206話 ストレス限界突破
活動報告にも書きましたが、資格試験が一段落したので再開です。
「ふっ、素晴らしい天気だな」
天気、快晴。
ベッドから降りて邪魔な服を脱ぎ棄てて天を仰ぐ。
「ふぁぁ~ お兄ちゃん、そろそろ下りないと朝ご飯が・・・・・・」
部屋に入って来た蒼が俺を見て硬直する。
顔、胸元、下半身、腹筋、そして下半身に視線が上下した後に、すっと部屋から出て行く。
「どうしたんだ? あんな顔して」
どうやらご飯に呼びに来たようだが、感情の見えない表情で出て行ってしまった。思い出したくもない悪夢でも思い出して感情を閉ざしたかのようだった。
「ふふっ、この完璧な体に酔ってしまったのかな?」
我が妹ながら可愛らしいところがあるじゃないか。悪夢ではなくあまりの美しさに耐えきれなかったらしい。
己の完璧な肉体に酔いしれながらそのまま階段を下りる。
ドアを開ければ、椅子の上で船を漕いでいるソフィアさんと、台所にいるシャルティアさんの姿を認めた。
「おはようございます。シャルティアさん、ソフィアさん」
「柳隼人、少々起きるのが遅いの・・・・・・」
続く言葉は口から発せず、蒼同様にシャルティアさんは動きを止めて珍しく目を見開いて俺を見ていた。
「ソフィア・アンティラ、敵襲ですッ!」
かと思えば、ナイフを抜き放ち隙なく構える。
俺も周囲を見渡して、シャルティアさんの言う敵襲を探すがどこにも見当たらない。カメレオンのようなステルスを使っているのかもしれない。
「ふぇっ?! 敵襲! どこどこ?」
「後ろを見なさい!」
「ん? えっちょっ?! 隼人君が裸なんだけど!」
キャ~と顔を赤くして手で隠そうとするが、指の間が空いていて全く目を覆えていない。
「ドッペルゲンガーです! 報告に上がっている情報では対象の能力を模倣するとのこと。油断していると貴女でも死にますよ!」
・・・・・・もしかして、もしかしてなのだが、俺が怪物だと思われている?
何故そんな誤解が? と己の状態を確認する。
(そうか)
俺は確信した。
今日の俺は決まり過ぎているのだ。
全人類が天を仰ぐが如くの尊さを纏い、凡百が平伏す威風を纏っていた。なるほど、昨日までの腑抜けた俺を見ていた二人では本人だと思えないのも仕方ない。
「完璧とは、罪だな」
ふと、世界が変わる気配を感じた。
「超越神」
零コンマ数秒後に停滞するであろう世界に接続し、止まった世界と乖離することを避ける。
――時間停止
予想通り、俺とシャルティアさん以外の全ての動きが止まる。
彼女は瞬時に俺との間合いを詰め、ナイフを走らせる。
「嗚呼、シャルティアさんの綺麗な手にそんなものを握らせる怪物が憎いです」
「なッ?!」
普通に、当たり前であるかのように止まった世界で動きシャルティアさんの攻撃を受け止める。
彼女にとってこの止まった世界は不可侵の領域であったのだろう。驚愕に声を漏らした。
ただ、すぐになにか納得した様子で曖昧な笑みを浮かべたシャルティアさんの表情の裏に隠された想いは全く想像できなかった。
ナイフを握っている手の力を優しくほどき、倒れないように腰に反対の手を添える。まるでダンスをしているペアのような恰好のまま、停止した世界は再び動き始める。
「ようっしやるぞぉ! ってぇええ! なんで二人で抱き合ってるの?!」
「抱き合ってません!」
困惑に目を回しながらもソフィアさんは多少戸惑いがちに俺との距離を詰めて拳を突き出そうと振りかぶる。
(え? この人って近接攻撃するのか?)
