173話 足掻きの果てに
「本当に、とんでもない妹だよお前は」
俺を囲んでいるであろう暴食の影を感じ取り思わず呟く。
これに触れるだけで殆どの生物が即死、生物でなくとも存在を食い散らされて消滅する。死の鎌を常に突きつけられている気分だ。
「もう、抵抗しないで」
蒼は笑いながら、あるいは泣きながら攻撃を繰り出す。
「断る」
察知した攻撃目掛け、拳を振り抜く。
ほんの一瞬、【進軍する者】と【暴食】の力が拮抗した後、暴食の影が霧散する。
暴食の一部で喰い尽くせる許容値を突破したのだ。
今の俺の攻撃は、一撃一撃が小惑星レベルのエネルギーを内包している。
全力を出さずして喰らえるようなものではない。
「はやく全力を出したらどうだ?」
「・・・・・・」
蒼は答えない。
見開かれた瞳でじっと俺を見続け、緩いが殺傷能力だけは高い攻撃を続ける。
(まさか、もう気付いたか)
ただ一つ欠点が存在するとすれば、俺の体が長くは持たないという事。
現状、俺の体は常に全力以上の活動を続けている状態だ。人間の体は、限界に達する前にストップがかかるようになっているが、俺にそれはない。
ブレーキのない車で加速し続け、限界になれば突然停止する暴走状態。
火事場の馬鹿力も出せないようになるだろう。
叶うならば、はやく全力を出し切って貰いたいが、
(昔から妙に勘が良かったからな・・・・・・)
おそらく蒼は俺の焦りに気付いている。
だとすれば、あいつの狙いは俺のガス欠。
「さて、どうするか」
方法がない訳じゃない。
強制的にあいつに能力を使わせればいいのだ。
例えば、あいつに重傷を負わせてその治療に能力を回させるとかだが。
(却下)
あいつが怪我を治す保証はないし、そのまま殺してしまうかもしれない。
やはりここはあいつの能力を相殺し続けるしかないか。
【暴食】の異常性はその飢餓から来るものだ。
飢餓と言っても、俺達の感じるようなものではなく、能力自体が飢えている状態を指す。
なにかを、生物に限らず膨大なエネルギーを喰らい続ければその腹は満たされるらしいが、既に何百発と撃っているにも関わらず全く力が衰えている気配がない。
「ちッ、ダイエットは体に悪いつったろうが」
蒼の隣に移動し、手首を掴み取る。
これは消耗戦よりも拘束した方が幾分早い。
「無~駄」
気付けば蒼の姿は俺の頭上に、夥しい程の殺気を感じ、反射的に拳を振り上げる。
暴食の影は霧散したが、大きく下がった蒼の頬が僅かに切れており、血が流れる。
「あ~ぁ、妹に手を出しちゃったね~」
舌で血を舐めとり、嗜虐的な笑みを浮かべる蒼。
怪我は一向に直す気配は無い。本体に攻撃すれば怪我は治さないと脅迫も兼ねているのだろう。全くいい性格をしている。
「さっきはちょっと調子が悪かったけど、今はもう気分も治った。お兄ちゃんのそれも長くは続かないだろうし、諦めて幕を下ろしましょう?」
「何度も言わせるな、断る」
突然眼前に蒼が姿を現す。
あまりの自然体に反応が遅れ、蒼の行動を許してしまう。
猫のように俺の胸元に擦り寄り、耳元でそっと囁く。
「じゃあ、私を殺せるの?」
「くっ・・・・・・」
蒼の体から離れ距離を取る。
俺を追尾して暴食の影が迫る。拳を振りかぶろうとするが、その前に蒼が移動してくる。
(こいつッ!)
高速で蒼を避けて、攻撃を繰り出し相殺する。
その後の攻撃も、自分から攻撃に当たりに来ようとするため、無駄に力が消費されていく。
俺が蒼自信を攻撃しない事を確信しての行動。
実に効果的で、俺を本当に苛立たせる。
「ッ!」
攻防を続ける事十数分。
ついに、時は来てしまう。
突如全身の力が抜け、俺はその場で倒れ込む。
限界を迎え、肉体が強制的に停止したのだ。もう数分は持つと踏んでいたが、甘い考えだったらしい。
「ふざ、けるなよッ!」
腕を、足を強引に動かそうとするも、痙攣だけしか出来ない。
神象空間も解除され、元の世界に戻ってしまう。
「お疲れ様。頑張ったね」
蒼は俺の元にしゃがみ込むと、優しく、優しく頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だから。痛みはないから、怖がらないで」
ポツリポツリと視界に水滴が落ちるのが見えた。
それが蒼の涙である事に気付いた時、何度目かも分からない無力感を味わう。
「どうして・・・・・・殺してくれなかったの?」
それは問いではなく、単なる呟きだったのだろう。
俺の答えを待たずして蒼は俺を殺そうと能力を発動する。その動きは異常に緩慢で、躊躇しているように見えた。
(・・・・・・腹、括るか)
当然死ぬつもりはない。
残された者の事を考えれば、自己犠牲などというのは糞くらえだ。
ただ、それ以外の全ては捨ててもいい。
俺が生きていて、お前も生きている未来しか俺は掴むつもりはない。
「位階――」
人間である事を捨てようとした時、俺の視界が突然変わった。
空は暗く染まり、所々で星が瞬く。
足元から地面が消え、周囲を見渡せば惑星の群れが漂っている。
「宇宙?」
何故いきなりこんな場所に。死んだのか?
