36話 調査チーム
光が収まると、俺は目を開き状況を確認する。
そこは洞窟ではなかった。
地面から無数に生えている草木、どこに目をやっても緑で埋め尽くされていた。
端的に言えば、そこは森であった。
「「・・・ええぇ・・・」」
思わず漏れた困惑の声が重なる。
隣に目をやると、同じようにこちらを見やる服部さんと目が合った。
「ああ、柳君。ちょっとほっぺ抓ってくれません。どうやら私幻覚を見せられているみたいっす」
「奇遇ですね。俺も幻覚見てるんで俺の頬も抓ってください」
お互いの頬を軽く抓る。
・・・うん、痛い。残念ながら幻覚ではないようだ。
「おかしいっす。私達さっきまで洞窟にいませんでした?」
「それが、キマイラの死体の近くに小さい玉があったのですが、それに近づいたら突然光り出したので、おそらくそれが原因ではないかと」
「成程、罠に嵌められた訳っすね。いや、どうもおかしいとは思ってたんすよ。明らかに強者の匂いがするのに相手がただのキマイラだったっすから。・・・これからが本番というわけっすね」
「え? ああ、俺もそう思ってました」
嘘だろ。普通にキマイラで終わりだと思ってたんだが。
これが経験の差と言うやつだろうか。
それにしても、まさか強制的に転移させられるとは・・・
後の二人は一体何処だ? 違う場所に転移させられたのだろうか。
「う~ん、二人と本部の両方に連絡がつかないっすね」
「そうですか・・・とりあえず二人を探す意味も込めて探索します?」
「そうっすね、何が起こるか分からないので、お互い離れないようにだけはしときましょう」
「了解です」
俺達は周囲の警戒をしながら前方へと進んでいく。
しばらく歩くが、どこもかしこも異常に堅い木が連立しており、怪物の一体すら見つからない。
それに、食料と水の問題だ。日帰りの任務であった為、携帯しているものはかなり少ない。尽きるのも時間の問題であった。
「お? なんか見えるっすよ!」
そんな中、服部さんの喜声が聞こえ、彼女の指さす方向に視線を向ける。
その先には少し離れた地点ではあるが、小さなテントが立てられていた。それも一つや二つではなく十は超えるであろう数だ。
お互いに顔を合わせ少し微笑む。
誰か人がいるかもしれないとその場所に向け、俺達は早足に移動した。
・・・
「誰かいるっすか~」
数十分後、俺達はテントのある地点に到着した。
服部さんが声をかけるが一向に返事がない。
別の場所に移動している最中なのかも、と思いながらテントの中を確認していく。
(誰もいないな・・・)
多少の食料があればと期待したが、少しも残っていない。
これは誰か帰ってくるまで待つべきかと考えていたところ、五つ目のテントにてようやく人を発見した。
「大丈夫ですかッ?!」
しかし、その人物は倒れていてとてもまともな状態には見えない。
すぐに駆け寄りその様態を確認する。
(・・・死んでいる)
しかし、脈は既になく、完全に息絶えていた。
「その人は調査チームの人みたいっすね。資料にあった人物と一致するっす。他のテントも見てくるっす」
生きている可能性は低いと考えていたが、やはり目の前にすると何かと思う事がある。
「それにしても、何にやられたんだ・・・」
死んだ男性の体には左腕がなかった。
それは噛み千切られたというよりも何かに穿たれたような傷跡だ。
この場所に転移する前の、洞窟内での怪物の仕業かと考えたがこんな攻撃をするような者はいなかったはずだ。
「他に何か・・・うん?」
そこで男性が右手に手帳を握っているのに気付く。
あまりに強く握られているため手帳は大きくひしゃげていた。
俺は遺書か何か状況を記したものだと思い、彼の手から手帳を取り出し、中身を確認する。
『 調査一日目
洞窟内には、自然界には存在しないであろう植物が多数散見された。
サンプルとして持ち帰り、研究機関に提出する予定だ。
また、怪物も普通では考えられない多数が襲い掛かってきたが、その殆どがEないしはFランクの怪物であった為、掃討にはあまり時間はかからなかった。』
これは俺達と同じだな。
一日目は無事だったという事は、洞窟への侵入が転移の条件ではないという事だろう。
彼等もキマイラとの闘いの後この場所に転移したのだろうか。
疑問に思いながら次のページをめくる。
『 調査二日目
一度洞窟を抜け、体勢を立て直した後、再度洞窟内へと向かった。
昨日と変わり映えしない状況が続くが、洞窟の最奥にて不思議な扉を発見した。
警戒しながらその扉を開くも、突如として眩い光が我等を包み、気付いた時には洞窟ではない場所に転移させられていた。
そこは洞窟とは打って変わり、周囲が木々に囲まれた森であった。
外との連絡もつかず、出口らしきものも見つからない。
取り敢えず本日は拠点を確保し、明日から本格的な探索を始める。
前方にある巨木に何かあるかも知れない。 』
どうやらキマイラとの戦闘はなかったようだ、ならばあの扉が転移の条件か。
何故俺達はキマイラとの戦闘になったんだ?
