114話 それは突然に
十月二十八日。
部屋に掲げられた時計の時刻はぴったり十三時を指している。
「暇だな」
蒼は先程買い物に行くと言ってなにやらニヤニヤとしながら家を出たので、現在家には俺しかいない。
時間を潰そうにも、気軽に使えそうなスマホは何故か持っていないようだし、自室においてあるパソコンは壊れているのか画面が付かない。
唯一する事と言えばルイを撫でることぐらいだ。
「そう言えば、以前の俺は能力が使えていたんだっけ?」
どんなものかは分からないが、一応超常の力を保有しているようだ。その詳細は聞いていないが、一体どんなものか少々気になる。
試しに腕に力を込めてみたり、遠くの物を見ようとしたりするが、なにも変わった様子はない。身体強化の能力ではないのかもしれない。数分程頑張ってみたが、うんともすんともいわない為、すぐに諦めてどうしようかと考える。
「暁さんの所にでも行こうか・・・いや、短期間で何度も行くのは迷惑かも」
う~ん、どうしたものか。本当にすることがない。
「・・・取り敢えず、外に出るか」
体を動かさないと鈍るしな。
ささっと私服に着替え、ついでに蒼に選んでもらったネックレスも首から下げる。
「にゃ~」
「ちょっと外に出てくるから、大人しく待ってるんだぞ」
擦り寄って来て撫で撫でをご所望のルイの頭を軽く撫で、家を出る。
目的地は特にない。気分転換に外に出た時と同じように気分で転々と場所を巡ろうと足を進めた。
・・・
「おかあさ~ん! クレープ食べたい!」
「もう、仕方ないわねえ。どのクレープが食べたいの?」
平和だ。
微笑ましい親子の会話に自然と頬が緩む。他人が笑っていると、不思議と自分まで楽しくなってくるのは謎だ。そう考えると、俺は随分と蒼の笑顔に救われているのかもしれないな。
(そう言えば、昼ご飯食べてなかったな)
昼ご飯の代わりにクレープというのはどうなんだろうとは思うが、今日ぐらいは別にいいだろう。クレープ店の列に並び、すぐに自分の番が来ると苺クレープを注文する。辺りを見回すと、丁度いいところにベンチがあったので、クレープを片手にベンチに腰を下ろす。
「あっ、美味しい」
苺の甘みが、そこまで後を引かないのがいい。
また今度蒼も連れてこよう。喜ぶに違いない。
「隣、いいですか?」
「ん? ああ、いいですよ」
不意に隣から声を掛けられた。
珍しい白い髪をした少年だ。俺と歳はあまり離れていないように見える。
ただ、その髪の色とは正反対の、底が見えない暗い瞳がなんとも不気味に感じる。
白髪の少年はベンチの左側に座ると、膝を組んで空を見上げる。
(・・・不思議な雰囲気を纏ってる人だな。一体なにを考えてるんだろう)
常人とは違う世界に生きてる、と言う感じがする。
表現するのは難しいが、例えるならば、種族も、持っている能力もこの世界とは違う別世界の人という感じだ。
「どうやら、記憶がないというのは本当らしいですね」
「へっ? もしかして俺の事を知っている方ですか?」
いきなりの言葉に動揺してしまった。
記憶の事を知っているという事はこの少年は俺の知り合いという事だろうか。
「残念だ。ああ、残念残念。これでは完全に肩透かしだよ。万全を期してこの場に来た僕が馬鹿みたいじゃないか。ああ、いや、いいんだ。こちらとしては好都合ではあるからね」
次いで、少年の雰囲気が、変わる。
何故か背筋に寒気が走り、脳が警鐘を盛大に鳴らす。
手から零れ落ちたクレープが地面を盛大に汚す。
「ねぇ、君はこの世界が狂っていると思ったことはあるかい?」
「・・・あの、一体」
「僕はこの世界をぶち壊したいんだよ。なにもかもね」
そう言いながら少年は空に向け手を上げると、握りつぶすように開いた手を閉じる。
彼の表情は狂気を浴びたように口が吊り上がり、目は爛々と輝いていた。
「別に大層な理由がある訳じゃないんだ。でもね、僕を同情や侮蔑の目で見つめる奴を殺したくて仕方がないのさ。同情の視線を向け続けた親を殺したのは、物心がついた幼少の時だったよ。何故か謝る両親には思わず笑ってしまった」
