215話 裏で
「いやぁ凄いね。他の権能もいれればあれはアランさんの本気といい勝負。外の神を入れればアランさんより上だね」
ビルの上、三人の影があった。
白衣を纏い、双眼鏡のようなものでカイラス山の上空、その内部を透視に近い能力で除くのは絶対者序列二位、【世界】の二つ名を持つリサ・ネフィルである。
彼女は屋上のフェンスに腰かけ上機嫌で口笛を吹いている。
「・・・・・・ま、うちらのエースは伊達じゃないでしょ」
その隣に立ち、棒付き飴を口に含みながら呟く少女。
服装は私服であったが、その容姿はまぎれもなく西連寺麗華――特殊対策部隊の【転移】能力者のものであった。
「けれど雑さも見える。私の総戦力でならワンチャン? まっ、研究対象を殺すようなことはしたくないけれど」
「物騒なことは言わないで欲しんだけど。皺寄せがうちらに来るのはマジ勘弁~」
「そうなるかどうかは――君次第だけど、そこのところどうなのかな?」
リサが振り返り、背後の人物に声を掛ける。
「まだ動きませんよ」
抑揚のない声で答えるのは表情のない男だ。
呪具保管施設でレオンを追い詰め、柳蒼を暴走させた男がそこにいた。
「相手も、そして私も万全でなければ意味がない」
「相手も? 純粋な勝利には興味ないということかな」
「解釈はご自由に。それよりも、来ますよ」
その言葉に反応したリサは双眼鏡を降ろして、なにやら圧力を感じる方へと視線を向ける。
レンズを通して見えた人影に思わず閉口し、双眼鏡を懐にしまうと、隣の西連寺へと視線を向けた。
「おっと、ごめんね麗華ちゃん。すぐに私と転移してくれるかな」
「敵?」
「う~ん、どうだろう。ただ私と麗華ちゃんがここにいると知られるのは困るかな。君も付いてくるかい?」
「遠慮しておきましょう」
「それは残念」
背後を振り返らず手だけ振ってリサと西連寺はその場を後にする。
「・・・・・・読めませんね。彼女のようなタイプは初めて見ます」
一人となった屋上で、男は一人ごちる。
敵か味方か。リサの瞳からはなにも分からない。
その行動理由も、
『研究者にそれを聞く意味があるのかい?』
と、一蹴されて終わるだけ。
「どちらでも構いませんが」
たった一人、おかしな行動をしていようと結果にさして影響はないと判断する。
そう判断出来るほどには、既に戦力差が生まれている事の表れでもあった。
後は、時が満ちるのを待つだけ。
「今回こそは・・・・・・」
「まだなんか企んでいるのか」
上空から人が舞い落ちる。
ビルの屋上、背を向けている男の後ろに轟音を立てながら着地したのは、多少の血は失っているが万全に近い状態の柳篤だった。
ゆっくりと立ち上がり、纏う圧に憤怒を滲ませながら、一歩ずつ男に近付いていく。
「愛する娘と息子が世話になったみたいだな」
二メートル程の距離で立ち止まると、ようやく男は振り返り篤の姿を視界に収める。
「借りを返しに来た」
「怒り。復讐心でしょうか。私にはよくわかりません」
向き合い、そして再び開口する。
『『死ね』』
言霊使い同士の能力が衝突する。
屋上から建物のコンクリートが罅割れ、躯体が歪むことでビルのガラスが次々に割れ、落下していく。
それらは地面に触れる前に塵に還り、ビル自体も糸が解けるように分解されていった。
ビルが消えた更地で、砂塵が渦巻く中を二人の影が対立しているのが見える。
「やはり私の言霊では不足ですか」
そう呟く男は左腕を失っていた。
肘から先がないにも関わらず、やはり顔色一つ変えずに正対する篤を見据える。
「どうやら本体のようで安心したよ。ここでお前は終わらせる」
◇鈴奈side
「ぷは~! 届いてよかったっす!」
「し、死ぬかと思った・・・・・・」
真鈴ちゃんを背負った状態で山を疾走、勢いをつけて全力のジャンプで目指した黒い空間。なんとかぎりぎりで入る事に成功した。距離が足りていなかったら今頃山に真っ逆さまだったところだ。
