109話 選択
翌日、少し肌寒い朝にセーターを上からかぶり、お兄ちゃんと一緒に家を出る。
「何処に向かってるんだ?」
「着いてからのお楽しみだよ」
今日訪れる場所はお兄ちゃんには言っていない。
兎に角思い出に残っているような場所を転々としていこうとは思っているが、中には怪物の被害が大きく、近づくことが出来ない場所もある。
幸い、大災害での被害が殆どなく運行を続けている電車に乗り込むと、走行中の電車の車窓から外を眺める。
「変わったなぁ・・・」
この地域一帯はお父さんも動いていた事も相まって大厄災による影響は世界的に見ても比較的小さい。しかし、以前とは明らかに異なる街の様相が、やはり一目で分かってしまう程には被害を受けていた。
これで、被害が比較的小さいのだ。
A級以上の怪物が出現した地域など目も当てられない状況を被っている。改めて、お兄ちゃんの功績がどれほど大きいものかが分かる。
お兄ちゃんに目を移すと、意識してなにかを見ている訳ではなく、ただただ目の前を見つめている様子で、あまり外に感心は向いていないようだ。
「お兄ちゃん、今なにを考えているの?」
「うん? いや、なんでかな。電車に乗る時は、ぼうっとしてなにを考えるまでもなくただただ揺れ動く電車に身を任せるものだと思ってね。特になにかを考えている訳ではないんだ」
「へぇ~ なんだか仕事で疲れた社会人みたい」
「ははっ、案外そうなのかもしれないな。パソコン関係の仕事をしていたのなら、作ったソフトを企業に売りにでも行っていたのかもしれないな」
そんな他愛無い話をすること数分、目的の場所に到着する。
「お兄ちゃん早く早く!」
お兄ちゃんの手を引きながら駅の階段を駆け下りる。
「ほらっ! ここが今日の目的地の一つ。隣駅のショッピングモール!」
「おお、結構大きいな。それに新築みたいに綺麗だ」
「うん。ここは大厄災とは別口で怪物の被害にあった場所で、新しく建てられたんだって。でも、内部にあった店や構造は殆ど変わってないから大丈夫! っと、その前に」
はいっ、とバッグの中にあったものを手渡す。
「サングラス・・・?」
「そう、ちゃんと掛けてね」
「えっ、なん・・・」
「掛けてね」
「あっ、はい」
困惑した表情を浮かべながらもしっかりとお兄ちゃんがサングラスを掛けた事を確認すると、一緒に足を進める。
少し前であれば別段こんな処置をする必要はなかったけれど、今となってはお兄ちゃんの事を知らない人などいないだろう。再三言っているが、それ程までにテュポーン討伐の功績は大きかったという事だ。
これは余談だが、お兄ちゃんの順位は当然上がっている。四人飛ばしで、あの【剣聖】を差し置いて五位に昇格した。普通では考えられない昇格の速度だ。しかし、この災害の元凶を倒したのだからいっそ二位になってもいいのではと思う。が、一位を除いて、まだ上に三人も存在している。つまりこの功績をもってしてでも手が届かない化け物ということだろう。
閑話休題。
今はお兄ちゃんとのお出かけだ。考えたくない事をわざわざ考える事はない。
ぺしんっ、と右手で頬を軽く叩いて気分転換し、お兄ちゃんの手を握り直すとショッピングモールに入っていく。
・・・
「動物は可愛いなあ、見ているだけで気分が軽くなる気がする」
「家にルイもいるよ?」
「あの子も非常に可愛いけれど、穏やかな性格だから、癒されると言うよりかは、落ち着くという意味合いの方が近いんだ」
まず訪れたのはペットショップだった。
行きたい場所があるのか聞いた時、すぐにこの場所を指定した。
動物を眺めているお兄ちゃんの顔は横目で見ても和んでいるのがよく分かる。僅かに記憶が残っているのか、それとも記憶がない今の状態のお兄ちゃんがただただ偶然的に動物が好きだと言う点が一致したのかは定かではないけれど、気分が軽くなった、という事はお兄ちゃんが少なからず今の現状に、記憶を失ってしまっているという現状に負い目を、ないしはそれに近い感情を抱いているという事だろう。
自分のエゴで連れ出した今日ではあったが、お兄ちゃんにとってはいい気分転換になっているようで少し救われた気分だ。
三十分ほどペットショップで歩き回り、全ての動物を隅々まで制覇した後、次の場所に移動する。
