152話 駆除
「ちッ・・・・・・!」
吸血鬼が衰弱している女性の首に爪を立てる。
最悪だ。
自身の詰めの甘さを呪う。
「反撃してもいいぞ? 家畜を見殺しにすればいいじゃないか」
障壁の動きに応じて女性を盾のようにする。
(くそっ・・・・・・!)
いかん。冷静な判断が出来なくなりそうだ。
しかし、俺の攻撃する速度と奴が人質を殺す速度、明らかに俺の方が後手に回る。無暗やたらに攻撃を仕掛ける訳にはいかない。
「十秒やろう。お前が自害すればそれでよし、惨めに足掻くならば即座にこの餌は殺す」
ちッ! 考えている余裕はない。今の自分に出来る最善を考えろ。
俺が死ねばどのみち人質女性はいずれ死ぬことになるだろう。よって俺が自害する選択肢は存在しない。
だが、目の前の人質を見殺しにする事など俺には出来ない。
ならば、
「八。さあ、そろそろ覚悟を決める時だぞ?」
これは半分賭けだ。彼がこの空間にいない可能性だって十二分に考えうる。
しかし、俺の力では彼女を救う事は出来ない。
不甲斐ない男ですまない。また、頼らせてもらうぞ。
左腕を頭上に掲げ、障壁を三枚集める。
「ほう、人質は見捨てるか」
「壊せ」
命令を受けた障壁が、天井目掛け飛翔し、盛大に破壊する。
そして、爆発を付与した障壁をぶつけ合う事で、天空で凄まじい爆発が巻き起こる。
「なるほどな、仲間を呼んだ訳か。だが、それで? この状況はなにも変わる事はない。お前は選択を間違えた。――零だ」
吸血鬼が女性を殺さんと爪を押し込む。
首筋に爪が触れ、今まさに命の灯が消えようとした時
――吸血鬼の数メートル背後に、人影が舞い降りる。
衝撃で床に亀裂が入り、城が大きく揺れる。
突如現れた乱入者に吸血鬼が振り返る。
「なんだ、お前達は?」
警戒を露わにする吸血鬼の傍らで、戦闘の最中にも関わらず俺は肩の力が抜けるのが分かった。先輩として情けないが、やはり彼がいるのといないのとでは心の余裕が段違いだ。
(・・・・・・流石だな、この場所を示して数秒と経っていないというのに)
「南さん、ちょっと降りて貰ってもいいですか?」
「は、え? 今なにが起こったんだ? 君が俺を背に担いでその後・・・・・・」
「ははっ、すいません。ちょっと急過ぎましたね」
背に担いでいた男性を下ろす。
苦笑を浮かべながら、柳は油断ならぬ視線を周囲に向ける。
「聞いていた数より少し多いな、Aランクが十体か」
「・・・・・・期待外れだな。強者かと思ったが、一人は戦力にならず、まともに立っているのは餓鬼ではないか。はぁ、俺の享楽を邪魔するな。お前達、そこの二匹を殺せ」
吸血鬼は興味を失ったかのように柳から目を離すと、配下に殺すよう指示しする。
「仕切り直しだ。さあ、その目で――」
ぐしゃりと、鈍い音がした。
吸血鬼の頬に、頭上から降る赤い液体が付着する。
次いで、奴の眼前に巨大な何かが落下した。
「・・・・・・なに?」
それは頭部だ。
吸血鬼の配下にいた大型の頭部だったものだ。それが首の根元から強引に破壊されている。
吸血鬼は大きく瞳を見開き、再度振り返る。
飛び散る血痕、二体の怪物の死体、大型の体の上で腰を下ろす柳が吸血鬼を見下ろす。
「ま、二匹蟻が増えたところでどうという事もないが。それで? お前が元凶か、吸血鬼」
◇
吸血鬼を見下ろす。
驚愕に目を見開いていることから、俺の存在を把握していないらしい。
悠久を生きる種族である為か、かなりルーズな性格なのかもしれない。
「・・・・・・はっ、粋がるなよ小僧。お前達人間は人質を盾にすればなにもできんのだ。この女が目に入らないのか?」
いや、見えるさ、見えるとも。
汚らしい手で女性に触れている糞野郎の存在をこの両目で。
さて、どう始末しようか。
立ち上がると、吸血鬼の元へと悠然と歩きだす。