「・・・・・・結果よければ全てよしっす!」
胡乱な目でじっと見てくる真鈴ちゃんを華麗にスルーして周囲に視線を巡らせる。
「なんというか、不気味な感じっすね」
「不気味というか、気持ち悪い感覚です。なんだか全く違う世界に迷い込んで体が適応できていない感じ、でしょうか」
周囲はほんのりと暗く視界が悪い。
空気は淀み、若干の息苦しさも感じる。
(鈴奈、左方向に手を向けて下さい)
声に従い左手を向ける。
仄かに左手が光り、地面に伝播し、地面を這いずりながら暗闇に灯を灯した。
「わぉっ」
「ッ?!」
気の抜けた声を出す私、真鈴ちゃんは瞬時に能力を発動させて弓を構える。
一キロほど離れた地点。そこには無数の蠢くなにかがいた。
「あれは、なんですか・・・・・・?」
「なんすかね? 少なくとも今までの怪物に該当するものはいなかったはずっすけど」
脅威が測れない。そこまでの強さは感じられないけれど、あまり近づきたくはない。
(あれは成れの果てです)
疑問に答えるように頭の中の女神がそう言った。
(・・・・・・問題ありません。あれらにそこまでの力はない。しかし、あれらはここから出ることができる)
「問題大ありじゃないっすか!」
あんな奴等が外にでたらどうなるか、結果は火を見るよりも明らかだ。
というか成れの果てがどういうものかはぐらされた気がする。
もう少し問いただすべきかとも考えたが、地面を行進する奴等の音がもうすぐそこまで来ていた。
「もう射ってもいいですか! 弓兵としてはあまり近づかれたくないんですけど!」
「んんん~ おっけー! やっちゃって下さいっす!」
「了解です!」
矢が飛翔し、成れの果てに当たる。
四足歩行をしていたものが霧散し、黒い墨汁のようなものが周囲に飛び散った。
というか柳君はこれらを放置していったのか。
そこまで急ぐ必要のある敵を相手にしているという事だろうか。
(何だかんだ文句を言いながらも片手間に一掃しそうなもんっすけど)
彼が追い込まれているというのなら、それを手助けしたい。
「取り敢えず一掃するっす――加速」
真鈴ちゃんの放った矢と並行して地面を疾走する。
一気に距離を詰めて成れの果てを視界に収める。形は様々、四足のものもいれば二足のものもいる、体が巨大だったり昆虫系のものまで。
彼等に共通して言える事は、吐き気を催す感情を溢れさせている事。
近付くにつれて、その感情に溺れそうになる。
彼等の密集している中心に着地し、刃を走らせる。
確かに女神が言っていたように強くはない。感情が強過ぎて臨機応変に行動ができていない。
斬って、斬って、噴き出した黒い血がびしゃりと私と付着した。
「うへぇ、ちょっと気持ち悪――」
憎い、死ね、殺したい、殺す・・・・・・殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
(・・・・・・っな! 鈴奈!)
「お゛え゛ぇええ」
体に優しい温かさを感じて意識が戻るや、蹲り嘔吐してしまう。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・精神汚染っすか」
地面に影が掛かる。
見上げれば、剣を掲げた成れの果てが振り下ろそうとしている姿が見える。
地面を転がるようにして回避し、跳躍して彼等と距離をとる。
接近戦しかできない私では不利だ。ここは真鈴ちゃんに任せるしかない。
「真鈴ちゃ――」
――残念。どこかの神が邪魔しているようで。
グシャッ
誰かの声と、なにかが潰れる音がした。
視線を音の方に向ける。重い足音が徐々に近づき、暗闇の中からその様相が現れる。
――余興の邪魔は喰ってしまえ、我が子よ。
全長八メートル程の狼が静かに私を見下ろしていた。
その瞳に映る感情は、敵意でも悪意でもなく。
憐憫だった。





