186話 VS黒騎士
その日の早朝、オーストラリア全域に緊張が走っていた。
というのも、政府から重大過ぎる発表があったからだ。
絶対者である俺、柳隼人が【黒騎士】の討伐に赴くというものだ。
比較的西部近くに住んでいる人々は、その情報で一斉に東部へと避難を始める。政府もあらかじめ予想していた展開であったため、現状は比較的スムーズに事態は進行しているといえるだろう。
現在時刻は午後五時。
俺は黒騎士に関する資料室の中で、ある資料に目を通していた。
「なるほどね・・・・・・」
最初は必要がないと判断してスルーしていた内容。
しかし、これがおそらく黒騎士を作り上げたピースの一つだろう。
この事実は世間から見れば悲劇だが、パースの魔女である彼女からすればどうだろうと考える。
「柳様、一部を残しほぼ全域の避難が完了しました」
天井を見上げて思考に呑み込まれていると、転移してきたロアさんが緊張を含めた声でそう告げた。
俺は資料をそっと閉じ、棚へとしまうとロアさんに顔を向ける。
「では、行きましょうか」
「は、はい!」
ロアさんが俺に触れて転移する。
視界が開けた先は、西部とを分ける巨大な壁。
壁の前には特殊対策部隊の二人、そして三人目であろう女性の人がいる。後ろに振り返ってみれば、砦のようなものが聳え立っており、もしもの時の最終関門にする予定だというのを聞いていたのを思い出した。
(ここまでは通しませんよ)
能力をフルで使った方々には悪いが、黒騎士を壁にすら近づけるつもりはない。
全力で叩き伏せ続けるだけだ。
「体調はどうだ? 万全じゃねえなら明日に回してくれてもいいぜ」
「あははっ、ここまでしたらもう無理ですよハワードさん」
特殊対策部隊の三人が近づいてきてハワードさんが軽口を叩く。
「はじめまして、ミリスといいます。前線ではお役に立てず申し訳ありませんが、後方支援はお任せ下さい」
「はじめまして。後ろに誰かがいてくれる以上に心強い事はありませんよ。皆さんのお気持ちも含めて、叩きつけてきますね」
「・・・・・・お願いします」
差し出した手を強く握り返される。
三人の様子を見れば、自然体のように見えなくもないが、額から流れる汗がその内面を映し出していた。俺がもし負ける事があった場合の彼等の仕事は殿だろう。そして十中八九死ぬことになる。
ただ、それを理解していてもなお誰一人として。
この場の、三人以外にもいる砦の全員の目はやる気に満ち満ちている。
「任せて下さい」
心強い姿を目に焼き付けて、壁へと移動する。
負ける気など毛頭ないが、想定外が起こったとしても大丈夫そうだ。
(いざ、戦場へ)
背後からの声援を火種に、静かな炎を燃やしながら壁を越えた。
◇
日が傾きかけてきた時刻。
比較的高い建物の屋上から黒騎士を視認できる位置にまで来た。
剣を地面に突き刺して仁王立ちしているのが見える。
「距離は一キロってところか」
最初以外はこの距離は意味が無くなるだろうが、その最初で自分の力の調整はできるだろう。
「ふぅ」
車椅子から降りて大きく息を吐く。
黒騎士の相手は二回目だ。奴のポテンシャルはある程度把握できている。問題は、存在するという二段階目。
神をも打倒したことから、権能だけの戦いでは足をすくわれるかもしれない。
「つってもなにか出来る訳じゃないんだが。その時はその時って事で、未来の俺に託すしかないな。――んじゃ、やりますか」
意識を切り替える。
今の俺なら、代償の必要はないはずだ。
「位階上昇――荒れ狂え、英雄神」
右目が澄んだ青に変わる。
左手を前に出せば、掌から光が伸び、それが弓の形へと変わった。
英雄神の力は決して洪水に依存するものではない。
その他の力をもってしても他の追随を許さぬ破壊力を有する権能だ。
「まずは一発」
弦を引けば、同時に矢がつがえられる。
超高濃度のエネルギーに黒騎士が反応を示したと同時に、矢を放つ。
空気を切り裂きながら飛翔する矢は瞬く間に黒騎士の眼前に到達する。
