106話 傲慢なる者
「かはっ・・・いい加減、離れよ・・・三下っ!」
口から血を吐き、体に走る激痛を耐えながら背後の敵を睥睨する。
更には自分を巻き込む形で上空から雷霆を落とし、無理矢理に怪物を引きはがした。当然、アランは雷霆をレジストすることで損傷はないが、腹部から溢れ出る血が状態の悪さを物語っている。
(少々考えが甘かったのう・・・)
警戒はしていた。怪物を生み出す怪物がわざわざ一体でいる訳はないと確信していた。とはいえ、Sランクの上位が数体いるであろう程度にしか考えていなかったのだ。
しかし、今アランの雷霆を軽々と躱し宙に浮遊している怪物は、六本の腕と四つの目を持つあの化け物は、Sランクだと言うにはあまりに実力が突出している。一位のアランに奇襲を仕掛けられるのもなど、絶対者の中でも数名であろう。
「呪具じゃな・・・」
腹部に回復を促しているが、一向に傷が塞がらない。いや、僅かに、ほんの少しずつ回復してはいるが本来の再生力には程遠い事から、アランは敵の持つ六本の剣を呪具だと推測する。
新たな敵を鋭い眼光で睥睨するアランは傷の回復を二の次に回し、雷霆の破壊力で押し切る選択を取る。
「やってくれたな、ニンゲンッ!」
砂煙がテュポーンの狂声で消し飛ぶ。
露わになる姿。漆黒の鱗の隙間からは血が噴き出し、かなりのダメージが通った事が分かる。
「しぶといのぅ・・・あれで死んでおれば楽だったんじゃが」
「楽に死ねルト思うナよ。地獄の業火に包み終わりのない絶望に沈めッ!」
テュポーンの咆哮と共に六本腕が動く。
残像を残し、衝撃波すら発生させる速度は、やはり雷霆の速度を上回る。
雷霆の網を潜り抜け、アランの正面へと辿り着くと、アランの死角を潰すように六方向から剣戟が迫る。
「甘いわッ!」
奇襲を受けた時から六本腕の実力をおおよそ見抜いていたアランは、全くの予想通りの展開に口角を上げる。数十年の実戦で養われた経験が戦場での判断を最適解へと導いてくれる。
「吼えよ、雷霆ッ!」
既に溜めていた雷霆を放つ。
突き出した左腕がスパークし、零距離からの雷撃が爆音を轟かせ怪物を穿つ。
流石の六本腕も零距離からノータイム攻撃は回避できずに直撃――する寸前に四本の剣を滑りこませ直撃を防ぐ。至近での雷霆の威力でアランからは大きく離れたが、六本腕の恐ろしいまでの反射神経に流石の序列一位といえど僅かに眉を寄せた。
ゴォオオオオ!
都市を丸ごと呑み込む程のブレスがアランに迫る。
そう、敵は一人ではない。単体でも世界を揺るがす怪物を二体同時に相手しなければならないのだ。アランはブレスを相殺しようと雷霆を放つが、
「ぬッ?!」
降りかかる雷霆を六本腕の呪具が弾いた。
余波で六本腕は吹き飛ぶが、アランが攻撃を防ぐ術消える。雷霆を再度放ったとて、このタイミングではテュポーンのブレスの方がアランに先に着く。
アランは思考をフル回転させ最適解を導き出そうとする。
しかし、その思考を遮るようにブレスの前に人影が飛び出した。
突然の乱入者にテュポーンとアランの両者は一瞬動きが止まる。
ブレスが乱入者に直撃する。
不思議な光景だった。本来であれば直撃した際に爆裂するブレスが、大きな炎の球体となり乱入者を包んでいる。
「返すぞ」
若い少年の声だ。
ビル程の大きさであった球体がバスケットボール程の大きさに縮小し、乱入者の掲げる手に浮かぶ。
背に六本の腕が浮遊し、その身を炎に包んでいる姿は神々しさすら感じさせる。
二人目の絶対者が参戦した。
◇
(デカ過ぎだろ・・・)
このレベルになると驚きを通り超して呆れてしまう。
体積が広すぎて最早どこが弱点なのか分からない。
「返すぞ」
