169話 鏡
学校の放課後、その帰りに私は渚ちゃんと一緒に家に帰る。
「本当に今回もお邪魔しちゃってもいいのかな?」
「いいよいいよ。お兄ちゃんも喜ぶだろうし」
「それならいいんだけど」
お兄ちゃんは絶対に邪魔などとは思わないだろう。
私が少し見ない間に、渚ちゃんにお兄様なんて呼ばせてたぐらいだし、むしろ千パーセント喜ぶと思う。
(うん、可愛いな)
我が親友はそれはもう可愛い。
今まで私が関わってこなかったタイプだ。上品というかなんというか、RPGの役職で言うなら僧侶って感じだ。
多分育ってきた環境の違いだろう。
渚ちゃんは東雲家という名家の娘らしい。気になってちょっと調べてみると、あらゆる産業に手をかけている凄いお家だった。正直規模が大き過ぎてよく分からなかったけれど、そんなお家で育ってきたならマナーとかも厳しいんだろうなぁなんて想像した。
だから・・・・・・
渚ちゃんを私色に染めちゃいたいと思います!
だってこの世界には面白い事ばっかりなのに、渚ちゃんは凝り固まった思想に自分から閉じ籠りに行っているのだ。人生の半分以上は絶対に損をしていると思う。
多分、外に踏み出すための鍵を持っていないのだろう。
鍵の場所が分からなくて、外に出るのも少し怖くて、そんな不安が彼女の一歩を邪魔しているのだ。
まぁ、そんなものは私が壊すんだけどねっ!
ふ、ふふふ。
生粋のお嬢様の純粋無垢少女が、あわあわと混乱しながらも私色に染め上げられていく様を見るのは最高だろう。
「えへ、えへへ」
「どうしたの蒼ちゃん? なにか楽しい事でも思い出したの?」
「はっ! 失敬失敬、昨日テレビで見た犬の芸が面白かったから思い出し笑いしちゃった」
「可愛いよね犬! 私もゴールデンレトリバーを飼ってるんだけど、やっとお手が出来るようになったの!」
・・・・・・浄化されてしまいそうだ。
渚ちゃんの思考の中には、人を疑うとかそういうのがないのかもしれない。私にも確かにあったはずなのに、どのタイミングでピュアハートを置いてきてしまったのか。
「・・・・・・渚ちゃんはもうそのままでいいのかもね」
「なんのこと?」
「や、なんでもないよ」
首を傾げる仕草すら可愛い。今日はゴスロリでも着て貰おうか。
(雨降りそうだなあ)
ふと空を見上げる。
一面を雲が覆いつくし、今にも泣き出しそうな様相をしている。
今日の天気予報では晴れだったが、珍しく外したらしい。
傘を持ってきていないから雨が降り出したら大変だ。
ポツリポツリと空から雫が降ってきた。
「やばっ! 降ってきちゃったよ!」
「兎に角雨宿りしよう! 佐橋さんに送って貰えるよう連絡してみる」
急ぎ足で近くのお店の軒下を目指して移動する。
その途中、男の人に声を掛けられた。
「すみません、そこのお嬢さん。少しお時間よろしいでしょうか?」
若い、二十代であろう姿をした男性で表情がない。
何故か傘もささず雨に打たれ続けている。
「あの、風邪を引かれますよ? それにいきなり声を掛けられましても困るといいますか。こちらにも用事が・・・・・・蒼ちゃん?」
渚ちゃんが私の名前を呼ぶ。
それもそうだろう。
今の私は自分でも自覚できる程動揺している。
手からバッグが落ちてグシャリと鈍い音を立てた。
「どうして・・・・・・」
口から出たのは疑問の声だ。
それもそうだろう。
なにせ目の前の男は――私が数年前に殺したはずなのだから。
「お久しぶりですね。あの程度で私は死にませんよ」
その言葉に同一人物である事を確信する。
男はすっと目を細めて私を見る。
