108話 勝利の代償
八章開始です・・・
蒼視点
大厄災――SSランク級の怪物、テュポーンによる侵攻はそう名付けられた。
数千万の死者と怪我人を合わせたら一億人を優に超える被害は、復興に最低でも数十年以上はかかると言われている。
家族を、大切な人を失った人は皆一様に嗚咽を漏らし悲嘆にくれた。ただ、唯一彼等の心を、その正常を保たせたのは、元凶であるテュポーンが討伐されたからだろう。
二人の絶対者による共闘が行われ、未討伐レートの怪物を討伐した。テレビに映る衛星からの写真を見て、世界地図が変わる程の変化を見ると、その死闘が如何に苛烈を極めたのかが伺えるというものだ。
大厄災から一週間後、二人の内の一人、私のお兄ちゃんが帰国して入院しているという報を聞いて私は家を飛び出す。
自転車に乗った方が早いというのにそんな考えさえも思い浮かばずこけそうになりながらも必死に足を前に動かす。
「はぁっ、はぁっ・・・!」
ただの怪物であったなら私もここまで焦る事はない。
しかし、今回の相手は他とは一線を画す理外の存在だ。如何にお兄ちゃんといえども無傷であるはずがない。
『どうしてわざわざお兄ちゃんが戦ったの!』、と叫びたい気持ちを抑えて、唇をきつく結ぶ。
・・・分かっている。また、誰かの為に体が動いたのだろう。
(なんで、その中にお兄ちゃんがいないの・・・?)
目的地に到着すると、フロントで自分が家族である事とお兄ちゃんの病室を聞き出す。
階段を駆け上がり、勢いよく病室を開ける。
「お兄ちゃんっ・・・!」
お兄ちゃんはベッドに座り、体だけを起こした状態で窓から外を眺めていた。
取り敢えず遠目からみた外傷はないようだ。おそらく治癒能力者が回復してくれたのだろう。無事な事に安心しつつ、お兄ちゃんの元に駆け寄る。
「馬鹿ッ! なんでいつも・・・っ! いや、お兄ちゃんは頑張ったんだもんね。ごめんなさい。怪我が無いみたいで本当に良かった」
「あの・・・」
突然私が押しかけて来たのに驚いたのかお兄ちゃんが目を見開いて戸惑った様子を見せる。
「な~に? 今回はコスプレしてないから不満なの?」
いつもならこんな台詞を言うと、阿保かと呆れられるが、今回は反応が違った。
「えっ?! コスプレっ! ここって病院じゃありませんでしたっけ?」
その返答に私は違和感を覚えた。
顔も赤面させて、まるで私の事を意識してるみたいなそぶりをみせている。
「お、お兄ちゃん?」
どうしようもなく嫌な予感が脳を過る。
そんなはずはないと思いながらも、私はお兄ちゃんにもう一度呼びかける。
だって・・・もし本当にそうなのだとしたら、一体神はどんな人に祝福をもたらすというのか。
「えっと、俺は君の兄・・・なのかな? ごめんね・・・目覚めた時には、記憶がなくて・・・」
「・・・」
困ったようにそう言うお兄ちゃんの表情に嘘はなかった。本当に私を初めて見たというように、瞳に映るのは兄弟の信頼ではなく、赤の他人に向ける興味に近いものだ。
目の前が一瞬真っ白になり、大切ななにかが零れ落ちてしまったような喪失感が私に襲い掛かる。
「っ、ははっ・・・今回のはまた一段と・・・きっついなぁ」
表情を見られないように顔を伏せて、右手で前髪をくしゃりと握る。
どうして? どうしていつもお兄ちゃんなんですか・・・
私でもいい、他にも何億といる中でなんでお兄ちゃんなの?
いつも、いつもいつもいつも!
