219話 結末
光に飛び込み姿を消す隼人。
死神はその姿を見届け、向けていた銃を下ろす。
「及第点だな」
甘い部分はある。綺麗事だと言い切ってしまえばそれまで。
ただ、全てを度外視して飛び込む力は一定の評価ができる。それが蛮勇であるか否かは今後の在り方を見れば分かるだろうと死神は判断した。
「いやぁちょっとハラハラしてしまった」
思案する死神へと声をかける男が一人。
死神は顔色を掛けぬまま振り返る。
「普通の人間が踏み込める場所ではないはずなんだが」
「そこは愛する妻のおかげだな。俺の力だけでは流石に次元は越えられないだろうさ」
照れ臭そうに頭を掻きながら、柳篤は答えた。
「家の自慢の息子はどうだった? 色々と振り回されてはいるが、運命を変える力を持ってる」
「自分が見えなくなってるような奴では論外だがな」
「ははっ、そこは仲間がなんとかしてくれるんじゃないか。今回だって一人のお嬢さんが命懸けであいつのすまし顔を引っ叩いてくれたわけだしな」
この空間に来る前に、柳篤は服部の死体を遠目にだが確認した。少女の傍に隼人の姿がなかったため、魂を連れ帰ろうとしているのだと推察し、篤自身も踏み込んだ。
(力不足を実感したのは久しぶりだな)
それだけ世界が変わってきているのだろう。
己の時代で起こった事件と比べて数段混沌の深みが違うと感じながら、今回理を守る為に来た神が目の前の存在であったことに感謝した。
「そろそろ会ってみたらどうだ?」
なににとは言わなかった。言わずとも考え続けているだろうことは今回姿を見せた事で分かっていたから。
「・・・・・・俺は見守るだけでいい」
「そんな親がいるかっての。時が経てば経つほど言いずらくなるぞ~ 伝える前に彼氏を紹介されるかもな~」
笑いながら、それは自分も結構なダメージを喰らうのでは? と笑い事ではなくなる篤。
「せめて俺より収入があって、当然優しくて、全てから守れるような奴じゃないと許可は・・・・・・でもあの子が幸せだと思ってるなら。くっ、どうすればっ!」
「おい」
死神が懐から銃を出し篤に銃口を向ける。
額には僅かに青筋がたっていて静かな怒りを滾らせているようだ。
「貴様の息子をもうあの子に近づけるな。ちっ、やはり仕留めておくべきだったか」
「おいおい、関係を制限するような親は嫌われるぜ。ただ、俺も少し虫の居所が悪い。神相手なら手加減もいらないからな、お互い憂さ晴らしをしようか」
人知れず、神と人がぶつかり合う。
◇
口笛を吹きながら、その神は歩いていた。
軽い足取りで、それでいて叫びたいほどに心を躍らせて。
「面白い玩具だ。久しく忘れていた感情が戻ってきた」
神は愉悦に目を細め口角を上げる。
感情の高ぶりに呼応するように、周囲にいた獣達が吠えた。
巨大な体躯、純白の毛並み、神を穿つ牙――神狼フェンリル。
そこにはあり得ない光景があった。人が見れば世界の終焉を意識せざるおえないだろう。
なにせ一匹でも恐れられる暴君が、群れを成している。
その数、実に百を超えていた。とりわけ威風を放つフェンリルは神の隣を歩いている。
「破壊神と豊穣神を退け、次はなにをぶつけようか。愛する人、家族、仲間、手を貸している神が寸でのところで敵に回るという展開も悪くない」
先のストーリを思い描きながら、神は展開を備忘録に書き記す。
確定していることは一つ、絶望で終わる結末だけだ。
鼻歌まじりに筆を走らせ、展開の半ばで筆を止める。
異物を感じ取ったからだ。白紙であった空間に突如として湧いた点。発生源は神のほんの数メートル先。一拍を置いて、フェンリル達が警戒に牙を剥いて威嚇する。
神がそのまま視線を上げれば、確かにそこにはなにかがいた。
人間の形を模したななにか。全てが白く儚げな少女の姿をしているそれを見て、神は一汗が吹きだすのを感じた。
(馬鹿な、何故ここにこいつがいるッ! なんのために? やるのならとっくに我を殺しているはず。であれば別の要件があるのか?)
