233話 おぉ、主よ
「さて、じゃあ――」
シャルティアさんに真剣な表情を向けて宣言する。
「隠れますか!」
「行きま・・・・・・はい?」
その場から脱兎の如く駆けだし、いい感じに地面が抉れて塹壕のようになっている場所に身を潜り込ませる。
よく分からない環境で一人で動くわけにはいかないと思ったか、少し逡巡の様子を見せながらも同じように身を潜ませる。
「戦わなくていいのですか」
「勿論いずれは参戦しますが、今はやめておきましょう。突撃と同時に死にかねません」
ちらりと顔を出して戦況を見れば、元気もりもりマックスなティアマトが破壊の限りを尽くしている。
彼女の力はマルドゥクのそれに限りなく類似性の高いものだ。
大海と嵐を操り敵を蹂躙する。一撃一撃が広範囲の即死技のもので、下手に首を突っ込むと気付いた時にはミンチになっていることは想像に容易い。
そっと頭を戻す。
「無理無理無理無理」
「ではどうするのですか?」
「相手が弱るまで待機していましょう」
前回は馬鹿正直に参加して速攻死にかけたのは苦い思い出だ。
あの時点で既に複数の神々と契約していたはずなのにである。
今の俺がまともに戦えば地面の染みと化すだろう。せめて死ぬときは愛する人の膝枕で逝きたい。それぐらいの戦果は出しているはずだ。
可能であれば今回は前回の経験を踏まえ、なるべく負傷を抑えてことを終えたい。
しかし、全く参加しないのでは試練が突破できない可能性が高い。試練の必要性に疑問が残るような動きは回避しなければならない。
「それか・・・・・・あれらを相手にしましょう」
視線を向けた先、ティアマトの周囲にいる生物。
巨大な蛇や猛獣。中でも名を知られているのはバジリスクやマンティコア、少ないがドラゴンもいる。
ティアマトと比較すると豆粒だが十二分に巨体だ。
「強さで言えばAからSランク級の相手です。あれらを掃討するだけでも手助けにはなるかと」
「分かりました。では状況を見ながら周囲の敵を狩るという形で」
初めは周囲の状況に混乱の様子を見せていたシャルティアさんだが、既に表情は落ち着いていて俺の提案に首肯した。
(おいおい、頼りになり過ぎるだろ)
俺は初見でちびりかけたってのに、これが漢か。いや女性だけど。
「ん?」
ふと視線を感じて上を見上げる。
槍を持った天使と目が合った。
金髪を緩く巻いていて、なんか神聖なオーラが体を覆っている、夜になればいい蛍光灯になりそうな天使だった。
「敵を前にして隠れ潜むとは何事か! この軟弱者目ッ!」
開口一声、怒号を浴びる。
堂々と下着を見せながらの発言は貫禄すら感じる。
「あの、下着が見えてますけど・・・・・・」
「だから何度と言うのだ! 下着などただの布だろう。そこに色を見るのは下々の者だけ、そのような者達にいくら見られようが何も思うはずもない」
「なっ?! ばばば馬鹿な。ただの、布・・・・・・?!」
あの魅惑の絶対領域を風に揺らしながら、下着をただの布だという天使。
俺の知る女性達であればなにかを吹っかけてくるか、死ぬより辛い目に合わされる展開の筈。
先程まで蛍光灯のように見えた光が今は後光が差しているように見える。
異性がどれだけ頑張っても見れないこともある秘密の園。
ネットにアップされる映像事故ではその部分のシークバーの波形だけ異常に高く、あらゆる商品に絶対の付加価値を提供する最強装備。
しかしそこには現実では見る事ができないから、という理由がある。
なのにだ。
彼女は確かに言った、幾ら見てもいいと(変態解釈)!
「おぉ、主よ」
「な、なにを崇めておるのだ!」
「俺がこの世界に来たのはあなたに会うためだったのですね」
「……まさかお前、性の男神に仕える兵か」
よく分からない珍獣を見るような目に変わり、天使様が一歩引く。
「くっ、あの方々の兵はおかしな者達ばかりと聞いたことはあったがよもや戦時にすらこうとは」
ため息を吐く姿もお美しい。
しかし誰だ! このお方の心労になっている不埒者は!
