35話 キマイラ
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バラバラバラ、という風切り音が響き、風を靡かせる。
その原因は目の前のヘリコプターだ。いや、これをただのヘリコプターと呼ぶには多少無理があるかもしれない。
大砲さえも防ぐメタリックな装甲に、空気抵抗を遮断するバリアと前方に進む推力となるジェットエンジン、これによってその速度は音速を超えるらしい。どこかでヘリコプターの速度は変わらないと聞いた事があるが、これを見るとやはり文明は進化するものなのだとつくづく実感する。
現場にはこのヘリコプターに乗って移動するらしい。
実は空の旅と言うのは初めてなので、案外楽しみだったりする。空に跳躍したり怪物に吹き飛ばされて、アイキャンフラーイ! した事は何度かあるが命の危険がない空と言うのは体験した事がなかった。
搭乗目的には命の危険が多分に含まれるがその点には目を瞑る。
「それでは行くか。準備は大丈夫か?」
「大丈夫です」
「オッケーっす!」
「完璧~」
金剛さんは俺、服部さん、西連寺さんの様子を確認すると軽く頷きヘリコプターに乗り込む。俺達もそれに続いた。
ヘリでの移動中、外を眺めると綺麗な景色が映り込む。
綺麗な場所には危険が付き物ではあるが、いつかあんな場所にも行ってみたいものだ。
・・・
空での快適な旅を終え、高層ビルのヘリポートに着陸する。
そこからは四輪駆動車で森へと移動する。道が整備されていない獣道ばかりで、車体が何度も上下し尻に響く。金剛さんは気にせず目を瞑っているが、服部さんと西連寺さんは不快な表情をし、しまいには二人とも俺の膝の上に座った。
「先輩方、これは新人いびりですよ? そして、ありがとうございます」
「それは良かったっす」
「有料だよ~」
金を払うだけで美女の肉体に触れる事が出来るのなら安いものだ。
・・・いやいや何を考えているんだ俺は!
いかんな、予想以上に緊張しているらしい。
あんな予言を聞いて緊張しないと言うのも難しい話だが、このままだと任務に支障をきたしてしまう。俺は気持ちを切り替えるように頬を軽く叩く。
「おっ、気合十分っすね」
「ビビっても仕方ないですからね」
こんな所で死ぬ訳にはいかないからな。コンディションは出来るだけ整えた状態にしておきたい。
◇
「ここだな」
移動する事数十分。遂に目的の場所へと到着した。
そこには鬱蒼と生い茂る草木に囲まれた廃工場があった。外壁は薄汚れ所々崩壊している部分も散見出来る。立地を考えると、まるでこの建物をバレない様に隠しているように思えた。
「では行くか」
警戒しながら建物に侵入する。
内部は暗く、澱んだ空気が流れていた。
工場の中心地、そこに明らかに普通ではない洞穴を発見する。間違いなくこれが今回の目的である迷宮だろう。涼しいと言うよりも背筋が凍る様な冷気が漏れ出しており何とも不気味だ。
「うえ~ うち幽霊とか無理なんですけど~ 転移が効かないし」
「私も物理攻撃が効かないんでいやっすね~」
まず普通の女性は攻撃しようと思わないのでは? と思うが、彼女達は普通ではないなと即座に自己解決する。初対面の人にナイフ投げる様な人が普通であってたまるか。
「ここからは予想外の事態を想定して進もう」
「分かりました」
金剛さんを先頭に、西連寺さん、服部さん、そして俺の順で建物の内部に侵入する。
迷宮内は太陽光の光が入っていないというのにどうしてか明るく、細部まで見渡す事が出来た。
足の感触では地面はかなり固く普通のものではない。
さらに奥へと進むとだんだんと植物が増えてきた。どれも自然界には存在しないようなものばかりで、非常に幻想的だ。
「これ、毒とかありますかね」
「分からないが、あまり触らない方がいいだろう。解毒剤も持ってきてないからな」
毒で撤退などと笑うに笑えないからな。
出来れば蒼に見せてやりたかったがまた今度にしよう。
俺達はそのまま迷宮の通路を進み続ける。
「グルアア!」
通路を曲がる瞬間、背後から何者かが襲い掛かる。
俺は振り向きもせずに後方に腕を振るう。
グシャリッ!