体も動くようになっているし、本当に死の世界なのかもしれない。
「死んではいない」
後ろから掛けられた声に勢いよく振り返る。
そこにはビスクドールのような小さな少女が立っていた。
髪も、瞳も、全てが白く、芸術のような美しさを持っている少女。
輪郭は淡く輝き、この世のものとは思えない雰囲気を出している。
この雰囲気はよく知っている。
女性にあったのは初めてだが、
「貴女は、神か」
「そう呼ぶ者もいる。私は神であり、世界であり、全て」
少女の姿をした神は俺の元へと静かに歩み寄る。
「選定者。貴方の姿を少し前から見せて貰った。勇敢で、無謀で、よく無様な姿を晒す者」
・・・・・・全く褒められていない事だけは分かった。
無表情だからどんな感情を持っているのかが判断できない。
それよりも、死んでいないのなら早く蒼の元に戻りたい。
「無理」
「無理、とは?」
「貴方がどれだけ自分を懸けようと、大切なものをなにも捨てられない貴方に妹は助けられない。概念を歪める力はそれなりのエネルギーを消費する。数百と殺していれば救える可能性はあるのに、何故そうしない」
「それは・・・・・・」
あいつを殺せば、生き返ろうとしないのではないかとどうしても考える。
割り切らずにあいつを助ける事が難しいのも理解している。
・・・・・・ただ、それでもだ。
足掻ける力が少しでも残っているのなら、全ての可能性が消えてなくなる寸前まで、どれだけ惨めでも足掻き続けたい。
始めない事には、可能性も生まれてこないのだから。
「それでも、俺は我儘なので。蒼の全てを救いたいと思ってしまうんです」
「・・・・・・そう」
「では、そういう事なので元の場所に戻してもらってもいいですか?」
こんな修羅場にとんでもない美少女に出会えたのだ、やる気は以前にも増してアップ。
ははは! 元からだが、蒼を救う未来しか見えん!
神は数秒程目を瞑り、再び開くと静かに息を吐く。
「私が望むのは平穏。しかし、それを脅かす害がこの星にはいる」
なにか突然自分語りが始まってしまったようだ。これは聞かないと駄目なやつだろうか。
「時間を逆行し元凶を殺そうと来たはいいものの、ここでは神のルールがあるらしい」
時間を逆行? そんな事が出来るのは俺の知る神でも僅かに数柱。
しかしこんな少女の姿をした神がいただろうか。
俺の疑問を他所に、神は言葉を続ける。
「問う。茨の道を進む事になろうとも、貴方は妹を救える力が手に入るならば、それを求めるか?」
「無論ですね。代償なんてものもなくあいつを助けられるのなら、何がなんでも手に入れにいきます」
俺の回答がお気に召したのか、初めて少女は笑うと、右手を俺の前に出す。
「愚か者。ならば私の手を取りなさい。これは契約、私の平穏を貴方が守る代わりに、私は貴方に力を貸す」
「・・・・・・」
全く、どうかしている。
相手はどんな神かも分からない。敵であるかもしれないというのに。
俺は躊躇なくその手を掴んだ。
光景が元に戻る。
蒼の手が俺の命に迫る寸前に。
「位階上昇――」
――時間は三十秒。それ以上は今の貴方には扱えない。それでも私の力を全て使える訳ではない。
俺は急速に回復していく体を動かし、立ち上がる。
蒼の驚愕した表情が見えた。
――それでも、貴方を止められる存在は私以外にはいなくなる。
不遜に、お前が安心できるような笑みを、若干引き攣りながら浮かべる。
――三十秒、その間貴方は無敵だ。
「超えろ、超越神」
お風呂~入ってきます!(*´▽`*)