幼少の時からそうだ。誰よりも救われるべき人がどんどん傷ついていく。
「あの、大丈夫?」
心の底から心配している声。
違う。お兄ちゃんは私が傷ついていたら優しく頭を撫でるはずだ。
「うん、大丈夫!」
決壊しそうな涙腺を無理矢理に塞き止め、笑みを作る。
そのままお兄ちゃんの手を握り、
「私は柳 蒼。あなたの、柳 隼人の妹だよ」
「俺の、妹」
「そう、だから堅苦しい喋り方は止めてね、兄弟なんだから。ねっ?」
「う、うん」
優しくお兄ちゃんの頭の後ろに手をやると、胸元に引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
「ごめんね・・・なにもしてあげられなくて」
「いやっ、えっ?!」
「ご、めんね。今は・・・このままでいさせて」
「っ・・・」
絶対に流さないと決めていた涙だったが、いくら歯を食いしばっても止めどなく溢れ出て来る。せめて、お兄ちゃんには見えないようにと、泣き止むまで、強く、強く抱きしめた。
◇
「ここが俺の家か」
「そうだよ。何か思い出した?」
「・・・いや、全く思い出せない」
「全然大丈夫だよ! 無理に思い出そうとしなくていいからね」
あれから数日、記憶の欠如を除き体の異常を完全に回復したお兄ちゃんは退院することになった。記憶がない為、自分の家すら分からないお兄ちゃんの手を引き、私達の住まう家に帰宅する。
記憶がなくなったと知った日は、帰宅してからも一日中泣いていたが、今は少し落ち着いた。
今すぐにでも記憶を取り戻して欲しいと思う。でも、それと同じぐらい記憶が無くてもいいのではないかとも考えだした。
今のお兄ちゃんは以前のように能力が使えない。
つまり自分から危険に飛び込むことがない。飛び込んだところで何もできない事は薄々理解できていると思う。話していて、怪物の知識だけは僅かに残っていた事と、周囲を常に気にしているような様子から、怪物に対しての警戒が記憶を失った今でも根付いているのだと考える。
話が脱線したが、極論、危険からお兄ちゃんを遠ざける事が出来、これ以上傷つけなくていいという事だ。
「お兄ちゃんなにか飲む?」
「じゃあ、コーヒーを頼めるかな」
リビングの机に座り、飲み物を飲みながら他愛無い会話を続ける。
どれもがお兄ちゃんに関する事だが、その中で私は一つ嘘を付く。
「えっと、俺は今十六歳だから学校に通っていたのかな?」
「ううん、お兄ちゃんは学校に籍はあるけど、今はお家でパソコンのお仕事をしているよ」
「そ、そうなの?」
「難しい事は分からないけれどいっつもカタカタとキーボード叩いてた。もう一生働かなくていいぐらい貯金も十分に貯めてたよ」
本当は特殊対策部隊になった後、絶対者になったというのが本当。
でも、私は戦いに関する言葉を出したくない。
お父さんは言っていた、お兄ちゃんの記憶が消えたのは能力を無理矢理に使ったためだと。
『おそらく、いつも以上に存在を神に近づけたか、普段は使わない強力過ぎる権能をいきなり全開で使用した事で魂に莫大な負荷がかかりずれが生じたのだろう』
と、厳しい顔で言っていた。
(次は記憶だけで留まらないかもしれない・・・)
死ぬ可能性すらゼロではない。
私は、お兄ちゃんの力を求める数万人よりも、たった一人の、大切なお兄ちゃんの方がずっと大切だ。魔女だと言われてもいい。それでも、私はお兄ちゃんを守りたい。もう、能力を使わせない。
「蒼、大丈夫かい。なんだか暗い顔してるけど」
口を強く結ぶ。
ずっと笑みを貼り付けていたはずなのだが、どうやら記憶を失っていても私の感情の機微に敏感らしい。こうした何気ない行動が、以前を思い出させて胸が辛くなる。
「・・・ねぇ、お兄ちゃん」
一度、一回だけだ。
これが最初で最後。お兄ちゃんの記憶が戻らなかったらそれで終わり。これからは私がお兄ちゃんを守り続けて見せる。
「明日、遊びに行かない?」
私はお兄ちゃんの記憶が戻って欲しいのだろうか。
それともこのまま・・・自分でも今の感情が分からない。





