220話 変革
結果を報告するため政府に指定された地点へと移動する。
初めに加え服部さんと七瀬先輩を加えての移動、服部さんは俺に背負われる形で、七瀬先輩は背後でちらちらとこちらに視線を投げかけているのが見える。父さんは何処ぞへと移動したことで助っ人としては機能しなかった。
微かな吐息が耳をくすぐる。
おそらく服部さんは顔を赤く染め上げているのだろう。
俺にキスをした後、徐々に意識がはっきりしてきたのか服部さんはみるみると表情を変え、声にならない声を上げた後ダンゴムシのように丸くなってしまった。
「あの、服部さ――」
「・・・・・・まだ、なにも言わないで欲しいっす」
服部さんの手が俺の口を塞ぐ。
まだ心の整理がついていないらしい。
かく言う俺も動揺しまくっている。
これは、そういうことでいいのだろうかと。意識がはっきりしていなかったとはいえ、そういう感情がなければキスなどという行動にはでないと思うのだ。
「式の予約が必要か?」
「あなたはなにを言ってるの?」
七瀬先輩のつっこみを頂きつつ、背後に気を配る。
ちょっと顔を伏せてすりすりしている。俺は悶死しそうになりながら毅然とした態度で歩き続ける。
「血涙が流れてるけど?!」
「問題ありません」
「問題しかないでしょ?!」
血を吹きながら、少し先程までの戦闘を思い起こす。
新井宗也、立場が違ったら俺も同じ道を通っていただろうか。
俺には余裕があった。選定者としての能力があり、家族がいた。彼の境遇を知っている訳ではないが、守ってくれる存在がいればこうなっていないと俺は思う。
優しく、手が俺の頬に触れる。
「一人で考え込まないでほしいっす。なにかあったら相談することも覚えた方がいいっすよ」
「すいません。後ろの美少女に気を取られて意識がありませんでした」
「もっ、もうごまかして」
彼の話は意味のない仮定だ。
俺が違う事は誰に言われずとも理解している。慰めの言葉はいらない、励ましの言葉はいらない。
必要なのは俺自身の気概なのだ。
まだ、もう一歩踏み出すことで俺は俺を誇れる。
微笑み、服部さんが背に寄りかかる。
「好き」
唐突な、告白だった。
ぎょっとしながら七瀬先輩が必死に空気になろうとしている。
「できることなら、ずっと私の傍にいて欲しいっす」
超至近距離で囁かれる甘言。
こちらこそよろしくお願いしますと発言しようとして、一瞬回答に詰まる。
こんな大事な場面で、勇気を出して言って貰ったというのに俺の脳裏には服部さん以外にも別の女性の影がちらついたからだ。
そんな俺の心境を見透かしたように、困ったような声音で服部さんは続ける。
「柳君の周りは魅力的な女性で一杯っすもんねぇ? あ~あ、私なんか眼中にないってことっすかねぇ~ しくしく」
「い、いえっ! そんなことは!」
焦り散らかす俺を見てからからと笑う服部さん。ちなみに七瀬先輩は矢を番えて俺を撃ち抜こうとしていた。笑ってないから余計に怖い。
「冗談っす。別にすぐに答えを出して欲しいとは思ってないっすから」
「ですが」
服部さんの思いに対して無責任すぎる自分に呆れる。
こんな男が服部さんの隣に立っていたら、俺なら確実に即殺だ。
「告白されたのは初めてっすか?」
「そう、ですね」
くすりと背中で小さく笑ったような気がした。
足元が一瞬なにかに絡めとられるような錯覚に思わず地面を見るがなにもなかった。
「じゃあ私が初めて告白した女ってことっすか。ふふっ、何事に置いても初めてというのは脳に深く刻まれるもの、もう私のこと忘れられないっすね!」
「忘れるなんてある訳ないじゃないですか」
ここまで強烈な人は滅多にいないだろう。服部さんがいなかったら今頃俺は日がな一日ゲーム三昧(R17ぐらい)の日々を送っていたに違いないのだ。
背の密着が増し、彼女の慎ましいなにかが背を押している感触がした。
「もう一度言うっすけど、今すぐに答えはいらないっす。魅力的な女の子全員忘れるぐらい夢中にさせるだけっすから」
「は・・・・・・ははっ」
悪寒がして、乾いた笑い声が漏れる。
「なるべく早く受け入れて貰えたら嬉しいっすけどね。でないと――柳君の性癖が歪んじゃうかも」
