172話 格好の悪い意地
感想、嬉しい、風呂上り、返信、します(*´▽`*)
遥か遠くの上空に現れたそれを視認し、思わず戦闘の手を止める。
「あれは、【世界蛇】かっ?!」
「おいおい、このタイミングでSSかよ」
方角的に家に近い。
あんな怪物が出現したのなら凄まじい混乱が起こるはずだ。こんな所で戦っている暇はなくなった。
シャルティアさんに声を掛けようとした時、俺達の背後から誰かの足音が聞こえた。
「こんな場所で道草をくっている余裕があるのですか? 今代の選定者」
聞こえてきた声に、一瞬で感情が爆発しそうになる。
ゆっくりと、後ろを振り返った。
「お前は・・・・・・」
黒髪で長身の男。
見た目は以前に見た時と殆ど変わっていない。
「このままだと、貴方の妹が全てを終わらせるかもしれませんね」
男はそのまま【世界蛇】の方向へと視線を向ける。
(まさか・・・・・)
「蒼に、なにをした」
「本来の姿に戻して差し上げただけですよ。世界を喰いつくすのも時間の問題でしょう」
・・・・・・そうか。
俺はまた、あいつを救えなかったのか。完全に、俺だけを目標としていると思い込んでいた。
背の羽が黒く淀み、散り散りに崩れてゆく。
【大天使】の能力が解除され、また感情が黒く染まる。
「柳隼人ッ!」
俺の異変に気付いたシャルティアさんが叫ぶ。
心配させてしまった事を心の中で謝りながら、俺は赤い瞳を奴に向ける。
「反・・・・・・せよ、――・・・・・・神」
「おや?」
男が僅かに後ろに下がろうとする。
俺の領域を考慮して間合いを開けようとしたのかもしれない。
距離は十五メートル程。
「視界に映る距離なら関係ねえよ」
男の体がスタンプのように潰れて地面の染みと化す。
「すいませんシャルティアさん。あそこには自分一人で行かせてください」
「今の貴方はまともな状態だとは思えません。私も一緒に――」
「お願いします。ここは、任せて下さい」
笑みを浮かべながらシャルティアさんに返す。
なにかを感じ取ったのか、シャルティアさんはほんの一瞬眉を寄せる。
数秒間の思考の後、「はぁ~」と珍しく長い溜息を吐き、シャルティアさんはユリウスさんの方へと向き直った。
「ならば私は私の仕事を遂行しましょう。混乱した現場は特殊対策部隊とソフィア・アンティラが何とかするでしょう。さっさと行きなさい」
「・・・・・・ありがとうございます」
こんな非常時に、わざわざ俺の感情を優先してくれたのだ。今日が終わったら俺に出来る事はなんでもしよう。
そんな事を思いながら俺はその場から飛び上がり、上空に【世界蛇】が見える地点に高速で移動する。
移動の最中、昔の記憶を思い出していた。
俺がまだ小学生の低学年だった頃、両親が仕事で家を空けるため、一時的に知り合いの居るお寺に預けられた時があった。
『別にちょっとぐらいなら二人でも大丈夫だと思うんだけどなあ』
今思えば、俺が一度能力を使って大罪能力者を殺した後だったため、そんな事が二度とないように誰かの目を付けたかったのかもしれない。
『お兄ちゃん遊びに行こうよ!』
『いや、お母さんに大人しくしといてって・・・・・・』
『あははっ! 太陽が眩しい!』
『・・・・・・』
蒼は小さい頃から活発な性格で、この時も外で遊ぶと言って聞かなかった。
仕方なく俺も同行し、夕暮れになるまで遊んで、ようやくお寺に戻ろうと帰路を歩く。
その途中、俺は歩道橋で荷物が多くて困っているおばあさんを見つけた。
お寺までの距離も近かった為、蒼に先に帰るように言って、俺はおばあさんの手伝いに走った。
『ありがとうね~』
『いえいえ、これぐらいなら大丈夫です!』
手伝いを終え、気分良く俺も蒼の後を追って寺を目指す。
数分歩いたところでお寺の門が見えてきたが、何故か開門したままだった。
疑問符を浮かべながら近づいていくと、寺の中が次第に見えてきた。
地面には血を流したお坊さんたちの姿が、そしてその先に、蒼の姿があった。
蒼の正面には、誰か分からない人物がおり、そいつのせいか、遠く離れていても蒼の体が震えているのが分かった。
『蒼ッ!』
なにが起こっているのかも分からないまま、ただこのままではいけないという思いで走り手を伸ばす。
俺の声が聞こえた蒼は振り返る。
瞳に涙を溜め、何かを言おうとしても震えて言えないようだった。
そんな中、蒼の背後で男が口を動かす。
何を言っているのかは分からなかったが、男の視線は俺を捕らえ、無造作に左手を向けられた。
――あ、死んだ。
直感でそう悟った。
その一瞬、確信した死の前で俺は脚を止めた。
同時に、視界の端で蒼の微笑が見えた。
声に出せないから、表情で伝えたのだ。
死の恐怖に呑まれた俺に、大丈夫だよと優しく訴えかけてくれたのだ。
次の瞬間、視界に映る光景が虚空に呑まれた。
俺は衝撃で転がり、なんとか影響を受けなかったが、途中で乱入してきた人物が蒼を止めるまで暴走は続いた。