瞬時に反応し、矢に剣を合わせた黒騎士は流石の一言だ。
「止めるか? いや、無理だな」
矢が剣と衝突すると同時に響く轟音。
反動によって剣を持ったまま両手を上へと弾かれた黒騎士の背後で、流れた矢が建物を直線にくり貫く。
体勢を整える間もなく、胸元ががら空きになっている状態の黒騎士へと吸い込まれるように二投目の矢が既に放たれ直撃した。
鎧の触れる寸前で矢が一瞬の停滞をするも、黒騎士が完全に回避する猶予もなく矢は腹部の鎧を穿ち、地面に吸い込まれて地に無数の亀裂が入る。
三投目をつがえた状態で、砂塵が舞い上がる光景を建物の屋上から眺める。
「流石に、圧倒的威力と速度を持つ攻撃は効くみたいだな。問題は・・・・・・」
砂塵の一部に穴が空く、その直線状に滑らせるように射線を動かし三投目を放つが、相手の能力の方が一瞬早い。黒騎士の頭部目掛け放たれた矢は残像のみを穿ち、本体は距離を飛んで射手である俺の懐へと潜り込む。
(背後ッ)
既に剣は振るわれている。
俺の体勢からは反撃が間に合わないタイミングで、刃が鈍く光った瞬間、黒騎士の眼前を一陣の風が横断した。
「ふぅ、やっぱ距離を詰められるのはちょい辛いな」
屋上に居たはずの俺の姿は今は空に。
一陣の風、いや暴風を伴っている戦車に乗り込み、囲いの無い台車から黒騎士を見下ろす。
鎧の隙間から覗く、燃えるような瞳が交差する。
そのまま剣を構えるのを確認すると、戦車を引く二頭の戦馬に命令を下す。
「さぁッ! 戦場を駆けよ! その速度で、奴を翻弄しろッ!」
戦馬の嘶く声が轟き、一気に速度が上がった。
空気の層を突破し、戦場を縦横無尽に駆けまわる。
そして戦車から絶え間なく放たれる無数の矢。
一矢一矢が鎧を破壊する威力を秘めたそれは、黒騎士の甘い動作を許さない。
(ようやく慣れてきた)
能力を発動するタイミング、回避行動時の体の動かし方。
レオンさんの『先見』とはいかないまでも、五、六割の確率で先を見通せる。
そして極めつけはこの戦車の速度だ。
俺の懐に飛び込もうと、黒騎士が空中にそのまま距離を詰めたとしても、剣を振るよりも速くその場を過ぎる為に奴は俺に近付くことが出来ない。
簡単なワンサイドゲームだ。
・・・・・・こちらが全ての攻撃を回避できればの話だが。
黒騎士が矢を回避しながら剣を地面に突き刺すと、掌を俺の方へと向ける。
「降りろッ!」
急降下した戦車の頭上をなにかが通った。
振り返れば、直線状にあった空の雲が吹き飛んでいる。
圧縮した距離を開放して眼前の光景を薙ぎ払う攻撃、衛星まで届くという話は眉唾ではなさそうだ。
向けられる掌はいつの間にか二つに。
最悪の遠距離戦が始まった。
「頼むぞ、戦車ッ!」
目で予測できるルートではすぐに撃墜される。
地上すれすれまで降りた戦車は廃墟を遮蔽物代わりにして、暴れ回る。
戦車の通った場所が次々に吹き飛ばされ更地に変わっていく。
こちらも矢で応戦しているが、威力はあっても範囲が狭い攻撃はやはり当たりづらい。俺が黒騎士の姿を見れていないというのが大きい。
戦車が入り組んだ廃墟の中に入った瞬間、攻撃が止んだ。
「待てッ、上に――」
本能で危険を察知し、戦馬に指示を出す前に、奴の姿が戦車の先にあった。
入り組んだ廃墟は身動きが取りづらく、その場で瞬時に方向を変える事は難しい。
急上昇しようとする戦馬は、一息に距離を詰めた黒騎士に首を撥ねられた。
鎧から覗く瞳は俺の姿を探す。
戦車の後ろに居たはずの俺の姿は、しかしその場には無い。
――がら空きだぞ。
黒騎士の頭上。
天から釣り下がるように反転した状態で、矢をつがえた俺が弦を最大限にまで引ききった状態で狙いをつける。
黒騎士が反応しようかという瞬間、矢を解き放つ。
静かに、何事も無かったかのように矢は黒騎士を頭上から一直線に体を貫通すると、地面に触れ、黒騎士の体ごと周囲を消し飛ばした。
・・・・・・ついに始まりましたね。
決戦です