「他のテントも見てきたっすけど誰もいなかったっす・・・柳君それ何っすか?」
服部さんがテントに戻ってくる。
「この男性の調査記録みたいですね。ここに何か手掛かりがあるかも」
「ほう?」
服部さんは興味深そうに声を漏らすと、隣から顔を出し、中身に目を通す。
「ああ、これに書かれている通り、目視っすけど一キロ程先に凄い巨木があったっす。たぶん数十から百メートルはあるかと」
「それは確かにでかいですね。この場所特有のものだったりするんでしょうか」
その巨木に行ってみようかと思いながら次のページを開こうとする。
「ん?」
しかし、何かが貼り付いているのか上手く開かない。
少し力を込めると少し破れながらも開くことが出来た。
そのページは、血にまみれていた。
『 一体あれは何なんだッ?!
あれは木などではなかった・・・一体の怪物であったのだ!
あれにはどのような攻撃も意味を成さない。
どれだけ破壊しようと瞬時に再生し、無数の木々が襲い掛かってくる。
調査隊は全滅した・・・
何も成せず・・・蹂躙された。
誰か、これを見ているのなら・・・頼む。
未だあの場に取り残されている彼等の骸を弔ってくれ。
そして、あの不条理の塊を・・・倒してくれ。 』
最後の行は血か涙か、文字が滲んでいた。
思わず手に力が入り、手帳が歪む。
「・・・確か百メートルはあるって言いませんでした?」
「ええ、これは参ったっすねぇ」
二人の頬を冷たい汗が伝う。
大きさが強さに比例するとは限らないが、百メートルという巨体はそれだけでも脅威としては十分だ。
そして、ここまで来れば嫌でも気付く。
今回の任務で殉職者が出るという予言。
それは俺達の事であろう、と。
西連寺さんの【空間転移】と金剛さんの絶対的な防御力が無い今、その可能性は十二分にありえる。ありえてしまう。
そしてもう一つ、おそらくその怪物を倒さない事にはこの空間から脱出できないという事だ。
今までにも似たタイプの怪物がおよそ三体発見されている。
それらは己の空間に他者を引きずり込み、有利な条件で相手を嬲る。
それらに共通している事は、その怪物を殺さない限り空間からの脱出は不可能である事と、その怪物が異常に強い事だ。その三体全てがSランク級の怪物に指定されている。
たった二人で勝てるのか?
そんな思いが胸中を占める。
「・・・悩んでも仕方ないな」
しばしの時間をおいて結論を出す。
どっちにしろそいつを倒さなければ戻ることが出来ないのだ。
ならば倒す! それ以外に残された道はない。
それに・・・調査隊の事を考えると、その怪物に対する殺意が刻々と湧き上がってくる。
「それじゃあ、早速ですがその厄介そうな怪物の所に行きますか?」
「そっすねぇ、食料も然程ないですし時間が経つだけこちらが不利になるかもですしね、サッサと倒して帰りましょうか!」
「了解です」
死体に合掌し、男性の証明となるカードだけ回収してテントを出る。
遠くに目を向けると、確かに巨大な木が目視できた。
調査記録にはいくら攻撃しても効果はないと記されていた。
しかし、この世に倒せない存在などいるはずがない。たとえ神であろうと死が存在するのだから。
俺達は確かな覚悟を抱きながら歩み始めた。
次話は今夜か明日の朝に出します(*´▽`*)





