30話 快晴
「知らない天井だ」
まさか異世界転生せずにこのセリフを言う日が来るとは・・・
いや、もしかして俺死んだのか?
ベッドに体を倒したまま首だけを回して辺りを確認する。
窓から明るい陽射しが射し込んでいるところを見るに今は朝方だろう。
少し離れた位置に掛けられた時計を見つけると、午前九時を指していた。
他には俺のベッドに隣で倒れ伏している蒼がいることぐらいだろうか。そして何故かナースのコスプレをしている。
・・・いや何でだよ。
「いや何でだよ」
おっと、つい口に出てしまった。
それにしてもなんつう際どい恰好してんだこいつは、丈が短すぎるだろ。貞操観念がぶっ飛んでんのか?
「うぅ、あれ? お兄ちゃん?」
「そうだ、お前の兄だ」
「ふぁぁ~ おはよ~ 今何時?」
蒼は欠伸をしながら大きく背伸びをする。
おいおい口から涎が出てるぞ。こらっ袖で拭くんじゃありません!
「いや、それにしても学校はどうしたんだ?」
「今日は土曜だから休み~」
「あーそうか。いや、それよりもその恰好はなんだ?」
「うん? ナースだけどお兄ちゃん知らないの?」
馬鹿にしてんのか?
この世界に純白の天使を知らない愚か者など存在するわけ無いだろ。
「違ぇよ、何でそんな卑猥な恰好してんのかって聞いてんだよ」
「卑猥?! 今卑猥って言った?!」
「何処からどう見ても卑猥だろうが! もうほとんどパンツ見えてんじゃねえか!」
「サービスだよ! 嬉しいでしょ! ほらほら!」
「めくるんじゃねえよ! 貴様、ナースを汚すと俺が許さんぞ!」
白色の布が視界に割り込んでくる。
蒼は顔を赤くしているので別に羞恥を欠如している訳ではないと思うが、如何せん行動が突拍子過ぎて兄として心配になる。他の奴にこんな事やってないだろうな?
「言っちまえよ! ナースの恰好した蒼ちゃんマジ天使って言っちまえよ!」
「自分からスカートをめくる奴を天使とは言わん! どちらかと言えば淫魔の方だ! ・・・はぁ、本当にお前の相手をすると疲れるな」
何処で育て方を間違えたのか悔やんでも悔やみきれん。
「と、そんな事よりも俺が倒れた後どうなった?」
「そうだね~ 怪我した人達は専門の治療院に送られて、誰も命に別状はないらしいよ」
「そうか・・・」
良かった。七瀬先輩は何本か骨が折れてたみたいだからな。
内臓には刺さっていなかったのだろう。
「それよりもその他が大変だったよ」
「何かあったのか?」
「いや~ お兄ちゃんが滅茶苦茶活躍しちゃうもんだから何か凄い偉い人に話しかけられるわ、クラスのラインからはお兄ちゃんを紹介してくれと引っ切り無しに通知が送られてくるわで本当大変だったよ~」
「そんなにか?」
「もう掌くるっくるだよ? トリプルアクセルぐらいは回ってるよあれは。クラスの男子生徒が直接私の所に来たときはムカついて顔面なぐっちゃった、えへ☆」
大丈夫かよ、殺してないよな?
それにしてもそんな事になっているとは。
こりゃあ・・・もう戻れねえな。
「・・・蒼」
「いいよ」
「まだ何も言ってないんだが?」
「お兄ちゃんの考えてることなんて丸分かりだよ。特殊対策部隊に入るんでしょ? 確か本部の近くにも学校があったよね、転校するよ、もう今の学校居心地悪いし」
「・・・すまん」
俺には蒼と離れられない理由がある。
もし蒼が・・・いや、今はよそう。考えたくもない。あれは俺が本気を出しても止められるとは思えん。
「頑張ったね。」
「あの・・・何してるんです?」
「頭を撫でてるんですよ」
「お前は母さんか!」
「まあまあ、今はなんだっていいじゃん」
妹に頭を撫でられる兄・・・全く威厳がないな。
「蒼、俺のスマホあるか?」
「あるよ~ ほい」
「サンキュー」
今から電話を掛ける訳だがその相手は服部さんだ。
後に回せば回すほど決意が揺らぐからな。こう言うのは早めに伝えるに限る。
女性に電話を掛けるという事に人生初の体験(母さんは除く)しつつ震える手でボタンを押す。
プルルルプルルル
『愛する君のアイドル! 服部 鈴奈っす! 怪我治ったんすね、良かったっす!』
・・・かけ間違えたかな?
『あれ? 聞こえてないんすか?』
「・・・あの、服部さんのお電話で間違いはないでしょうか?」
『ええ、合ってるっすよ!』
いつから貴方は俺のアイドルになったんですか。
俺のアイドルはもふもふの動物以外いないですよ。
「そうですか、良かったです。それで用件なんですが今でもあのスカウトは有効なんでしょうか」
『お! 遂に入る気になってくれたんすか! ええ、勿論有効っすよ!』
「では、特殊対策部隊に俺を入れてください」
『そう言ってくれると信じてたっす。最終確認です、本当にその選択でいいんすか』
「はい」
迷いなく許諾の返事をする。
もう俺は間違えない。
どんな理不尽が襲い掛かってこようともこの手で全てを捻じ伏せる。ただそれだけだ。
たったそれだけの事で蒼の笑顔を守れるというのなら例え相手が神であろうとも俺は負けないさ。
『オッケーっす! 必要な手続きはこちらでやっておくっす。それで早速なんすけど近々ちょいと大きめの仕事があるっす。柳君は一度学校に顔を出したら暫くは本部に居てもらうことになると思うっす』
もう仕事か。
学校に暫く通えなくなるのは別に構わない。
と言うよりも辞めてもいいとすら思っていたからな。
仕方ない、一度顔を見せるか。
「あ、それと特殊対策部隊には特権があると思うんですけどそれを使ってちょっとお願いしてもいいですかね」
『全然いいっすよ~ 城でも買ってみるっすか?』
城も買えるのかよ。どれだけ権力あるんだ・・・
まあ、それだけ金が動かせるなら十分だ。
「では詳細は後で送りますね」
『了解っす! これからもよろしくお願いするっす!』
「こちらこそよろしくお願いします」
電話を切り、窓の外に視線を向ける。
雲が多少浮かんではいるが、空は澄んだ青色が多くまるで今の俺の気持ちを表すかのような快晴であった。
ようやく特殊対策部隊になりましたね。
これからどんな奴らと戦うのでしょうか。





