146話 出発
夢の時間が過ぎ去るのは早い。
休日が明け、我がクラスメイト三人による、ご指導という名の桃源郷タイムが二日過ぎ、ついに今日は水曜日。
静岡の救急隊で一日任務を体験する日である。
まだ実行部隊でないだけ危険度で言えばましであるが、それでも救急隊の仕事とて現場に出る事に変わりはない。
最悪、実行部隊と共に戦闘しなければならない危険な仕事だ。
――目覚めが悪くなるので、今日行く生徒達の中で誰も死なない事を祈るばかりである。
「他人の前にまず自分か。油断していたら俺も死にかねんな」
と言うのも、静岡に定期的に出現しているという怪物。
金剛さんから聞いた当初は軽く考えていたが、詳細を聞いて考えを改めざるをえなかった。
まず、異界に人を連れ込む能力を持つ怪物がいるという事。
この特性を持つ怪物は世界で確認されているだけでも、片手で事足りる数しか存在しない。そしてその全てがSランク以上の存在だという事。その存在だけで特殊対策部隊数人がかりの任務である。
異界にいる怪物の一体として、SSランクの【世界蛇】が最も有名な例だ。
今はアランさんが探し回っているらしいが、見つけられるかどうかは運次第というのが俺の見解である。
「そして・・・・・・ふざけてんのかこの数」
菊理先輩が予知した結果から、推定される敵の強さと数が書かれた書類を睨む。
Sランクが四体にAが八体、他の怪物も殆どがD以上の怪物で、Bランクは二桁に乗っていると。
さらには時間が経つごとに数を増やしているときたら・・・・・・もう、乾いた笑いしか出てこない。
(俺一人で狩れるか・・・・・・? 相手の能力次第だな)
特殊対策部隊も全員が出動すると聞いているが、出来るだけ彼等に負担がいかないようにSランクは全て仕留めておきたい。因みに、その全員の中には菊理先輩と桐坂先輩も含まれているとの事だ。
直接の戦闘ではなく、彼等のサポートで戦線を維持する役割だが、まだ十歳そこらの少女が出るべき現場としては命の危険が大きすぎる。二人は今後の日本を担う重要な能力者だ。一人として失う訳にはいかない。それに利益を無視しても、あの国宝級の笑みが見れなくなるとか最悪以外のなにものでもないだろう。
「おい柳、そろそろ出発するぞ。黄昏てないで早く車に入れ」
校舎の壁に背中を預け唸り声を上げている俺に、二階堂先生が早く車に乗るように促す。
時間は早いが、もう出発の時間が来ているようだ。
「おっと、すいません。他のお三方は?」
「もう既に乗車して貴様を待っている状態だ」
「そいつは申し訳ない!」
早足に二階堂先生の愛車へと駆け寄り、ドアを開ける。
「あ、やっと来たわね。後ろは女子三人が詰めてるから柳君は助手席よ?」
「ふふっ、ぎゅうぎゅうだけど柳君もここに入る?」
「ちょっと寧々!」
「・・・・・・」
「い、いえ。自分は助手席でいいです」
沖田先輩の素晴らしい誘いを血涙を流しながら断る。
七瀬先輩と由良さんの無言の眼差しが無理矢理に俺の理性を押し留めた。
助手席に乗り込むと、リュックからインカムを取り出して耳に取り付ける。
これは特殊対策部隊と繋がっているもので、起動する事が俺が向かうという合図にもなっている。
最後に二階堂先生が乗り込むと、エンジンをかけて一度見まわす。
「よしっ、ちゃんとシートベルトも着けたな? 発進するぞ」
「「「「お願いします」」」」
四人と先生一人を乗せた車が発進する。
他にも戦闘志望の学生がいるが、この車には我々のみである。
・・・・・・ここまで言えばお気づきだろう。
そう、我等は連中とは別に静岡へと向かっている。