テュポーンの吐いたブレスを太陽神の権能で制御し、火球へと変換する。流石はSSランク級というべきか制御するだけでもかなりの神経が持っていかれる。
上空を飛行しテュポーンの頭上に移動すると、右腕を振りかぶり、俺の力を上乗せした火球を投げ落とす。投入された火球は、内部に収束されていた暴力的なエネルギーを一気に開放し、小型の惑星程の大きさに広がりテュポーンの体を呑み込んだ。
ブレス。
避けられる速度ではないそれを右手を軽く払い、消滅させる。
「無傷か」
どうやら火球での攻撃は効果がなかったようだ。おそらく火に対する耐性が高いのだろう。いや、高いと言うより火に関する攻撃は通用しない、つまり無効化なのかもしれない。でなくば、あれ程の攻撃を何も動作することなく真正面から受けることなどしないだろう。断言はできないが、少なくとも俺ならばそのような行動はできない。
「ふむ、儂が顔を知らんという事はお主、九人目じゃな?」
声がかけられる。
敵を注視しながら顔を向けると、一人の老人がいた。ここに到着した時に気付いていたが、情報に疎い俺でさえこの人は、この人の事は分かる。
序列一位、アラン・バルト。
絶対者の中でも突出した討伐数を誇る最強の男である。
「ええ、隼人と言います。それで、アランさんのその傷は一体?」
「ちと油断してのう、テュポーンの他にもう一体厄介な奴がおる」
一位相手に攻撃が通用する怪物。
アランさんの腹部を見て、同時に下方に佇み、じぃっとこちらを見つめている六本腕の怪物を見やる。
「では、あいつは任せて貰ってもいいですか」
「ふむ、いいじゃろう。奴の持つ剣はおそらく全て呪具じゃ、まだ全ての効果はわかっておらぬから決して触れるでないぞ」
「了解です」
それだけ聞くと、俺は六本腕の怪物目指し急降下する。
後方では、雷が鳴り響き、アランさんが戦闘を開始した事が分かる。
「位階上昇――起きろ、戦神!」
地面に着地すると、戦神の権能に転じ、一息に六本腕との距離を詰める。
「ふっ!」
初撃は右腕のジャブ。それに対し怪物は二本の剣で防御の態勢に入り、残りの剣で迎撃の構えを取る。
拳が剣に触れる瞬間、拳を内に巻き、体を回転させながら上体を下ろし、左の踵で怪物の左足を薙ぎ払う。
そのまま宙に体を横にする形で投げ出された怪物の腹部を、更に遠心力で威力が増した右足の膝部分を怪物の中心線を抉るように叩き込む。
宙で反転し、地面に剣を突き立てる事で静止した怪物の背後に移動すると両拳での連撃を見舞う。空間を覆う拳の嵐を前に、怪物は初撃を躱すと体を素早く反転させ、全ての拳を目視で迎撃する。
なるほど、アランさんが言っていた呪具というのは本当の事らしい。直接触れてはいないのにも関わらず、しかも闘気で覆っていたのにその効果を防げている訳ではないようで、体に眩暈や重さなどの異常が起こりだす。
(おかしい・・・なんだこの成長速度はっ!)
攻撃を振るうたびに敵の動きが最適化されていく。
まるで子供のようだ。スポンジのように教えられたことを吸収していく。
そこで思い至る。
馬鹿げた可能性だ。既にこれ程の力を持っている奴が、産まれたばかりの未成長の存在などと。しかし、実際にその成長速度を目にするとそうだとしか思えない。
「群衆よ、我に続け」
こいつは時間を掛けてはいけない相手だ。一気に片付けるしかない。
「この一撃は、我らの障害を砕き、勝利へと導く狼煙である」
左足で地を踏み抜き、衝撃波で怪物を吹き飛ばす。
「行進せよ、進軍する火星!」
怪物の上空に飛び上がると、右腕に全闘気を収束させ振り下ろす。
打ち合う剣は四本、残りの二本は闘気の薄い俺の左腕へと走る。
(腕一本ぐらいくれてやるよっ!)