と何かを潰す音と不快な感触が手を伝う。
俺達は一度動きを止め、その襲撃者を確認する。
そこには頭を粉砕された怪物が地面に横たわっていた。
「狼型の怪物っすね。ランクはEっすね」
「それにしてもどこから?」
周囲を見渡すと通路の天井近くに小さな通路が視認できる。しかし、光の当たり具合でそれらを見つけるのが困難になっていた。
「小賢しいな・・・まあ、この程度であればどうという事もないが」
金剛さんはそう呟くと七枚の障壁を召喚する。
それらは俺達を守護するように浮遊し、金剛さんの命令を待つ。
「襲い掛かる者は全て殺せ」
その命令を受け、喝采を上げるかのようにうっすらと輝き始める。
金剛さんの能力【守護者】は、計十枚の堅牢な障壁を操作するだけでなくそれぞれに特性を付与することが出来る。
現在金剛さんが付与出来る特性は【吸収・爆発・歪曲・分解】の四つだ。
これだけでも十分破格の能力と言えるが、今だその成長が止まっていないというのだから末恐ろしい。
金剛さんの障壁を伴い俺達は再度進行を開始した。
◇
・・・
以前、俺が金剛さんと組手をした時に彼の能力を完全に防御型の能力だと判断したが、それは間違いであったと正そう。
今、目の前の光景を見てそんな単純なものだと言える訳もない。
「グギャアア!」
人に近い形をした怪物が飛び出してくる。
最初の方は怪物が出現すると俺も僅かながらに身構えていたが、今となってはそれもない。
怪物の近くにいた一枚の障壁がその向きを怪物と垂直になるよう傾くと、高速で移動し怪物の首を撥ね飛ばした。
遠くの岩陰でこちらを奇襲しようと身を潜める者もいるが、既にその頭上には一枚の障壁が狙いを定め、怪物が飛び出そうとする瞬間、頭上の障壁が落下し怪物を圧殺する。
その際吹き飛んだ怪物の頭部が俺の足元に転がってくる。
「・・・」
その顔は醜悪な笑みを浮かべており、奇襲が成功する事を疑っていなかったのだろう。爛々と光る瞳は「ヒャッハー! ぶち殺してやるぜ!」と言っているように見える。
結果はこんな悲惨な形で終わってしまった訳だが・・・
それでも最後笑えて死ねたのならこいつは幸運な方だ。
俺達の周囲では障壁が飛び交い、次々に怪物を惨殺している。
金剛 武。その力は圧倒的防御力を誇るが、それ故に牢固な障壁は何者をも切り裂く刃となり、周囲を囲ってしまえば脱出不可能な檻となる。正に防御こそ最大の攻撃を体現した超防御型でありながら攻撃型でもある能力者である。
金剛さんが怪物を蹂躙しながらしばし進むと、明らかに異様な物を発見した。
高さ六メートル程の両開きの門が通路の突き当り部分に存在していた。
そして、全員が肌で感じていた。この中には何か危険な存在がいると。
多くの戦闘を経験してきたからこそ分かる死の匂い。
それぞれの顔に緊張の色が見える。
「全員、準備はいいか」
軽くジャンプし体の状態を確認する。
(悪くないな。絶好調かもしれん)
そう言えば朝に蒼が「お兄ちゃんの疲れを取ってあげたからね~ 感謝しろよこの果報者め!」と、どや顔していたのを思い出す。もしかしたら何かしてくれたのかもしれない。俺の知らない間にというのが少し不安ではあるが、おかしい事はしていないはずだ・・・多分。
「大丈夫です」
「こっちも大丈夫っす! ようやく体を動かせるっす!」
「準備万端」
「よし、では開けるぞ」
金剛さんが扉に手を当てゆっくりと開いていく。
中は幽々としており全容を把握することが出来ない。
しかし、内部に一歩踏み込んだ瞬間、部屋の壁に埋まっていた明かりが点々と灯り始める。それはすぐに部屋中を明るく照らし、内部を明らかにした。
広大な空間の中、その奥にそいつはいた。
ライオンの頭と山羊の胴体、そして毒蛇の尻尾を持つ怪物。
その殺意に満ちた双眼がこちらを睥睨し、躯体が躍動する。
「グルァアアアアアア!!!」
体を鞭打つ程の咆哮が空間に響き渡った。
俺達は即座に構えいつでも攻撃できる状態にする。
「キマイラか。尻尾には気を付けろ、毒で死ぬぞ」
金剛さんの警告に静かに首肯する。
低く唸り声を上げながらキマイラが首を大きく反らす、その口からは僅かな炎が漏れ出し、何が起こるかが予測出来る。
そして重々しく振り下ろされた首とともにその巨大な口から火炎が吐き出された。
火炎が内包する熱にその軌跡が赤く熔解する。
「守れ」
火炎の前面に障壁が展開される。
その数は五枚、衝突と共に三枚が破壊されるが続く四枚目で完全に火炎の勢いを消した。
「潰せ、【分解・爆発】」
破壊された障壁を瞬時に修復すると、キマイラの両側を挟むようにして二枚召喚する。
それもただの障壁ではなくそれぞれに特性を付与したものだ。
キマイラから見て右側には【分解】が、左側には【爆発】を付与した障壁がそれぞれキマイラに狙いを定め、颯と風を押しのけながら迫り狂う。
それを危険と判断したキマイラは足に力を入れ高く跳躍した。
「ビンゴ!」
が、その上空には既に俺が飛び上がっていた。
その声にキマイラは目を驚愕に見開き、「何故そこにいる!」と言っているようだ。
単純な事だ。金剛さんの攻撃を見て、次のキマイラの行動を予測しただけだ。
奴の筋肉の機微、視線の動き、そして呼吸の全てが戦闘においての判断材料となりえる。
そして準備万端の拳を振り抜く。
ドゴンッ!