ようやく収まった時、周辺一帯が更地になった光景は今でも目に焼き付いている。
その後のお葬式の場で、お寺の関係者が、死体さえ残らなかった親族を想い、蒼に対して罵倒を浴びせていたのも、裏であいつが泣いていた事も、覚えている。
あいつは何も悪くない。
悪いのは、寺を襲った男と、弱かった俺だ。
蒼はただ、俺を守りたかっただけだったんだ。
『なにが全員を救うだよ・・・・・・自分の妹さえ、守るどころか、守られてるじゃないか・・・・・・』
その日から俺は不相応な目標を捨て、家族だけを守るために。そして、神がまだ生きているという当事者の男を殺すためだけに能力を使いこなしてきた。
「・・・・・・はぁ、自分を殺したくなってきた」
その結果が、これか。
俺は目的地に到着し、そこに立つ長髪の少女に目を移す。
確かにいたはずの【世界蛇】は完全に姿を消していた。
(喰ったか・・・・・・)
髪が解けてはいるが、見た目に変化はない。
ただ、発しているオーラは全く別物だった。いつもの陽気な雰囲気は吹き飛び、殺意と我欲に満ちたものになっている。
「さっさと帰るぞ。今日はお前の好きな晩御飯でも作ってやるから」
いつもと変わらぬように呼び掛ける。
「なにを言ってるの? 私のご飯は目の前にあるじゃない? さ、殺し合おうよお兄ちゃん! もうお腹が空いて仕方ないの、少しでもいいから満たしてね?」
何か変化があればすぐにでも戻せる可能性があるとおもったが、そう甘くはないらしい。
「完全に【暴食】に呑まれてんな。まあいい、お前こそ安心しろ。全力で戻してやるから、その笑みを絶やすんじゃねえぞ」
本当に、詰めの甘い自分が憎い。
それでも、二度もお前を救えなかった無能な兄だが、もう一度お前の手を取らせて欲しい。
「ふふっ、可愛い♡ でも、無理じゃないかな? だってお兄ちゃんじゃ私に勝てないもの」
ぺろりと舌を出す蒼。
俺は不意に腕に違和感を感じ、左腕に視線を移す。
(まじかよ・・・・・・)
左腕が根元から消滅していた。
遅れて断面から血が噴き出す。蒼の動きは一度も見逃さなかった、不可視だが、五感を集中する事で蒼の周囲に存在する具現化した能力も感知できる。
「そういう事か」
一度、母さんに【暴食】の能力について聞いたことがある。
その時に言っていた事、
――あれは別に、対象に直接触れる必要はないの。存在や概念そのものを喰らう事が出来る。ただ、勿論限界も存在するわ。世界全てを平らげる事なんかは出来ない。まあ、飢餓状態にもよるでしょうけど。
つまり、今の俺は触れずとも殺せる範疇の存在であるという事。
ただし限界は存在するという。
概念を喰らう時点で、限界がどうのこうのの話は無意味な気もするが、俺は一つだけ、確実に喰われない存在が思い浮かんだ。
理外の存在と言えばだ。俺は何度もその存在に救われてきた。彼等は、その気になれば世界すら滅ぼす力を持つ正真正銘の怪物だ。【暴食】でも易々と侵せる存在ではない。
俺を選んでくれた神に感謝しよう。
神殿や人類のためでなくて申し訳ないが、その力で今、妹を助けることが出来る。
「位階上昇――起きろ、戦神」
まだ、止めない。
上昇、上昇、上昇・・・・・・
「もう、頑張らなくていいんだよ。・・・・・・あれ?」
蒼の表情が変わった。
俺の存在の増幅に戸惑っているように見える。
俺は左腕を再生し、金色に変わった両目で蒼を見る。
そのまま一歩、足を踏み出す。
「神象――覇者集う戦場」
一瞬、周囲全域が闘気で満ちる。
世界を侵食し、改変していく。
気付けば、円形闘技場の中心に俺と蒼の姿があった。
「ここは結界? でも、こんなもの壊しちゃえばいいじゃない」
能力を使用し、この結界を壊そうとする蒼だが、空間に干渉しようとした時点で能力が弾かれた。
「さっきからなにが起こって?」
疑問符を浮かべ顔を傾ける。
そりゃ分からんだろう。こんな馬鹿な事をするとは。
そもそも、今の俺の力では自力で神象を発動する事は出来ない。
「ここの縛りは単純だ、一対一のタイマンの強制。それ以外には特になにもない」
「・・・・・・まさか」
俺の姿をまじまじと見る。
徐々にその目は見開かれ、瞳からすうっと涙が零れた。
「・・・・・・あはっ、あはははははっ! 馬鹿っ、本当に馬鹿! なんでこんな事に・・・・・・人間止めようとしてるのよ!」
「悪いな」
そう、俺がした事は存在を神と同等に引き上げる事。
俺は神の器ではない。おそらくこの状態を解けば、相応の代償が俺に降りかかる。まあ、死ぬこと以外なら全て受け入れるさ。
ごり押しだが、これなら不合理に存在を消される事はなくなる。
「もう、なにこれ! 鬱陶しい!」
強引に涙を拭って俺を睨む。
「おいおい、笑ってろって言っただろ?」
「・・・・・・もう、黙って。すぐに、終わらせるから」