想像していたスタイルに合わないなと思いながら片手で受け止めようとして――一歩大きくシャルティアさんを抱えたまま後ろに下がった。
ソフィアさんが振るった拳が通過した空間が不規則に揺れる。
大体の能力を把握して、絶対者の順位はあまりあてにならないものかと疑問をい抱く。
「とんだじゃじゃ馬な能力のようだ」
とはいえその力に干渉されなければどうということもない。
「少々危なかったのでその美しい手で頭を撫でながら膝枕でもしてもらいましょうか」
一歩詰め寄り、その顔に触れようとした時、唐突に二人の間に蒼が割り込んできた。
「いやいやなに下に降りて来てるの?! いつもはパソコンの前に張り付いてたのに!」
そう言うや蒼は俺の腕からシャルティアさんを奪い、ソフィアさんを連れて部屋の隅へと移動する。しゃがみ込んで顔を寄せ合っているのを見るに、なにやら俺に聞こえてはいけないことを話合っているようだ。
「ふむ・・・・・・」
俺は女性の秘事に耳をそばだてるような輩ではない。
お二方の粗相は広い心で許し、テーブルに座り一人朝食に手を出す。
「ほんと、うちの変態がすいません・・・・・・あれは怪物でもなんでもなく本物の私の兄にあたる変態なんです」
「ドッペルゲンガーではなかったですか。しかし、あれはどうなっているのですが? 明らかに正常だとは思えませんが」
「お兄ちゃんはストレス限界を突破するとああやって開放的な状態になるみたいで。いつもは動物の動画を見て満足していたのですが。もしかしたらルイがいるから見るだけじゃ物足りなくなったのかな?」
今日のご飯もまた一段と美味しい。
洋食と和食が出てくると舌も慣れることはないからそれが低下しない美味しさの一つのスパイスなのかもしれない。
「ということは、今日は偶然ってことかな? 振り返ったら裸の隼人君がいたものだからボクもびっくりしちゃったよ。あはは・・・・・・」
「流石にこれ以上のことはないと思うのですが。もう、肝心な時に両親は外に出てるし。スペックだけ異常に高い変態はほんと困ります」
朝食を食べ終わり、食器を片付け終わる。
ふと、無性にサリーに会いたくなってきた。
「サリーに会いに行こう」
視界の端で三人がびくりと震えた。
「お兄ちゃん。今、なんて?」
心なしか声が少し震えている。
「いや、サリーに会いにいこうかと」
「その恰好で」
「なにか変か?」
ゆらりと蒼が立ち上がり、続いて引き攣った表情を浮かべた二人も立ち上がる。
一緒に行きたいのかと思ったが、雰囲気からしてどうやらそういう訳でもないらしい。
蒼なんか戦場に行くような表情をしている。
「私は下着を担当するので、お二方は上着とズボンをお願いします!」
「何故私がこんなことを・・・・・・」
「うぅ、目が覚めたらボクの睡眠の向上を手伝ってもらうからね!」
こうして、訳も分からないままに俺はリビングで三人と対峙した。
・・・・・・
「はぁ」
サリーに会うためにマンションを出る。
体には俺の完璧な肉体を隠すように不必要な服が着せられている。
あそこまで三人が頑固だとは思わなかった。
人類史、人間の祖先とも言われる存在は服など着ていなかったというのに。何故このようなものを着る必要があるというのか。
特殊対策部隊本部は目と鼻の先なので、徒歩でもすぐに辿り着く。
中に入り、エレベーターで目的の階へと移動する。
十五階。到着の音とともにドアが開かれる。
相変わらず室内だとは思わない程緑に溢れた綺麗な空間が見え、俺は一歩踏み出す。
前はここにサリーがいたが、今は別の階にいるのかもと辺りに視線を巡らせる。
そして目的のサリーを運よく見つける。
「およ? 柳君じゃないっすか! お久しぶりっす、今日はサリーちゃんに会いに?」
「わうっ!」
服部さんはサリーを抱きながら草の上に腰を下ろし、ガラスから射す光を受けていた。
何故か、服部さんが空間から切り離された存在に見えた。
「どうかしたっすか?」
「いえ、なんでもないです。サリーに会いに来たのですが、思わぬ女神と会ってしまいました。服部さんは今日もお美しい」
「お、おおぅ。そんな風に言われると照れるっすねぇ~」
片膝を付いて恭しく頭を垂れる。
服部さんは恥ずかしそうに頬を染めて頭を撫でる。
「ん?」
が、なにかに気付いたようにパチリと瞬きを一つ。少しだけ俺に顔を近づけてきた。
瞳に光が反射したのか、一瞬だけ赤く光ったように見えた。
「お疲れですか」
「・・・・・・え?」
服部さんの口からはっきりとその声を聞いたはずなのに、誰が喋ったのか判断できなかった。
その声音にはよく分からない感情が含まれていたから。
慈愛、憐情、そして負い目。得も言われぬ表情を浮かべながら微笑む服部さんからはいつもの彼女の姿とは似ても似つかない。
「服部さん?」
「おっと、ははは。おかしなこと言っちゃったっすか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが」
さっきの様子は何処へやら、すぐに服部さんらしい明るさが溢れて破顔する。
「くぅん」
サリーが服部さんの腕から俺の懐に潜り込んでくる。
そっと抱き上げて頭を撫でていると、ポンポンと服部さんが自身の膝を叩いているのが分かった。彼女は居ずまいを正し正座をしているので、なにを言わんとしているのかは口にせずとも分かる。
「えっと、いいのですか?」
「一度したじゃないっすか。私に遠慮なんていらないっすよ」
少し躊躇しながらも、好意を無下にする訳にもいかず、服部さんに背を向ける形で膝に頭を乗せる。俺はサリーを愛でながら服部さんに甘やかされるという完璧な構図が完成した。
髪を優しく撫でられると恥ずかしさよりも落ち着くのは何故か。
・・・・・・
もしここで俺が服部さんに向き直っていたら、その先はあまり考えたくない。
ただ、確信はしただろう。
見間違えでなく、彼女の瞳は太陽のような朱に染まり。
俺の体を覆うような優しい光がふつうであるはずがないのだ。
技名とかって毎回ルビを打った方がいいのでしょうか(悩ω悩).。oஇ