なにも確信が持てない意味のない思考を巡らせながら、神、知略神は頬を引き攣らせた。
「ご苦労」
「・・・・・・は?」
少女の姿をした超越神の言葉に知略神は疑問符を浮かべた。
何故労いのような台詞を言われたのか。僅かな可能性ではあるが、敵対ではなく別の目的を想像して幾分か思考できる猶予ができた頃、
「煩わしい」
まるで絵がコマ送りしたかのように、須臾の間、地から生えた虹色に発光する触手が全てのフェンリルを呑み込んだ。空間から百に近い呼吸音が消える。呑み込まれたフェンリルは抵抗の余地なく分解される。残滓のようなものが触手内で散る様は捕食というよりかは同化に近いものを感じさせた。
敵対関係であることが確定し、なお知略神は動けないでいた。
想定される己の結末、皮肉なことに聡明な頭脳が己を追い詰める。どの神より悪戯好きな知略神だからこそ、相手の内まで見抜く能力に長けていた。
「何故だ・・・・・・ルールを破ってまで何故人なぞに手を貸す!」
故に、どうしても分からない疑問だけを口にした。
その問いに、感情を見せぬ瞳を向けながら超越神は返す。
「理由は二つ。一つはここよりかは未来、貴様が私の平穏を乱すため」
「未来だと」
そんな不確かなもの、と言いたいが超越神にとって未来は不確かなものではない。過去、現在、未来、そして数多の可能性の中を彼女は同時に存在している。つまりは今のルートであれば間違いなく彼女の言う未来は確定する。
何故そんなことを自分がするのかの理由が判断できないために知略神はどうしようもなく、眉間に皺を寄せる。
「そして二つ、ニート野郎の尻拭い」
問いの意味を考える。
それが誰を指すのか、超越神の立場を考え予測がを立てた。そして今回の選定者。
「まさか、いやしかし、そうすればあれ程の神聖にも説明がつく。だが」
辿り着いた回答に、知略神はただただイかれていると感じた。
「ここまで生かしたのは、愚者の成長促進の一点。用済み」
知略神の足元が開き、そのまま落下していく。
落ちながら、知略神はこのシナリオを描いた人物に拍手した。
「全く、やられたな。これ程の狂気を孕んだシナリオとは。いつの時代も、人の業は格も恐ろしいものだ」
扉が閉まる。
神が一柱世界から消えた。
◇
心地よい空間で、ただ誘われるがままに意識が流れていた。
少し前までなにかがあったような気がする。でもそれは思い出せない。自分がなにもので、なにをしていたのか、全てが分からない。
私と同じように多くの魂のようなものが一点を目指して流れている。
なんとはなしに、そこが次に繋がる場所なんだなと感じた。
「――ッ!」
ふと、声が聞こえた気がした。
その声はどんどん大きくなる。必死で、泣きそうに聞こえる声だ。
「どこですか服部さんッ!」
誰かを呼んでいるらしい。
この見渡す限り全てが魂のようなもので満たされた空間で、誰かを探しているらしい。無駄なことをしているなと思いながら、どうしてか私は流れに逆らって止まろうとしている自分に気付いた。
自分で自分が分からなかった。
もしかして声の人が読んでいるのは自分なのだろうかと考え、意味のない思考を捨てる。
例えそれでもだ、この中から見つけ出すのは不可能だ。
・・・・・・でもなぜだろう。
分かっていても、体が流れに逆らって動こうとしない。
そして叫びたくなる。私はここだと、見つけてくれと、あなたに会いたいのだと。
必死に止まろうとして、結局流れの強制力に負けて再び列に収まる。
やはり駄目だっ――
「ありがとう、諦めずにいてくれて。本当に、ありがとうっ!」
いつの間にか、そっと声の主に抱き寄せられた。
この幾万幾千の中から見つけた事実に驚き、そしてそれ以上の安心感を感じた。
「さあ、帰りましょう」
一瞬の光に意識が揺らぎ、気付けば別の場所にいた。
朦朧とした意識の中、ゆっくりと瞼を開ける。
どうやら男の子が涙を流しながら私を抱きしめているらしい。
この子の名前は・・・・・・そうだ、柳、柳隼人君だ。
彼が、私から、私達から離れていくような気がして。何か無理をしたような気がする。
涙を見せなかった子が、嗚咽を漏らしながら必死に涙を我慢している姿を見て、そっと頭を撫でる。よく分からないけど、もう大丈夫な気がする。彼はちゃんと私を見ている。自分だけではない事を分かっている。
だけど、少し欲が出た。
彼を遠くに感じていた反動だろうか。もっと彼を近くで感じたいと思い、撫でていた手を使って彼の顔を手繰り寄せる。
そして、そっと唇を重ねた。
少し血の味がして、彼の驚いた顔がよく見えた。
おそらく次話で十四章で終わりかなと思います。
次章予告、【平行世界編】、メインは吸血鬼さんです(*´▽`*)