なにを・・・言っているんだ。
頭に内容が入ってこない。
嬉々として語る少年に恐怖の感情が募っていく。
「まあ、自分語りはこの辺にしておこうか。そろそろ怒られてしまうからね。非常に残念ではあるが、無慈悲に、冷酷に幕を引かせてもらおう――さあ、どうする正義の味方君?」
少年が俺に顔を向けながら左手の指である方向を指さす。
人通りが多い、十字路だ。
そこにはいつの間にか不自然な箱があった。黒い箱だ。通行人は訝しげにそれを見ながら、避けるように一定の距離を取る。
住宅一軒は優に入る程の大きさをしたそれは、少年が指を弾くと共に、周囲の壁が四方に倒れた。
「なっ?!」
そして、中から大量の人間が飛び出す。
ざっと百人程度の数だ。
よく見ると彼等の様子はおかしく、視点が定まっておらず、奇声を上げている。
「死ねえ、死ねぇえ! がぁああああ!!!」
「きゃぁあああ!」
遂には、飛び出した人達は近くの通行人を無差別に襲い出す。
なにかの演出ではない事は、必死の形相で逃げ回る一般人の表情を見れば一目瞭然であった。
「逃げろぉお!」
「こいつら、報道されてた犯罪者達だ!」
「なにが・・・起こって」
唖然としながら、そんな無意味な呟きを零す。
・・・数分の間に、日常が崩れた。
怪物でもない人間の手で。
「いいねぇ! 素晴らしい絶望の序章じゃないか」
白髪の少年は手を大きく開いて、まるで舞台の役者の如く高らかに嗤う。
狂っている。
どうして嗤える? この平和とは対極の光景の中を見てなぜ恐怖しない?
俺は逃げようと意識はするものの、足が震えて全くいう事を聞かない。
呼吸を落ち着けるように胸を抑えるも、一向に収まる気配を見せない。
(逃げないと、はやく逃げないと!)
聞こえて来る悲鳴に目を瞑り、耳を塞ぎ、ただただ自分がこの場から離れられればと藻掻く。
「ああ、見るに堪えないね。これが僕の宿敵? 自分が原因で他人が被害にあっているのに逃げようとするような臆病者が? はっ、正義の味方とはなにかの冗談かい?」
「俺が、原因だと? 全部君のっ!」
「ああ、この光景を生み出したのは僕だとも。しかし、それは君の為に引き起こしたことなんだ。だとすれば、君が原因だという事に変わりはないだろう?」
なんだ、それ・・・
そんな一方的な私情で。一体俺がなにをしたっていうんだ!
「・・・っ!」
感情の濁流に呑まれそうになり頭を抱える俺の視界に、先程のクレープを買っていた親子の姿が入った。入ってしまった。
恐怖に染まった表情を浮かべながらも母親が必死に娘の手を引いている。
その背後、一人の犯罪者が迫っていた。近くの電柱を根元から引き抜き、振り回している。
「あっ!」
「っ?!」
流石に親の歩幅に付いて行くのは無理があったのだろう。
少女は足を絡ませて、地面にこけてしまう。少女の頭上には、今にも電柱が振り下ろされそうで、すぐさま母親が少女の体を覆うように抱きしめる。
視界の中で、何かが弾けた。
体が震える程の恐怖が、別の何かに強引に握りつぶされる。
悩む時間は無かった。
気付いた時には、体が動いていた。
どうやって動かしたのかは分からない。
先程まで自分で見ていた光景の中に、親子の前に、俺の姿があった。
体に淡いオーラを纏い、一歩踏み出す。
「うぉおおおおお!!!」
恐れを吹き飛ばす全力の咆哮を吐き出し、握った拳で眼前の人間を全力で殴りつける。骨が折れた感触が伝わり、相手の体は大きく吹き飛び地面を転がった。
「俺が目的だと言うなら、関係ない人に手を出すな・・・」
震える声で、しかし瞭然と言葉を紡ぐ。
「来いッ! 俺はここだッ! お前等に他人を襲う余裕など一秒たりとも存在しない!」
愚かだと笑えばいい。
しかし、
自分に記憶がなく、無力だとしても、この感情の奔流は止められなかった。
4日投稿できるかなあ? 頑張ります(*‘ω‘ *)