さて肩でも、いやここはいっそ太腿をお揉みすべきかと熟考に入った時。
遠くから風を切り裂く低音が響き、重量物が飛来するのを予感した。
一秒と待たず、重い衝撃とともに近くになにかが落下する。
猛烈な勢いで広がる砂煙を腕で凌ぎながら音のした方へと視線を向ける。
詳細は分からないが、砂塵の向こう側で動く影は三つ。
武装した天使が2人に対し、尻尾と翼のあるティアマト側の兵が戦っているようだ。
「くッ」
「きゃぁっ!」
状況は劣勢。
どうやら相手に有効打を与えられる手段がないようで手をこまねいているように見える。
(・・・・・・でか)
砂塵が晴れて見える敵の姿は竜。
全長は30メートル程だろうか、高さだけで見てもそこらのデパートよりは大きい。
対する天使の兵は槍を手に、飛翔しながら近接戦を仕掛けているようだが、堅い鱗に阻まれて突き刺すことができていない。
そもそも自由自在に動く尻尾と強靭な爪を前に近付くことも困難のようだ。
「加勢する!」
天使様が劣勢の二人を見て即座に参戦する。
「はぁッ!」
勢いよく突き出した槍の一撃は、弾こうとした竜の爪と鍔ぜり合っている。
その細腕のどこからそんな力が出るのかと目を疑う光景だ。彼等彼女は別に能力を使っている訳でもない。やはりそもそもの存在が別であると改めて認識させられる。
他二人の天使と比べ明らかに動きの良い彼女は天使の中でも位が高いのかもしれない。
竜一体ならば彼女一人でなんとかできそうではあるが、そうもいかないのが戦場だ。
この混戦状態の中、ずっと一体を相手取れる状況が続くことはない。
天使様の死角から顎を大きく開いた獣面の怪物が飛び出した。
「ッ?!」
飛行の制御を瞬時に行うも、牙は眼前に。
なんとか致命傷を逃れることだけに集中し、次に訪れる痛みに耐えようと口を結ぶ天使様。
カチリッ
それは時計の指針が動く音。
彼女の能力が発動したことを知らせる音。
超越神の権能を使っていたら少しずつ知覚できるようにはなったが、相変わらずどうなっているのか分からない能力。
その性能は異常であると幾度とも思ったが、遂には高位存在にも有効であることが証明されてしまった。
「大丈夫ですか?」
「えっ、あれっ?!」
天使様は銀髪のメイドの腕に抱かれている。
この一瞬を絵画に収めたいと画家を探し視線を巡らせたのは俺だけではないはず。
シャルティアさんの背後では、ナイフで切り刻まれた肉塊が派手にその内容物を撒き散らし死んでいる。
「避けて下さい!」
天使の一人がシャルティアさん達に向かって叫んだ。
シャルティアさんの背後に佇む竜が口から熱気を放出すていたからだ。
火炎を吐き出して周囲を一掃しようとする動きに急いで上に飛翔しようとする二人の天使の横を通る。
「後ろのはお願いします」
「はい」
二人とすれ違い、能力を発動する。
「【大天使】」
竜の口から火炎が吐かれた。
熱で空気を歪ませ、地を熔解しながら広がる火炎の濁流。
目を覆う熱量を前に、反対に俺の心は急速に落ちつき始める。
知識の伝承どころではない。おそらくこの場にいる神々、もしくは天使は直接彼を見た者もいるのだろう。
他者の知識に依存する能力は、その真価を発揮する。
「断罪剣」
残光を残し、振り切られるは罪を裁く大剣。
切り裂かれる火炎。
竜の体が左右対象に避け血が飛び散る。
天界で他の天使たちとは隔絶した力を持ち、『明けの明星』とすら呼ばれる彼はその完璧性を揺るがさない。
神々にすら反逆する傲慢は、確かに天に腰を据える者達の心根になにかを刻み込んだのだろう。
彼等彼女等の敬意と恐怖を象徴するように、白銀の左翼と漆黒の右翼が戦場で一層の輝きを持っていた。
俺は己の翼を振り返り、
「え、邪魔」
あまりに目立つそれに思わず文句を口走る。