理由は言わずもがな俺だ。他の生徒に会わせる事も出来ないという事で、教室内の生徒で一班とし、二階堂先生監修のもと今日の経験に望むという事だ。
残りの学生はバスで向かい、そこには保険医と戦闘方面の先生が同乗している。
ソフィアさんとシャルティアさんの二人である訳だが、二人には一応怪物が出没している旨は伝えてある。
目の前に現れたら対処しておくと言っていたが、どこまでやってもらえるかは分からない。
因みに、俺の護衛だが、今は誰も付いていない。
代わりに俺の場所がすぐに分かるようにGPSを幾つか服に取り付けられた。数分の内に俺がやられなければすぐに駆け付けられるとの事らしい。
(怪物だけでなく他の連中も意識しないといけないとか、ストレスで将来禿げそう)
今からでも植毛とか検索しとくべきだろうか。
父さんが禿げてないから大丈夫だとは思うが、一応保険はかけておくのが先決かもしれない。
「柳、私のバッグから仮面があるからそれを持っておけ」
死んだ目で窓から外を眺めていると、二階堂先生からお声がかかる。
しかし、その内容に首を捻り、先生に問いかける。
「仮面ですか? 何に使うんです?」
「貴様が着けるんだよ。貴様がいたらあちら側が恐縮して何も言えなくなるだろう」
「た、確かに」
明らかに自分達より戦闘を経験してる存在がいたら、教えるべきことも言いづらくなるかもしれない。
ちらっとバッグから覗いている仮面を見やる。
小さい頃テレビで見ていたなんちゃら戦隊の仮面がそこにはあった。赤色だからセンターだろうか。
「これ、着けるんですか・・・・・・」
「丁度甥っ子にあげようとしていたものがあったのでな、甥っ子には別のものを渡すつもりだから、遠慮せずに使えばいい」
そっちの遠慮はしていないんですが。
マジか。これ着けて人と話すとか、黒歴史確定じゃないか。
「ぷっ、ふふっ。別にいいんじゃないかしら。似合ってると思うわよ」
「ねえねえ! 着けたら写真撮らせてよ」
「・・・・・・・うっ、ふふっ」
後部座席の女性陣からは大変人気のようだ。
無口の由良さんでさえ必死に口を押さえて笑うのを我慢している。プリ〇ュアの仮面を無理矢理つけて差し上げたい気分である。
「はぁ・・・・・・」
これからの任務が憂鬱でつい溜息を吐く。
【大天使】の能力を実戦で使ってどこまで通用するか・・・・・・全く、自分の能力ながら癖が強過ぎる特性でまいってしまう。
己の近くに存在する、他人の持つ【大天使】に対する認識や土地の伝承が、そのまま俺の能力を左右するという不確かな能力。
使い方次第で権能すら凌駕する可能性はあるが、逆に全く使えない能力にもなる瞬間が存在する、してしまうのだ。
余程【魔王】の方が使い勝手がいいが、あの状態は簡単になれるものではない。
その上、場合によれば俺の精神が侵食される可能性もある。
(おかしい・・・・・・どうして俺の能力だけこんな個性が尖ってるんだ)
生物の授業で見たボルボックスぐらいは尖りきっている。
「なにを悩んでいるのかはわからないけれど、考えすぎるのも体に悪いわよ?」
「え?」
「ほら、チョコレートあげるから。これで糖分補給して」
「あ、ありがとうございます」
渡される数粒のチョコレート。
僅かに笑みを浮かべる七瀬先輩に一瞬目を奪われた。
(・・・・・・そうだな。どうせなるようになるんだ。俺は全力を出すだけ、それ以外は今は考えない)
一息に全てのチョコを口に放り込む。
大丈夫だ。冷静に対処すれば死者は出ない。
それに、俺以外にも二人も絶対者がいるんだ。彼女達の能力は分からないが、存分に頼らせて貰おう。
明らかな雑魚がいないというのがキツイですね(>_<)