今度は私の行きたい場所という事で、洋服店を選ぶ。
以前お兄ちゃんとデートした時は私の服を選んだが、今回はお兄ちゃんの服を身繕うつもりだ。服装にあまり関心が無いのか、お兄ちゃんの服は微妙なものが多い。普段着で特殊対策部隊の制服を着ていたぐらいだからその酷さが分かろうというものだ。
「う~ん、これもいいなあ。いや、こっちも捨てがたい・・・」
「あははっ・・・」
次々に服を選んでいっては着せ替え人形の如く、更衣室で着替えて貰い採点していく。
お兄ちゃんの苦笑いが見えない事もないが、こればかりは知らんぷりをするしかない。別に私の趣味の為、という訳でなく、私生活で服というのは極めて重要なファクターだからだ。これから日常の生活が増えるというのなら尚更である。
ふむ、それにしてもお兄ちゃんはなにを着ても似合うから困ってしまう。
いっそ、全部買おうかな? お母さんが家にいない間、家の家計簿を握っているのはこの私だ。お兄ちゃんの個人財産もある訳だし、この程度の出費は許されるだろう。
「すいません。ここからここまで全部買います。家に送って頂く事って出来ますか?」
「可能でございます。それではあちらで必要事項を記載していただきますでしょうか」
「は~い」
「・・・」
グロッキー状態のお兄ちゃんと連れ立って、書類を記入しお会計を済ませる。
いい仕事をしたと汗を拭っていると、ふとお兄ちゃんのお腹が鳴る。
「あっ、そろそろいい時間だからお昼でも食べに行こうか」
「そうだな。モール内の飲食店ですませてしまおうか?」
「う~ん、それでもいいけど。おすすめのラーメン屋があるんだっ! そこにしようよ」
お昼からラーメン。
中学生女子ではまず絶対にありえないチョイスだが、別にその場所が凄く美味しいからという理由で選んでいる訳では勿論ない。お兄ちゃんと行ったことのある料理店だからだ。
たかが外食。お兄ちゃんの記憶と深い関係があるとは到底思えないけれど、ほんの僅かでも可能性があるのならば今日は、今日だけは全て試そうと決めていた。
・・・
「へぇ、勧めるだけあって美味しいな」
「でしょっ! 特にこの豚骨ラーメンはねえ・・・」
時間の許す限り、全て。
「あははっ! お兄ちゃん歌下手過ぎっ!」
「し、仕方ないだろっ! 歌詞も殆ど覚えてないんだから! 画面に映るのをトレースするしか出来ないんだよ!」
いろんな所を歩き回り、以前の思い出の場所はあらかた行き尽くした。
何度も、何度も以前の姿のずれを見て、笑顔とは裏腹に自然と拳は強く握られていった。
・・・・・・
すっかり夕方になり、空は綺麗な黄金色に染まっている。
そして私達は今、街全体を見下ろせる高台に来ていた。
ここは特に思い出の場所ではない。
ただ、ここでならどんな事でもすっきりできそうだなと思ったから、最後に訪れようと最初から決めていたのだ。
「あぁ~ 一杯遊んで疲れちゃったから、風が気持ちいい!」
「確かに。でも、あまり身を乗り出したら危ないから柵からは離れてないと」
「大丈夫だって~ すぅ、阿呆ぉおおおおおお!!!!」
靡く髪を抑え、高台から思いのたけを吐き出す。
運命に対して、怪物に挑んだお兄ちゃんに対して、そして――無力で愚かな私に対して。
柵から体を離し、くるりと体を回転させ、後ろに佇むお兄ちゃんを見据える。
そして両手の人差し指を立てて目の前に持ってくると、私は一つ尋ねる。
「もしも、世界に危険が訪れて、私か世界中の人々、そのどちらかを救える時、お兄ちゃんはどっちを選ぶ?」
「えっ、それは・・・」
いきなりの質問に戸惑った表情を浮かべるが、私の表情を見てか、しばし葛藤した後口を開く。
「俺は、選べないな・・・。本当に短い時間だけど、君が、蒼が以前も、そして今の俺にとって大切な存在である事は違わないと確信した。でも、それでも世界との天秤にはかけられないよ・・・」
「そっか・・・」
分かっていた回答。
でも、口にしてくれた事でようやく心に決心がついた。
「帰ろっか、お兄ちゃん。質問の事は気にしないでもいいからね」
「あ、ああ」
もう、お兄ちゃんの記憶は戻らなくていい。
だから戦う必要はない。傷つく必要はない。なにかに絶望も、無力を感じ、一人苦しむ必要もない。
これからは、私がお兄ちゃんを守るから。





