数十キロを走破する。その際生じた風圧で、木々は半ばから倒壊し巨大な空白地帯が作られる。
初速からこれほどのスピードが出るのだ、怪物には突然消えたように見えただろう。
私は止まらない。
一歩踏み出すごとに加速していく。
もっと、もっと速く!
この空間全てを一瞬で踏破出来るまで!
「小娘ガァア!」
新たに六体の怪物が地面から這い出る。
(厄介だな。無視して増え続けられても面倒だし、一度一掃しよう。)
左右の短剣を順手持ちから逆手持ちへと変える。
「百花繚乱」
音速を優に超える連撃が咲き乱れる。
眼前の敵は六、その全ての躯体が一拍おいて、ようやく己が切られた事を自覚したようにあらゆる部位がずれ始める。
「くッ!」
あまりの速さに体が悲鳴を上げ始める。
確かに私の能力は誰かに止められない限り加速し続ける事は可能だが、その速度に体がついていける訳じゃない。
(そろそろ決着をつけないと死ぬかも・・・)
この速度で移動すればどんな小さな物体であろうとぶつかるだけで大きなダメージとなる。今現在までその全てを短剣で凌いできたが、最早、大気が私にダメージを与え始めている。
私の体よ、もう少し、あと少しだけ持って。
「先程カラチョコチョコトッ! イイ加減鬱陶シイワ!」
枝が集まり巨大な壁となる。
それで薙ぎ払われれば私も回避する事は難しいだろう。
しかし、こちらの準備の方が先に整った。
今私の出せる最高速度に達する。
この状態は数秒と持たないが、一瞬あればそれだけで十分だ。
「三千世界!」
空間全体を銀閃が駆ける。
雑草一本、その細部に至るまでゆっくりと切れ目が入る。
パキッ、と何かに罅が入る音がした。
「バ、馬鹿ナ・・・」
その音は止まらず徐々に増していき、数秒後、ガラスの割れるような音が空間全体に木霊した。
「かはっ!」
口から血を吐く。
もう体が限界だ。立つ事さえ億劫で、視界がぼやける。
(でも、感触はあった)
確実に核を破壊した。
これで奴も倒れるだろう。
「グアアアァァァ・・・・・・ァッハハハハハ!」
しかし、核を破壊されたはずの怪物は笑う、嘲笑う、嗤う。
至る場所から顔が浮かび上がり、絶望の狂想曲を奏でる。
その体に崩壊の兆しは一向に現れない。
「イヤハヤマサカ儂ノ核ノ一ツヲ破壊サレルトハ思ワナカッタ」
その言葉の意味に気付き、目を大きく開く。
「はは・・・」
乾いた笑い声が漏れる。
――反則だ
まさか核が一つではないとは・・・
どうやら私は常識に囚われていたらしい。
もう諦めたい。憂鬱が私の心を支配する。
何をしても無駄だと。
いっそのこと自害した方が楽ではないのかと。
手に持つ短剣が異様に重く感じる。でも・・・
(彼を、柳君を死なせる訳にはいかない。)
限界を超えて震えだす体を無理矢理動かし、短剣を構える。
彼の力は今後の部隊には必要不可欠なものだ。
こんなところで終わっていい存在じゃない。
今まで何度も仲間が死んでいく姿を見てきた。
その中で必要だったものは私の速度ではない。いくら仲間を助けても、それを幾度も繰り返すのは限界があった、そして最終的に皆死んでしまうのだ。
必要なのは圧倒的理不尽を跳ね返す程のパワーだった。
それに、彼をスカウトしたのは私だ。
彼を守り通す義務がある。
(私が死んだら皆は泣いてくれるだろうか)
泣いてくれるだろう。
菊理ちゃんや萌香ちゃんは前の隊員が死んだ時のように号泣するだろう。
先輩方は人前では泣かないから家に帰ってから一人静かに泣くに違いない。
再度加速しようとする、
「先輩、ちょっと休憩して下さい」
が、いつの間にかこちらに近づいていた柳君がそう私に声を掛けた。
「後は俺がやりますから、先輩は膝枕の予行練習でもしてて下さいよ。」
「はぁ、はぁ・・・柳君には無理ですよ」
だから下がっていてくれ。
そう言おうとするも、柳君が私の肩を軽く押し尻餅をついてしまう。
「な、何を・・・」
「ほら、もうボロボロじゃないですか。大人しくしといて下さい。ああ、それと服部さんって普通に喋る事も出来たんですね」
「こんな時に何を・・・」
まったく、絶望的状態だというのに柳君には緊張の色が少しも見えない。
「じゃ、まあそういう事で」
そう言うや否や、怪物に向けて歩いていく。
その姿があまりにも普通で戦場に似つかわしくなかった為、あっけにとられこちらの動作が一歩遅れる。
「ちょっ! 待って! くッ」
足が思うように動かない。
限界だとは思っていたが、柳君に押されたのがとどめとなったようだ。
「随分ト楽シメタ、貴様等ハモウヨイ、疾ク去ネ」
無数の枝が伸び柳君を巻き取っていく。
(何で抵抗しないの!)
にも関わらず柳君は一切の抵抗を見せない。
そのまま全身を枝で覆われてしまい徐々に絞められていく。
「カカッ! 儂ニ勝ツ事ヲ諦メタカ! 何トモ不甲斐ナイ奴ヨ!」
いけない!
柳君が死んでしまう!
「柳君! 今助けに――」
「太陽神」
静かな呟きが聞こえた。
それと同時に生じた眼前の光景に・・・私は声を失う。
柳君を拘束していたはずの枝が消え去る。
大気が揺らぎ、大地が悲鳴を上げる。
それが何かは分からない。
ただ、私にはあらゆる存在を絶滅させる太陽に見えた。
ようやくニ神目ですね。
次話は土曜の朝6時。
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