「それ以上近づけば――」
「近づけば、何だよ?」
奴の眼前、手の届く距離に俺は瞬時に移動する。
そもそもの話だ。
俺の視界内、それも数百メートル圏内で人質がどうのと言うのが意味が分からない。この俺を出し抜こうというのなら、世界中に複数の人質を用意すべきだ。
「お前、舐め過ぎだぞ」
「ッ・・・・・・?!」
奴が次の動作へと移行する前に、手刀で両腕を両断する。
重力に従い落下する女性を闘気で包み、背中に手を回し持ち上げると、金剛さんの場所まで高速で移動する。
「すいません。女性をお願いしてもいいですか」
「勿論だ。すまないな・・・・・・後は頼んだぞ」
「えぇ」
金剛さんに女性を預けると、即座に体を半回転させて、背後から飛び掛かる虎の怪物と正対する。回転する流れのまま、右手で怪物の顔を鷲掴みにすると、床に叩きつける。
轟音が轟き、怪物の肉片が辺りに飛び散った。
「ただ、虫の居所は悪いので。少々手荒になるのはご容赦を」
本当に怪物は俺の神経を逆なでするのが上手い。
女性の様態を確認して分かったが、あの状態は一週間や一か月間でなるものではない。
血を少しづつ吸われ続け、生かさず殺さずの境界で、ずっと苦しんできたのだと、ボロボロの体に触れて、直ぐに分かってしまった。
「ふっははははは! 面白い! 侮った事を謝罪しよう。お前がエースだったか! まさかこのような秘密兵器が隠れていようとは」
笑うな。
あまり周囲は巻き込みたくないんだ。これ以上俺の気分を害さないでくれ。
「日本にもう一人いるという序列九位か? いや、九位は死んでいるとの事だったが。まあ、よい。少しは楽しめそうだ!」
吸血鬼が俺との距離を詰める。
振るわれる剣閃は狙い違わず俺の首筋に吸い込まれる。
「んなッ?!」
思わずといった風に漏れる驚愕の声。
俺はなにも動いていない。しかし、濃密な闘気を突き破れず、剣が留まっている。
拳を闘気を収束させる。
俺の只ならぬ覇気を察し、金剛さんが障壁を展開して南さんも保護しているのが目端に映った。
ありがたい、これで本気で殴れる。
「俺は、絶対者だ」
上から振りかぶり、拳を下に叩きつけるように振るう。
本能か、咄嗟に剣を交差して防ごうとするが、俺の拳と衝突した途端に剣は崩壊し、止まらぬ拳は吸血鬼を穿つと、勢いそのままに床にぶつかる。
結果、風船が破裂するかのように、城が吹き飛んだ。
瓦礫の上に着地し、吸血鬼がいるであろう場所に声を掛ける。
「起きろ。この程度で死ぬ種族じゃないだろ」
瓦礫の山が吹き飛び、中から無傷の吸血鬼が姿を現す。
「当然だ。・・・・・・しかし、絶対者だと? 俺が現世に姿を現さない間に随分と変動があったと見える。これが終わり次第、一度確認に出るか」
驚いた。まさか生存できると思っているどころか、俺に勝てると思っているのか?
不死の弊害か、自分に危険が迫っている事をまるで認識できていない。いや、こんな場所に引き籠って王様気分を味わっていたからかもな。
井の中の蛙大海を知らず。
残念ながら蛙にも劣るボウフラだが。
「俺に勝てるつもりか?」
「無論だとも。――人質が一人などと誰が言った?」
奴の周囲の影が不気味に揺らめく。
「【影の王】、周囲の影を自由自在に操る能力だ。この中には数千の餌がいる。俺が死ねばこの中の奴等も死ぬ、はっ! 不死など関係ないんだよ。それ以前にお前等は俺を殺す事など出来ない!」
「・・・・・・ふっ、はは」
「何を笑っている? 気でも狂ったか」
本当に、何も分かっていない。
人間を、絶対者をなにも理解していない。
「心の底から絶望してくれ」
南さん。
あなたの覚悟を、この場でぶつけて下さい。
道は、俺が作りますから。
「位階上昇――永久の物語をここに、伝令神」
強・・・('Д')





