27話 大丈夫
疑似空間の外、対校戦の会場内は大混乱に陥っていた。
それもそのはず、絶対安全であると思われていた疑似空間に突如として怪物が現れたのだ。
しかもそれが複数体の出現という異例に異例が続く非常事態である。そのままこの会場に襲ってくる可能性も十分に考えられた。
冷静に思考を動かしている者は極少数であり、その一人である鈴奈は怪物が出現した瞬間から行動を起こしていた。
「やっぱり入れそうにないっすか?」
「はい、システムがこちらの手から完全に離れてしまっています。今までこんな事はなかったのに、なんで今になって!」
疑似空間に移動しようと試みるがシステムに異常がきているようだ。
「これはシステムの故障ではないっす」
「え? それはどういう・・・」
モニターに視線を移す。
ここからでは視認は出来ない。
しかし、こういう異例のケースには必ずいるはずなのだ・・・新種の怪物が。
(花ちゃんが言っていた事はこの事だった訳っすね)
特殊対策部隊の【予言士】の能力を持つ少女、菊理 花ちゃんは私にこう言っていた。
『鈴奈さん、その会場には漆黒の暗雲が見えます。正直こんなものを見たのは初めてなのでどのような存在なのか私も分かりません。鈴奈さんは強いですが決して油断だけはしないで下さい』
十分に注意はしているつもりだった。
けれど、まさか疑似空間の方に出現するとは・・・
その上、システムがまともに起動しない為救出しに行くことも出来ない。
その事実に歯噛みしているとこちらに走ってくる男性が一人、顔を蒼白にし鬼気迫る表情で私の前に辿り着くとその頭を勢いよく下げる。
「お願いします! 家の娘を救ってください! 妹の為に身を削り続けてまだ人生の楽しさも何も知らない子なんです。だから・・・お願いします」
誰かから私の事を聞いたのだろう。
私を見るその瞳には僅かな、縋るような希望の色が見える。
「・・・私だけでは今の状況に対処できないっす。仲間を呼んでいるのでもう少しだけ待っていて欲しいっす」
「そん、な・・・」
モニターに映る選手たちはなんとか怪物たちの猛攻に耐えているが、それも時間の問題だろう。体力的にも限界がきているだろうし、怪物たちはその数を減らすどころかどんどん増えているのだから。
(助けられるのならもう既に助けている!)
私が特殊対策部隊になってよく胸が締め付けられる瞬間がある。それは目の前の救いを求める人の力になれない事だ。
この瞬間ほど自分を無力だと感じ、強く嫌悪することは他にない。
(皆、はやく来てください。でないと彼らが・・・・・・あっ)
ふと視線を逸らすとモニターに映された不気味な球体に亀裂が入り始めているのが分かる。
それは彼が取り込まれたものだ。Aランク級の怪物を圧倒した彼が。
それを見て、私は軽く笑みを浮かべる。
「いえ、仲間が来る必要はないかもしれないっすね」
「む、娘は助かるのですか?!」
「それは彼次第っすね。ようやく寝坊助さんが目を覚ましたみたいっす」
亀裂はみるみる球体全身に広がる。
その隙間からは太陽にも似た熱気が溢れ出していた。
◇
「はぁ、はぁ」
怪物達の数が一向に減らない。
むしろ増えているのではないかと思わせる程真鈴の眼前はその醜い異形の存在で埋め尽くされていた。
「きゃあ!」
「寧々!」
寧々がオークに棍棒で吹き飛ばされる。
真鈴はすぐさま寧々の落下場所に移動するとその体を受け止め、流れるように弓を引いてオークの眉間に撃ち込む。
既に誰もが体力がなくなり気合だけで戦っていた。
視界はかすみ、体はもう限界だと悲鳴を上げるように痙攣を繰り返す。
真鈴の放つ矢もその威力が徐々に下がり始め、相手がFランクのゴブリンだとしても一発で殺すことは出来なくなっていた。
それでも真鈴は走り、敵を屠っていく。
しかし、それも長くは持たなかった。
「――かはっ!」
怪物の横殴りの攻撃が真鈴の側面を捉える。
その衝撃でおもちゃの様に軽く宙に浮くと、受け身も取れずゴスっ!と鈍い音を立てながら地面へと落下した。
真鈴は何とか立とうとするも足に力が入らない。
(・・・落下の時に折れたみたいね)
真鈴の周囲を囲うように怪物が集まり始める。
その顔は一様に醜く歪み、口の端を大きく吊り上げ嗤う。
「真鈴ーー!!!!」
寧々の叫び声が真鈴の鼓膜を震わせる。
しかし、真鈴にはもう立ち上がる体力も戦う気力も残されていなかった。
(ほんと・・・最後まで報われないわね)
真鈴の脳裏には走馬灯が流れる。
ただ妹の心の底からの笑顔が見たかった。