と、強烈な音を響かせながらキマイラを地に叩き落とす。
「グガアッ!」
たまらずキマイラから苦悶の声が漏れ出す。
「ナイスっす!」
新たに服部さんが疾走し迫ると共に、銀閃が煌めく。
その姿を捉えたキマイラはその剛腕を横薙ぎに振るう。その衝撃でビルさえ吹き飛ばす程の暴風が吹き荒れるが、既にそこには服部さんの姿はない。
「ありゃ、思ったより硬いっすね」
キマイラは己の後方から聞こえる声に戸惑う。遂先程まで目の前にいた女の声が何故後ろに、と。
そして、思考を整理する時間もないままにキマイラの体から無数の血が噴き出した。
キマイラの悲鳴が反響する。
服部さんはキマイラが知覚出来ない速度で移動し、その肉体を切り裂いたのだ。
その能力、練度、そして度胸、どれをとっても流石としか言えない。その速度は対人戦であれば無類の力を誇るだろう。
そしてそれだけに留まらずキマイラの躯体が一瞬膨張し、その口から煙が出る。
西連寺さんの能力【空間転移】によって爆弾をキマイラの肉体内部に転移させたのだ。なんともえげつない能力の使い方だが、あらゆる敵に有効な技だ。絶対に敵に回したくない一人である。
「グオォォオオ!!!」
しかし、キマイラの肉体は強靭だ、無数に切りつけ、内部を爆破しようとも、それは致命傷にはなりえない。
キマイラは更なる怒りと殺意を込めて哮り立つ。
「ふむ、火力が足らないか。柳、あれを仕留める事は可能か?」
「数秒程溜めの時間を頂ければ」
「了解だ。こちらが時間を稼ぐ、準備が整ったら言ってくれ」
「分かりました」
俺は闘気を収束し、他三名はキマイラの足止めにあたる。
何かに勘付いたのかキマイラが俺目掛けて襲い掛かってくるが、金剛さんの障壁によって押し出され横に吹き飛ぶ。服部さんと西連寺さんはひたすら急所や同じ傷跡を執拗に攻め続けその動きを完封していた。
「金剛さん、もう大丈夫です!」
俺の掛け声に、金剛さんは少し笑みを見せ、次いで西連寺さんに呼びかける。
「了解で~す」
と、何とも軽い言葉を漏らしながら西連寺さんはキマイラの隣へと転移すると、その肉体に触れた。
「じゃ、最後はきちっと決めてね~」
次の瞬間、俺の眼前に突如としてキマイラが転移されてきた。
少し驚いたが、俺のやることは変わらない。
収束した闘気を打ち放つ。
「星穿」
キマイラの顔に吸い込まれるようにして撃ち込まれた拳はそのまま眼前の敵に巨大な風穴を空けた。
致命傷を受けたキマイラは数度、その躯体を痙攣させた後、力なく地に倒れ伏した。
「ふ~」
軽く息を吐く。
力尽きたキマイラを見て僅かに笑みを浮かべながら三人がこちらにやって来る。
「いや~ とんでもない破壊力っすね」
「流石だな。今回は火力のある二人が後方で待機しているから、柳の存在は有り難い」
「いえ、普通あんなに溜める隙なんてありませんから、皆さんの力あっての事ですよ。ってそれよりも西連寺さんはキマイラ転移させるのなら一言言ってくださいよ!」
「あはは、まあ、倒せたんだからいいじゃ~ん。カリカリし過ぎたら禿げちゃうぞ」
「禿げませんよ!」
何て事を言うんだ!
父さんは髪がモサモサだから俺も大丈夫なはずだ! 爺ちゃんは少し禿げているが・・・
「それよりも、ここを調べよう。何かあるかもしれない」
今までと違う空間に何か変化がないかと探索を開始する。
多くの怪物と戦ってきたが、未だ成果という成果はない。それに調査チームの遺骸も見つかっていない事から、まだ他に探索するべき場所があるのではと考えられる。
「特に何もないな・・・うん?」
気分転換しようと軽く首を回していると、ふとキラリと光るものが目に入った。
それはキマイラの死骸からであり、不思議に思いながらもそれを確認しようと近づいていく。
「玉?」
そこには直径十センチ程の小さな玉が転がっていた。
中は透き通っており、吸い込まれてしまいそうな美しさがある。
一応危険を考え、接触せずに金剛さんに判断を仰ごうと振り返ろうとした瞬間、その玉が眩い光を放ち始める。
「ちッ?!」
俺は咄嗟にその場から退避しようとするが、その判断は少々遅かった。
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