鮮血が飛び散り、俺の左腕が宙を舞う。
しかし、そんなものはどうでもいい。
この攻撃は止まらない、打ち合った四本の剣に亀裂が入り、一気に崩壊する。
「消え失せろっ!」
なにかを抉る感触が腕を伝う。
腕を振り切り、直撃していないにも関わらず大地を割り巨大なクレーターを作り上げる。
衝撃で体が吹き飛び、二転三転と目まぐるしく視界が変わる。うつぶせの形でようやく停止すると、怪物の生死を確認するために顔を上げる。
――立っていた。
あの直撃をくらったにも関わらず、二本の足で直立していた。
ただし、怪物の左半身が半ばから屠れ、上部に位置していた二本の腕が消し飛び、四本の剣が跡形もなく消滅している。
「くそっ、割に合わねえなぁ」
わざわざ左腕を犠牲にして放った一撃だというのに、少なくとも三本は腕が消えていてくれないと割に合わない。
「さて、どうしたもんか・・・」
「参ったのぅ・・・」
「うぉおっ!」
気配もなしに突然話しかけられてつい驚いた声を出してしまった。
テュポーンに目を移すと、今も雷が追撃を仕掛け続けている。どうやらアランさんの能力は超遠距離でも問題はないようだ。しかし、よく見るとテュポーンの傷が完全に癒えているのが分かる。噴き出していた血が跡形もなく傷跡ごと消えている。
「雷霆が効かぬ。万全の状態であれば火力が出せるのじゃが」
「あれで火力が十分でないと・・・?」
「あ奴は雷霆にかなりの耐性があるのじゃ。溜めの時間があれば一撃で消し飛ばすのじゃが、あ奴相手に時間を作る事は難しい。ここは三人目を待つしかないかのぅ。お主も左腕を負傷しておるようじゃし、ここは時間稼ぎに回るのが先決かもしれん」
アランさんの表情は鬼気迫ったものがある。
それはそうだろう。時間を掛ければかける程事態の収束が遅れるのだ。であれば、力の弱い一般人が何時間も現状を生き残れるとは思えない。
三人目がいつ来るかもわからない状態で待つ事しか出来ない現状に苛立っているのだろう。
頭の中を今まで関わってきた人たちが過る。
(後で蒼にしこたま怒られるかもしれないな・・・)
「アランさん、完全回復に何分必要ですか」
「・・・隼人よ、お主、一人で時間を稼ぐつもりか?」
それが最善だろう。
俺ではおそらく火力が足りない。力を使いこなせていない自分が恨めしい。
「三分じゃな」
「分かりました。じゃあ、五分稼ぎます」
「ほぅ、ふははっ! いいのぅ、お主気に入ったぞ。存分に闘って来い!」
俺の発言に気分良くアランさんが豪快に笑う。
大先輩に背を押されて俺は前に出る。
「ふぅ・・・」
普段なら絶対にしない賭けだ。
しかし、今は安全を優先している暇はない。
ここで限界を超える。力を使いこなす以外に道はない!
「そう言えば、この力を実戦で使うのは初めてだな・・・よろしくお願いしますよ」
雨が・・・降りだした。
この灼熱の中をものともせずに降りかかる雨が。
「まさかっ! 貴様っ!」
異変に気付いたテュポーンが焦るようにブレスを吐き出す。
俺は右手をおもむろに前に出すと、その口を開く。
「位階上昇――荒れ狂え、英雄神!」
爆風が吹き荒れる。
右手でブレスを掴み取り、問答無用に握りつぶす。
全てを見通すように澄んだ青い瞳は二体の怪物を見下すように蔑み、体から溢れる神気はその場にいるだけで大気を震わせる。取り巻く悪風と、苛烈さを増す雨が存在を高める。
「さあ、死にたい奴からかかってこい」
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