一緒に買い物に行って、同じ食卓を囲める事を夢見た。
でも、それもこれで終わり・・・
自然と涙が流れる。
もう少し、生きていたかったなぁ
「誰か・・・助けて」
誰に掛けた声ではない。
ただどうしても諦めきれない毅然たる願いが独りでに口をついた。
しかし、そんな願いが相手に通じるはずもなく化物たちの無慈悲な一撃が振り下ろされる。
「山砕き」
「・・・え?」
突如聞こえた淡然たる声と共に、自分に迫る脅威がその姿を消した。
視界がかすむ中、一人の人影がゆっくりと真鈴に近づくのが朧げに見える。
「すいません、遅くなりました」
その声に真鈴は聞き覚えがあった。
「柳・・・君?」
「はい」
隼人は真鈴を優しく抱き上げると安全な場所に移動させる。
「皆が・・・」
一番自分が重傷であるのに他人を心配する正義感の強い先輩に呆れながらも、そっと真鈴の頬に付いた血を拭うと隼人はその姿を消す。
次に現れた時、その両手には怪物と戦っていたはずの五人が両手に担がれていた。
「は? へ? ここどこ」
「来るなーーー! て、え? あいつらは?」
「・・・」
「真鈴!」
「どうなってんだよ」
口々に驚きの声を上げる五人を地面に下ろすと、隼人は一人怪物に向けて歩き出す。
「お、おい待て! 一人は無茶だ!」
山田先輩の忠告を無視し隼人は地を蹴る。
あまりの脚力に地面が陥没し、周囲に衝撃波が飛ぶ。
飛び上がった場所は丁度怪物達の真上だ。
こちらを見上げる怪物たちをその双眼で怒りを込め睥睨すると、腕を大きく弓なりに引く。
「随分と楽しんでたみたいだな、俺も混ぜろよ――流星群」
瞬間、空を覆うような拳の嵐が怪物達を襲う。
ドドドドドド!と大砲かと誤想するほどのけたたましい轟音を鳴らしながら、一撃で数十体の怪物を圧殺しその臓物を撒き散らすだけにとどまらず幾重ものクレーターを作り出す。
真鈴達はその光景に言葉が出ない。
絶対的な脅威であった存在がまるでゴミの様にただただ蹂躙される光景に唖然としていた。
隼人は怪物たちの無残な屍の上に立つと、無造作に森に向けて拳を振るう。
拳圧で木々が吹き飛ぶ中、一体の影がそこから飛び出しその姿を現す。
それは不気味な小人の姿をした怪物であった。腕は異常に長く、右側の顔は笑い左側は泣いている。
「見たことない奴だな。新種か?」
「キエエエエエエ!!!」
怪物が金切声を上げると同時に、新たに三体の怪物が姿を現す。
その怪物に隼人の後ろで数人が息を呑む。
それは今の彼らにとってこれ以上はないと思っていたはずの更なる絶望であった。
◇
「そういうタイプか・・・」
俺はその怪物を前に一人納得する。
「ブモオオオオオ!」
「グルアアアアア!」
「ギギャアアアア!」
三体がそれぞれ大気を震わせるほどの咆哮を上げる。
それらは俺がよく知っている、というより最近相対した者達だった。
ミノタウロス、ラヴァーナ、そしてリッター。どれも町を危険に晒すほどの凶悪な怪物達だ。
(あいつが呼び出したとして、それが俺の、丁度最近相対した奴らなんて偶然があるのか? そうでないとしたらあいつは俺の記憶を読み取ったという事だろうか。他にも服部さんが来てないとこを見るに、システムが奴に奪われているのだろう)
何とも厄介な新種が生まれたものだとため息を吐く。
「お前の能力は【干渉】ってところかな」
推測ではあるがかなり近いところまでいってるんじゃないだろうか。
俺の記憶に干渉し、システムに干渉した。と考えれば全て納得できる。
この疑似空間内であればかなり強力な怪物と言えるだろう。逆に現実世界であればそこまでの脅威ではない。
(しかし、こいつじゃないな。あの脳裏に響いた声はこんな雑魚じゃない)
俺は球体に取り込まれた時の、怖気の立つ様な声の主を考える。
まるで自分の心臓を掴まれるような錯覚までしたが、今目の前にいる奴らにはそれを全く感じない。
(あれは一体)
「もう・・・ダメだ」
思考の最中、後ろから諦めの混じった声が聞こえて来る。
「DランクどころかAランクの奴まで・・俺たちはここで」
「大丈夫です」
嘆きと絶望に満ちた声を途中で遮る。
「すいません。怪我人がいることを忘れてました。少しだけ待っていてください
――秒で終わらせます」
考えている場合ではない。
今はとりあえず目の前の相手を迅速に処理しよう。
誤字報告大変助かります。何故こうも間違えてしまうのか・・・
予定ではあと2、3話で二章が終わります。三章は迷宮編です(*´▽`*)