「それにしても危ない状態ですね。こちらとしては好都合ですが、堕としてくれと言っているようにしか見えませんよ」
背を駆ける悪寒に思わず数歩後ずさる。
「貴方、一体なんですか? それ以上近づくならこちらも容赦しませんよ」
明らかに様子のおかしい私を庇うようにして渚ちゃんが前に出る。
でも、駄目だ。前に出てはいけない。渚ちゃんの袖を握って後ろに引こうとするが、体が上手く動かない。
「良い才能です。しかし今は原石に過ぎない、私を相手には出来ませんよ」
「忠告はしました」
一触即発の雰囲気、さらにその間に二人の黒服の人達が割って入る。
「お嬢様、お下がりください」
「ここは私達が」
渚ちゃんの護衛だろうか。
どこからともなく姿を現して、私達の姿を隠すようにして男を睥睨する。
「兄ちゃん悪いな。なんの目的か知らねえがお嬢様のご友人が怖がってんだ。ここは引いちゃくれねえか」
黒服の内、大柄の男の人が威圧するような声でそう呼びかける。
「それは出来ない相談ですね。それではわざわざ私が動いた意味がありませんから」
返答は否だ。
無表情を張り付けた顔が黒服さん達に向く。
全く感情の分からない男相手に訝し気な表情を浮かべながら、黒服さんは一歩踏み出した。
「じゃあ力づくだ。拘束させてもらう」
黒服さんの周囲の雨が一瞬停止、そして操られるようにして一匹の蛇のような姿をとる。
「やれ」
命令に従い蛇は体を捻じれさせながら、男に飛びつき、体を締め上げる。
幾ら藻掻こうとしても不定形の水が相手なら脱出する事は困難だろう。技に変換する速度、技量ともに流石は護衛を任された能力者だといえるだろう。
ただ、
『爆ぜろ』
相手が悪すぎた。
その一言で蛇が弾けとび、姿を維持できなくなる。
一瞬硬直する黒服さんの元へと男は悠然と歩きながら一言。
『凍れ』
氷の彫刻が生まれる。
中には先程水の蛇を生み出していた黒服さんが入っていた。驚愕した表情を張り付けた状態で氷の檻に閉じ込められている。
瞬く間に無力化された事にもう一人の護衛の人と渚ちゃんが目を見開く。
(あぁ、いけない。このままじゃまた、繰り返してしまう)
動け、動けと体に言い聞かせても、どうしても体が動いてくれない。
脳裏に刻みついた記憶が鎖となり私を雁字搦めに縛り付ける。
「水瀬っ! くっ、お嬢様お逃げ下さい!」
もう一人の護衛が手を前に出して三つの風の刃を撃ちだす。
『反転しろ』
「かはッ?!」
撃ち出した刃が全て術者に返り体中を切り裂く。
どさりと地面に倒れた衝撃で飛び散った血が頬に張り付き、護衛の人の体からはとめどなく血が流れている。
「だ、め。もう、やめ、て」
「蒼ちゃん、早く逃げようっ!」
振り返り私に手を伸ばす渚ちゃん。
『止まれ』
「動、けないっ?!」
その状態で男の言霊によって身動きを封じられる。
渚ちゃんの隣を通って、男が私に一歩ずつ近づいてくる。
震える足を動かして数歩下がるも意味はなく、男の姿はもう眼前にまで迫っていた。
「何故能力を使わないのですか? 貴女は戦うだけの力はあるでしょう?」
どうしても、能力を使えないのだ。
今の不安定な状態であれば、周囲の全てを消してしまうかもしれないから。
私が能力を使えば、死体も、骨すらも何も残らない。
その人が生きていた証を丸ごと消滅させてしまう。親友を失うかもしれない選択など取れるはずもない。
瞳を揺らす私の前で男は懐から布に巻かれた何かを取り出す。
「さあ、幕引きにしましょう」
布を外し現れたのは一枚の鏡だ。
私と正対するように掲げられた鏡の中の自分と視線が合う。
鏡の中の自分が歪に口角を上げたのを最後に、私は意識を失った。
(´;ω;`)