まるで真綿に首を絞められるように、じわじわと追い詰められているような不安が過る。
「緑髪、サイドポニーに元気な笑顔ができる子にしか興奮できないようにしてあげるっす」
もはや呪いである。
七瀬先輩は顔を両手で隠して見ないふり、ただし指の隙間が空いているため意味をなしていない。この場を収めるレフェリーは恋愛経験皆無の純情少女であったらしい。
「千里の道も一歩から、まずは名前呼びから始めるっす! よろしくっす、隼人君。色々と責任とって貰うから」
覚悟をした女性はここまで強かになれるものかと戦慄しながら歩みを進める。
この世に生を受け十余年、人生で初めて女性に告白された。
◇
都心から離れた、街が一望できる穏やかな丘の上。
そこに一つ建てられたお墓の横に腰を下ろす。
「いい天気だなぁ」
あの日、神と戦った日から一週間が経過した。
なんとか出現した黒い空間を破壊し、中国政府に報告をと戻ったのだが、どうやら騒動は終わりではなかったらしい。
俺が死闘をしている最中のことだろう。世界各国の首脳陣が集まる場所、日本で言うところの国会等で突如として黒い箱が宙に出現したらしい。対応する時間もなく、一息に箱は開く。澱んだ霧が国会全体を包み込んだと言う。
幸い、死者はでなかった。
しかし、世界同時多発的に出現したそれ、手の込んだいたずらにしては大規模な事象はやはり、完全な無害ではなかった。
首脳の相当数、およそ半数が異能力を消失させたのだ。
「まさかこんなことをしていたとはな」
墓に視線を向ける。
中には現場から僅かに残った、最早名前を言えないレベルの犯罪者として名を刻んだ新井宗也の遺品が入っている。
戦闘の終盤で見せた彼の不可思議な行動はこの騒動に繋がっていたのだろう。
彼の思惑通りに世界は大混乱だ。一部の連中はずっとヒステリックに騒ぎ続けている。
ちなみに首脳陣の要所を変えようとも、霧がそれに反応していつの間にか移動しているという徹底ぶりだ。どれだけの人が歯ぎしりしたか。
一つ疑問がでたのは能力が消えなかった半数だ。
消えた者と何が違ったか、一部のメディアやSNSを見るに、どうやら能力数値に対しての傾倒具合が関係しているらしい。
一部否定している連中もいるが、数値の低い者を蔑むような連中は軒並み無能力者になった事実が言葉より雄弁に語っていた。
「ほいっ、日本酒。なるべくいいもんを買ってきたつもりなんだが、俺は飲んだことないからよく分からん。絶対者だから年齢聞かれるようなこともなかったが、変な視線を向けられて大変だったぞおい」
苦笑しながら、墓の前に日本酒を注いだ盃を置いた。
「否応にも、これからのトップになる連中は無能力者に対しての圧政を行わないだろう。どころか支援策を作っている国も出てきてるとか」
神罰だと言って今までを改めようとする声を発している連中だ。あながち間違いでもないから発言に困る。
「あんたを殺した俺が言うのはおかしいけど、あんたは英雄だよ」
守るものがちらついて俺にはここまで強引な手段を使うことはできなかった。
正直ここまでの展開を読んでいたのかは分からない。ただただ世界への反逆として混乱を作ろうとしただけなのかもしれない。
それでも、首脳の虐殺ではなく思想によって発動する能力だったというのは、世界の破壊ではなく変革を望んでいたから、かもしれない。
「ははっ、それにしても笑える。能力を無くした連中は揃いも揃って俺に責任追及をして権力を呼び込もうとしてきたよ。それどころか俺が起こしたことじゃないかと疑う奴までいたな」
もれなく『知るか阿呆』で突っ返してやったが。
顔を梅のように赤くしてたのには思わず吹き出しそうになった。この連中は今後色々と苦労するだろうが、自分が蒔いた種だ。その反動は己自身で受け止めるべきだろう。
今まで見過ごされてきたことが引き起こした事件。
荒療治ではあるが、世界は確実に変わった。
「じゃあそろそろ行くわ。次来る時はもしかしたら彼女がいるかも」
なんて言ってみたり。
背を向け丘を後にする。
風が吹き、空一面に花弁が舞った。
十四章【神々の争乱編】了。
十五章をお楽しみに(*´▽`*)





